第12話
「ふむふむ、先ず鮭に塩を一つまみふりかけて余分な水分を取るために10分放置。その後キッチンペーパーで出てきた水を拭き取る」
「あの」
「玉ねぎ、きのこ、鮭の順番で敷くと玉ねぎに旨みが染み込んで良し。へぇー」
「あの!」
「味を染み込ませるために顆粒和風出汁はアルミホイルに入れて、香りが飛ばないようにレモン汁と醤油は後で回しかける。なるほどなあ、考えられてるな」
「あっ‼︎ のっ‼︎」
台所に立って志保から貰ったメモを見ていると、横からきゃんきゃん小型犬みたいな邪魔が入る。
いや、彼女からしたら不法侵入された挙句、台所を使われて料理を始めた変態ストーカーに写っているのだ。俺の方が邪魔者に違いない。むしろ警察を呼ばれないだけマシだ。まあ、その警察とグルなんだが。
「任せろ、もうサプリなんかじゃ満足できないようにしてやる」
「人の話聞いてました!?」
聞いていたとも。聞いていたからこそ、お前の意思を尊重することはできない。
絶対に上手い料理を食べさせる。料理初心者だからって妥協は許されない。
「今だけ俺は3つ星レストランの総料理長だ」
「絶対嘘ですよね!?」
〜〜〜〜〜〜
彼女の叫びを無視して数十分後。
「あってんのかこれ」
レシピ通りに作ったが完成形が分からない。食堂で食べたことあるからなんとなくイメージは出来ているが「料理初心者の自分が作った」というマイナスイメージでどうしても疑念が生まれてしまう。
漫画なら謎のキラキラとか出てそれが完成の合図になるはずだが、もちろん現実に正体不明のキラキラなど存在はしない。
しまった。こんなことなら食堂で作られた実物の写真でも撮ってくれば良かった。
「うわぁ……。良いにおい……美味しそう」
俺が迷っていると彼女は湯気のたったホイル焼きに目を奪われていた。
料理自体はキラキラしなかったが、どうやら代わりに彼女の目が輝いたようだ。
それは完成の合図に十分なものだった。
「よし、出来たぞ。ほら食え」
「け、結構です。私にはこれが……ってあれ?」
「サプリは没収だ」
せっかく作った料理の前に腹を膨らまされては敵わない。
悪いとは思ったが気付かれないように盗み出しておいた。
「いつの間に……。返してください!」
「お前も見てただろ。何も悪いものは入ってない。 雑菌も熱で死んでる。お前が気にすることはなにもない」
「でも……」
「なあ頼むよ。1口だけでもいい。不味かったら食べなくていいから」
「……じゃあ1口だけです。それ以上は絶対に食べません」
彼女が根負けした形で俺の作った料理を食べてくれることになった。今はこれで十分だ。とりあえず、サプリ以外の選択肢を与えることが出来た。
彼女は普段箸を使わないのが分かるおぼつかない手つきで鮭を切り分け、それを口に運んだ。
「……おいしい」
「本当か? よかっ……」
喜びも束の間、彼女の頬に涙がつたった。
まさか、料理が失敗だったか!?
「おい! ヤバかったら吐き出──」
「違くて!」
彼女の声は、少し震えていた。
「こんな美味しい食べ物初めてで……ダメなのに……私は幸せになっちゃダメなのに」
……なんだよそれ。幸せになってはいけない?
誰が決めたんだよ。教えてくれよ。俺がそいつに説教してやるから。
「……そうか、美味しいなら良かった。まだ食べるか?」
今思ったことを口にしたかった。
でも俺は彼女のことをまだ何も知らない。俺には想像もつかない何かを背負っているのかもしれないのに。
そんな俺の言葉はあまりに無責任で無力だろう。彼女へ響くわけがない。それが堪らなく悔しかった。




