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禁「おすすめは何ですか」句(読:服は自分で選ぶもの)


 店内には、綺麗にディスプレイされた洋服が、ずらりと並べられている。

 どれも安っぽさは無く、町の洋服店に置かれているものにしては上物の部類に入るだろう。

 であるにもかかわらず、置かれている値札を見ると、かなり安い。


 この「休日お散歩セット」という商品は、上下セットに肩掛け鞄がついて880$だ。

 サイズも皇子に合いそうだ。よし、これにしよう。


 「皇子、こちらで良いでしょうか」


 俺は皇子の方を向きながら、マネキンの着ている服を指さす。

 皇子はその服を見て頷いた。


 これに決まりだな。こうも早く服が決まるとは思っていなかったが、この後やることがまだ残っているし良かった。

 さっさと支払いを済ませて店を出るか。


 俺は決まった服を購入するため、店員を探そうと足を上げるが、魔導士に後ろから肩を掴まれ止められる。


 「勇者決めるの早すぎだから!洋服店に来たときは、まず店内を一周するのが常識だろ」

 「そんな常識は知らん。そもそもお前に聞いてない」


 魔導士が騒ぎ出し面倒なことになる前に、店員を捕まえなくては。

 肩を掴む魔導士の手を振り切り、辺りを見回しながら店内を徘徊する。


 「これだから童貞は」


 魔導士の口から、吐き捨てるように発せられた聞き捨てならない言葉に、俺は反射的に振り返った。


 「服選びに童貞関係ないだろ!」

 「関係あるからお前は童貞なんだよ。大体、お前の服を選びに来てるんじゃないんだぞ。色々見てもらって、相手が選べるようにして上がるのが紳士ってもんだろ」


 そう言われると、そんなような気もしてくる。


 「・・・・・・確かにな」

 「んじゃ、まずは店主にお勧めを聞こうぜ」


 結局人に選ばせるのかよ。

 まあ、選択肢が一つしかないよりは良いのだろう。


 「お勧めどれ?」


 店の奥から近づいてくる男に、魔導士が気軽に話しかけた。

 人の良さそうな笑みを浮かべる男は、右目に、宝石の装飾が付いたモノクルを付けている。

 あれが店主か。


 「いらっしゃいませ、お客様。当店のおすすめとおっしゃられましても、全ておすすめの商品でございまして、私には決められません。お探しのものはどういったものか、お聞かせ願えますか」


 魔導士がアイコンタクトを取ってきたので、俺は少し前に出て店主と向かい合い対峙する。


 「この方に合う服が欲しい」


 俺は視線を後方に立つ皇子に一度向け、すぐに店主へ戻す。


 「かしこまりました。ではこちらへ」


 店主は皇子を連れて店の奥へと移動する。


 「俺たちはここで待とうぜ」


 皇子と店主の後に続こうとした俺を、魔導士が呼び止める。


 「あの店主は信用できるのか? もし皇子の身に何かあったら、お前も俺もタダでは済まないぞ」

 「ああ、それなら問題ない。あいつはお前よりその点に関しては強いからな」


 それはつまり魔導士は、俺よりも、この店の店主を信用しているということか?

 幼少期に積み重ねてきた俺との信頼関係は、ぽっと出の店主との絆より劣るってことなんだな。


 「お待たせいたしました、旦那様。お連れ様が試着されお待ちです。どうぞ奥へ」


 店主に案内され皇子の元へと向かう。店の奥は並べられた服が壁になり、細い道のようになっていた。


 「こちらです」


 人一人が入る小さなボックスにカーテンが付けられている。

 この試着室の中におそらく皇子がいるんだろう。閉じられたカーテンを店主が横に引く。


 「ん!?」


 俺は、予想外な光景が目に入った瞬間に出そうになった叫びを、咄嗟に飲み込んだ。

 眼球が飛び出そうになるほど見開かれた瞳で、開け放たれたカーテンの向こう側を凝視する。

 しかし、どんなに見つめても試着室の中にいるのは、皇子ではなく少女だ。


 「どうですか?」


 驚き過ぎて思考が堂々巡りをする俺に、店主は何でもないように感想を求めてくる。

 普通に考えれば、試着している服が気に入ったかどうかということだろうが、この状況でのどうとは何だ?


