第13話
結局、彼女は作った料理を半分程食べてくれた。全部食べてもらえなかったのは仕方がない。むしろあれだけ料理に抵抗があったのにここまで食べてくれるのは素直に嬉しかった。まさか自分が生産者側の気持ちが分かる日が来るとは。
「……幸せになってはいけない。か」
彼女の家を出て帰路に着いている途中、その言葉を思い出す。
その言葉に今の彼女の全てが詰まっているような気がした。家に篭るのも幸せになってはいけないから。サプリしか摂らないのも幸せになってはいけないから。それが彼女にとっての贖罪なのだろう。
「彼女がそんなことを言っていたのかい?」
上から声がすると思ったら、案の定アイが空から降ってきた。
「また上から登場か。ヒーローは好きだもんな上からの登場」
「私がヒーローなんて烏滸がましいよ。私はみんな憧れの公務員さんで十分さ。それで、どうだい? 彼女はちゃんと食べてくれたかい?」
「残念ながら半分だけだな」
「おお、素晴らしい。初日でそこまで出来るとは私は赤場くんを過小評価していたようだ」
「そりゃどうも。……話せないなら良いんだが、あいつはphase5なのか?」
phase5。克服者の頂点。アイが身近すぎて忘れがちだが、phaseは高ければ高いほど母数が少ない。phase5まで来ると滅多にお目にかかれる存在ではない。
「ふむ。なぜそう思ったのかな?」
「あいつは罪の意識が高すぎる。phase5なら少しは説明がつくと思っただけだ」
「なるほど。残念だけど、それはまだ話せないね」
どうやらたった1日夕食を共にしただけでは資格が足りないらしい。
「私からもいいかい?」
「俺が答えれることなんてないと思うぞ」
俺はあいつについて知らなすぎる。
「いやね、君は彼女について知ろうとしている。だから私の条件を飲んだし、今も実際に私からの説明を求めているだろ? それなのに、君は肝心なこと、いや、この場合"先ず最初に聞くこと"だったり、"彼女自身でも答えてくれそうなこと"と言った方がいいかな? それを頑なに聞こうとしないのはなぜだと思ってね」
「……何が言いたい?」
「名前だよ。いい加減赤場くんに合わせて"彼女"と呼ぶのも疲れてきたぜ」
「……バレてたか」
俺は果穂に似た彼女の名前を敢えて聞かずにいた。
「私じゃなくても気がつくよ。"彼女"だったり、"あいつ"だったり、言葉遊びは楽しかったかい?」
「実際必死だったよ。あいつの顔を見るたび、思い出すたびに果穂って呼びそうになる」
「それでも聞かなかったのは、諦めたくなかったからだろ?」
「お前はなんでもお見通しだな」
彼女の名前を聞いて「果穂」以外の答えが返ってきた場合。それは彼女が相坂果穂ではないことを決定づけるのに十分なものになる。
頭の中では彼女が果穂ではないことは分かっていたはずなのに、一握りの可能性に縋っている臆病な自分が心の中のどこかにいたのだ。だからずっと聞けずにいた。
「最低だよな。自分で殺しておいて結局はまだ生きててほしいって思ってるんだから」
「悪いことじゃないさ。その気持ちに決別する必要もない。亡き人を想い続ける。素敵なことじゃないか。ただ、あの子を相坂果穂氏と重ねて見続けると、辛いのは君の方だと思うぜ」
「……だな」
アイはおそらく世界で1番被害を出した克服者だ。それだけ数えきれないほど大切な人を殺めてきた。
しかし、アイは警察官としておのれの正義を貫いている。そこにどれほどの覚悟があるかは誰にも計り知れない。だからこの手の話になると、アイの言葉は誰よりも説得力を孕んでいる。
見た目は俺より一回りは小さい幼女なのに、まるで熟練の教師に説き伏せられた気分だ。
「お前が幼女で良かったよ。普通の見た目だったら今ので惚れてたかもしれん」
「おいおい、私は初潮も来てないし、これからも来る予定はないんだぜ。惚れられても困るよ」
「初潮とか言うなよ一気に冷めたわ……。まあ、名前は明日本人から聞くよ。お前から聞くより本人から聞いた方が筋通ってるだろ」
「そうだね。その方がいい。ちなみにもう1ついいかい?」
まだなにかあるのか。
「いったい今度は何ですか先生」
「いや、これは意地悪なんだけどさ、今日の晩ご飯って鮭だったのかい?」
「そうだけど……あー、もしかして財前から聞いたのか? 頼むから志保には言わないでくれよ……」
「ああ、やっぱり鮭だったんだね。何が私に惚れるだよ。君はあれだね。結構重いタイプなんだね」
アイは先ほどの慈しみ深い態度とは打って変わって見た目相応にケタケタと笑うのだった。




