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終わりの終わりの後の世界  作者: ぷいぷい
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第16話

 夕食を作ることになって2日目。今回は牛丼を作ることにした。

 志保(しほ)が言うにはアクさえ取れば材料も少なくて案外手軽に出来るからとのことだ。決して昨夜アイにおちょくられたから鮭にしなかった訳ではない。


「よし、後はご飯が炊けるのを待つだけだな」

「すごい……これがお肉……」


 彼女は完成した牛丼のアタマを夢中になって眺めていた。

 料理を作る最中も昨日よりは静かだったし、彼女の中で俺は変態ストーカーから料理を作ってくれる人に昇格したのかもしれない。


「なあ、お前普段何してるんだ?」


 昨日は人生初料理で余裕もなかったから改めて部屋を見回してみると、生活感のない殺風景な部屋……ということはなく、普通にテレビやエアコンもあるし、料理器具も今のところ困らない程度には揃えられていた。

 気になる点があるとすれば、そのすべてが使った形跡がなく、家電なんかはコンセントを抜いている状態であることだ。


「え? 何もしてないですけど」

「それはずっと寝てるとかそういう話か?」

「そのままの意味です。起きたらソファに座って、夜になって床につくまで何もしません。あっ、健康のためにたまに太陽光は浴びますし食事もちゃんと摂ってます。清潔のために身体も洗ってますね。そう考えると意外といっぱいやってました」

「……ふん!」


 俺は勢いよくテレビのコンセントを指して電源をつけた。


「何してるんですか! 電気代が勿体無いでしょ!」

「せっかく、テレビがあるんだからそれこそ勿体無いだろ」


 この罪悪感から来る自己肯定感の低さをどうにかしないと話にならない。昨日の言葉を借りると「幸せになってはいけない」ために彼女は極力娯楽を省いた生活をしている。


「そもそも、見てないならなんでテレビがあるんだ」

「この家は家族を亡くした人向けに借りたもので、最初は家具とかいらないって断ってたんですけど気がついたらどんどん増えていって……」

「あー。アイの仕業か」


 おそらく彼女が寝てる間にでもアイが家具を増やしていっているのだろう。アイならそれが出来る。

 もしかすると、彼女に娯楽を提供するも使う気配がなく、カンフル剤として俺に声がかかったという流れなのかもしれない。


「アイちゃんを知ってるんですか?」


 また意外な答えが返ってきた。この子とアイは面識があったのか。アイのことだからてっきり彼女にバレないように助力しているものだと思っていた。


「まあ知り合いだよ」

「じゃあ本当に料理を作りに来てたんですね……驚きました」

「まだストーカーだと思ってたのか」


 悲しいことに俺自体は変態ストーカーのままで、ただ料理に罪はなかっただけらしい。

 俺が多少のショックを受けていると、炊飯器からピピピッと電子音が鳴り出す。


「炊けたようだな」


 炊き立ての白米に牛丼のアタマをこれでもかと乗せると、その度に彼女から息を呑む音が聞こえてくる。


「昨日よりも反応がいいな」

「な、何のことですか」

「いや嬉しくてな、ほら出来たぞ」

「ま、まあ? アイちゃんが絡んでいるならあなたのことも多少は信頼できますし? せっかく出された料理です。少しくらい手をつけないと失礼にあたるでしょうし仕方ないですね」


 アイの話をしてよかった。だいぶ警戒が緩んできている。料理を食べる抵抗も消えかけている。丼ものにしたのも正解だった。昨日、箸で食べにくそうにしていたが、スプーンなら気を抜いて食べれるようだ。


「ゆっくり食えよ」

「分かってます。よく噛まないと体に悪いですから」


 彼女はゆっくり食べ進めて俺が食べ終わる頃にはまだ半分も食べ終わっていなかった。だが、ここで話しかけては食べるのを止めるキッカケを作るような気がして出来るだけ気配を消して待っていることにした。


〜〜〜〜〜〜


「おお……」

「わっ! ビックリさせないでください」


 数十分後、彼女のどんぶりは空になっていた。2日目にして完食。やばい、かなり嬉しいちょっと泣きそうだ。


「ま、まだ足りなかったらいくらでも作るぞ? 食材がないから買いに行くけどすぐ済むから気負わなくていい」

「もうお腹いっぱいです。そもそも本当はこんなに食べる気なくて、美味しかったから思わず……あっ」


 泣いた。

 表現とかではなく、本当に涙を流した。


「何泣いてるんですか!?」

「俺は今、全ての生産者様の気持ちを理解できたよ」

「何悟りを開いたような顔してるんですか……」


 彼女は台所に行くと、1杯の水の入ったコップを持って帰ってきた。


「お水でも飲んで落ち着いてください。こんなことしか出来ないですけど一応お礼です」

「お礼なら他にやって欲しいことがある」


 元々、ひと段落着く食後に聞くつもりだったが、こんなことになるなら早めに聞けばよかった。


「え……や、やっぱり変態ストーカーだったんですか!?」

「何でそうなる。その……名前を教えてくれよ。俺も改めて。赤場栗栖(あかばくりす)だ。好きに呼んでくれて構わないが、変態ストーカーは遠慮したい」

「名前……ですか」


 すると彼女は少し戸惑って、申し訳そうにこう答えたのだった。


「ないです。私には、名前というものがありません」


 一瞬、彼女の言っている意味が理解できなかった。

 名前がない。

 彼女には、彼女たらしめる記号が存在しない。


「えっと……記憶喪失とかそういうことか?」


 聞き直すな。彼女の哀しそうな表情を見れば分かるだろう。追い討ちをかけてどうする。


「そのままの意味です。私には初めから名前がないんです」


 彼女は果穂(かほ)の見た目にそっくりで、俺と変わらない19か20に見える。言語能力もはっきりしている。

 それなのに名前がない。生まれたばかりの人間のように。


「……言いにくいことを聞いてすまんかった。お前のことは何て呼べばいい?」

「えっと、アイちゃんは名無しに(ちな)んでナナって呼んでくれます。でも他の人は私のことを能力名で呼びます」


 phaseの高い克服者は固有の能力に名をつけられ、政府がそれを管理している。

 他の人。つまりはアイと同じ警察又は更に上の者たちだろう。やはり彼女は高位の克服者と推測できる。


「そうか、じゃあ俺もナナって呼んでいいか?」

「勿論です。ナナって実は少し気に入ってるんです。名前っぽくて」


 そう言って彼女は自分の苦しさを紛らわせるように小さく笑った。

 だったら名前にしてしまえばいい。ということは出来ない。「幸せになってはいけない」と言って拒否すると分かったていたから。

 昨日と同じだ。俺は結局彼女のことを何も知ることが出来ない。


「それじゃあナナ。明日は何が食べたい?」


 俺に出来ることはせいぜい、昨日と同じく、変わらずに接してやることくらいだ。

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