  目の前の少女がどうかって意味なのか、少女が着ている服がどうなのかって意味なのか。

 それとも、ここに居るのが皇子じゃなく少女であることが、どうなのかという意味なのか。


 俺はいったい何を試されているんだ?


 「開ける試着室を間違えているようだが」

 「いいえ、それはありえません。当店の試着室はこの一部屋のみですから」


 「そうか。じゃあ、着せる人を途中で間違えたか……」

 「いいえ、それもありえません。当店に今いらっしゃるのはお客様方だけですので」


 「気づかなかっただけで、子供が紛れ込んだのかもしれないだろう」

 「それはあり得ません。当店に入ることができるのは、私が許可を出したお客様だけになりますので」


 それはあり得ない、ばっかりで話にならない。

 現に今起こっている事に目を向けてくれ。

 皇子が少女になるなどあり得ない……。


 待てよ。

 魔導士が勧めて来た店。

 店主と魔導士は知り合い。

 客は俺たちだけ。

 許可なしでは店に入れない。


 ……魔導士め、店主と組んで俺をからかってやがるな。

 馬鹿ないたずらに皇子を巻き込むとは、俺よりよっぽど不敬だぞ。

 皇子に女装させるなんてな。

 

 「こんな服を着せるとは」


 俺は、二人にお遊びが終わったことを伝える為に、良く作られた似せ乳を掴んだ。

 似せ乳に騙されるほど、俺の目は節穴ではない。


 掴んだ胸を何度か握り、その感触を確かめる。

 別に欲求不満ではない。

 これが偽物だと俺は分かっていることを、馬鹿二人に証明しているんだ。


 「大変っ……お気に召したようでっ……」


 俺に話かけて来た店主は何故か笑っていた。


 「よかったなっ……聖職者っ……」


 次いで話し出した魔導士も腹を抱えて笑っている。それに……


 「聖職者だと?」


 店主の顔をまじまじと見てみたが、俺と共に魔王討伐に参加した聖職者とは顔が違っている。

 別人にしか見えない店主を、俺は鑑定スキルを使いもう一度視た。


 クラス:聖職者、称号:魔王を討ち果たせし者。


 この称号を持っているのは、俺の他に三人しかしない。

 こいつは俺の知る聖職者に間違いないようだ。


 「魔導士、口を滑らせましたね」

 「あーすまん。勇者が期待を超え過ぎることするから、ついつい口から出ちまったんだよ」

 「お前らふざけ過ぎだ!皇子に女装をさせるなんて」


 「勇者、説教の前に皇子の胸から手を放して差し上げては?」

 「こんな似せ乳まで付けるとはな」


 「似せ乳かと言われれば人によってですが、豊胸術で胸を大きくされた女性の乳は似せ乳になりますか?」

 「いや? あれは大きさこそ偽りだが、胸自体は本物だろ」


 「それでしたら、勇者が揉みしだかれていた皇子の胸は本物です」

 「男に胸は無いし、もし豊胸したにしてもこんな短時間では無理だ」


 俺は再度、皇子の似せ乳を揉む。この形も手触りも作り物だ。

 魔導士も絡んでいることだし、幻術の可能性もある。


 「あの……」


 か細い皇子の声が聞こえた。


 「あまり触られると……困ります……」


 少し上がった息を何とか堪えようとしながら、涙目で訴える皇子は、もはや強姦に襲われた少女そのものだ。

 俺はなるべく気持ちを落ち着け、皇子の胸から優しく手を放す。


 「聖職者、後で詳しく説明を」

 「もちろんです。して、お買い上げに――」

 「ならん!」


 入店して初めに目についた、休日お散歩セットをマネキンから拝借し、皇子に渡してから試着室のカーテンを閉めた。


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