第15話
食事が終わった頃にようやく果穂が現状の説明をしてくれた。
曰く、スカイツリー付近にガスマスクを被った集団が現れ、付近にガスを撒いた途端、スカイツリーに黒い肉片のようなものがへばり付き、やがて建物を覆うほどになると自我を持つように人を襲い、その触手に取り込まれた人は凶暴化してまた人を襲うを繰り返しているらしい。
「なんか良くわかんねえな」
あまりにも素っ頓狂な話すぎて説明を聞いてもピンとこない。現実とのギャップでますます混乱しそうになる。
「漫画でよくあるバイオテロってやつ」
「はあ」
「むっ、何その反応」
「いや、漫画とか読まんし」
「落ち着いたらいっぱい読んで。私も志保も貸してあげるから」
こんな状況でもう後のことを考えているのか。
「そんな呑気な……」
「こんな時だからこそ前向きにならないと。ほら、財前さんなんかあんな感じだし」
「はーい。志保ちゃーん、たかいたかーい。たかいたかーい」
「そ、そんな子供じゃないよお、えへへ」
ヤクザの組長が会ったばかりの小学生にデレデレしながら一緒に遊んでいる。控えめに言ってキモい。
「にしても財前さん、子供と遊ぶのに慣れてるね。デレすぎて顔キモいことになってるけど」
「ねえ、今キモいって言った?」
ギョッとした目で振り返らないでくれ。今度は怖い。
「財前は子供好きなんだよ」
「言い方‼︎ まあ、俺は高校教員志望だったけど、実習では幼稚園や小学校にも行ったしな」
「え? 財前さんって教師だったの? でもヤクザの組長って……」
「あー。先代の親父が病気で急に逝って、後継が俺しかいないから仕方なくやってるんだ。本当は教師になりたかったんだよ。まったく、せっかく教員免許まで取ったのに……人間ってのは敷かれたレールにしか走れないようにできてるのかねえ」
財前は俺が小さい頃から教師になろうと努力していた。大学に行く金は毎日バイトして稼いで、帰ってきたら夜が明けるまで勉強。当然、親である先代には反対されて身体中、痣でいっぱいだった。
それでも諦めず、文字通り血と汗で掴み取った夢も先代の遺書というたった1枚の紙切れで潰えてしまった。
「まあ、同情はするよ」
「栗栖も今の仕事キツそうだもんな……あっ」
「バッ……!」
「栗栖って学生じゃないの? 同い年くらいだと思ってた。ちなみに私15ね」
財前。気が緩みすぎだ。俺の仕事を知られて警戒されたらどうする。
「あー。俺も15だよ」
「バイトで人間関係拗れてるとか?」
「まあ、そんな感じだ」
いい方向に勘違いしてくれて助かった。財前と共に安堵する。
「なんだ。じゃあ辞めちゃえばいいじゃん」
なんて無責任な……。まあ、バイトと思っていたらそんなもんか。
「財前さんも組長なんて辞めて教師になればいいじゃん」
「え? いやあ、それは……」
俺だけじゃなく財前にまで振るか。
「簡単に言うなよ。世の中には決まり事ってもんがあるんだ」
「え? だって簡単でしょ。今の状況を見なよ」
それは、今の状況があまりに混沌としているから組長どころではないという意味だろうか。
「いい? 今日が終わりの始まりでも、終わりには終わりがあって、その後だってある。こんな世界を生き抜けたなら、きっと何だってできる自分になれてるよ!」
「何だってできる自分……」
考えたことなかった。俺は言われたことだけをする毎日が当たり前で、この先もそれがずっと続くと思ってたから。
……くそ。要約すると「お前には覚悟が足りない」「1歩前に踏み出す勇気」なんて青臭い言葉のはずなのに、今日会ったばかりの平和に暮らしてきた同年代の言葉のはずなのに。
俺はなんで感動してんだ。状況が状況で気がおかしくなってるんだ。じゃないと説明がつかない。
「なるほどね。さしずめ、終わりの終わりの後の世界か……。決めた! 嬢ちゃんの言う通り、俺また教師目指すわ」
「いいねえ。私はとりあえず、今日食べたご飯をもう1度食べたいかな」
「嬢ちゃんはすげえな。こんな大者、俺なんかよりもずっと組長に向いてるよ」
「私は組長なんてなりたくないんで遠慮しまーす」
「ですよね」
財前まで惑わされやがって、こいつは現実の恐ろしさを知らないだけだ。その妄信による底抜けた楽観性が虚構の説得力を作り出しているに過ぎない。全部デタラメだ。
こんな世界になったんだ。その甘さが幻だと分かる日はきっと来る。その日に絶望するまでずっと見ててやる。
………………




