魔導士は見た
昨日は大失態を犯してしまったが、気を取り直して今後の予定を立てようか。
まずはそうだな、皇子の服を買いに行こう。後のことはそれからだ。
良く晴れた朝。
いつも通り早朝に起きた俺は、支度をするために部屋へと向かう。
家は築60年と古い。
部屋の扉は直し直し使っているため建付けも悪く、常に半開き状態だ。
おまけにノブもグラついている。
別に一人で住んでいるから何の問題も無いが、皇子が来たとなれば話は別だ。
「近いうちに大工呼ばないとな」
独り言を言いながら扉を開け部屋に入る。
そういえば俺、何でソファに寝てたんだ?
ふと、そんな疑問が頭を過る。
普段なら部屋にあるベットに寝ている筈だが、今日は何故かリビングのソファに寝ていた。
長期の仕事で久々に家に帰って来た時なんかは、そんなこともあるのだが、昨日は日帰りだったし家から城まで往復しただけだ。
答えが分からないまま窓際に置かれたベット視線を送ると、すべての謎が解けた。
というか、寝ぼけていて失念していたことを思い出した。
昨日皇子に部屋貸したんだったな。
ベットの上には、スヤスヤと静かな寝息を立てる皇子がいる。
改めて思うが本当に男か?
男の寝顔を見て綺麗だと思ったのは初めてだ。
勝手に伸びた手が、皇子の頬を撫でる。
「んっ……」
俺が触ったせいで目を覚ました皇子が、ゆっくりと瞼を上げ目を開けた。
「おはようございます」
目が合った俺に挨拶をしてから、皇子は体を起こす。
起き上がりずれた布団から、着ている服が見えた。
俺の服だ。これは俗に聞く彼シャツというものではないだろうか。
恋人が自分の服を着て、「まるで貴方に包まれてるみたいね」とかいうやつだよな。
「服、着ないんですか」
皇子が何を言っているのか分からず、俺は自身の体を見る。
鍛えられた肉体は所々に傷があり、お世辞にも綺麗とは言えないが、男としては寧ろこれくらいでなければ拍が着かないと思っている。
いつも通りの肌色も健康そのものだ。おかしなところなど何一つない筈だが。
「僕が服をお借りしてしまったせいで、着るものが無いのでしょうか。それでしたら僕が――」
「そのままでいてくれ!」
デジャブだ。
昨日と同じことになる訳にはいかない。
俺は皇子の服ではなく両腕を掴み、手から服を放させることに成功する。
しかし、これまた勢い余って、そのまま皇子をベットに押し倒してしまった。
「あ……」
皇子のか細い声が耳元で鳴った。
そのあまりの色っぽさに、俺の体はフリーズし動かなくなってしまう。
目と鼻の先に皇子の顔があって、あと数センチでキスできそうな距離だ。
動かない体に反して、鼓動はこれ以上ないぐらいの早鐘を打っている。
これは皇子。皇子は男。頭の中で何度も繰り返し理性が警報を鳴らすが、内なる獣がその楔を破ろうとせめぎ合う。
俺に男色の趣味は無いが、皇子とならありかもしれない。
ここでいかなければ一生童貞だ。
俺はゆっくりと皇子に顔を近づけキスを――。
「そろそろ止めないと、お前一生日の元歩けなくなるぞ」
「!?」
いきなりの訪問者に俺はベットから飛び降り、皇子を守るように前に出て相手と対峙する。
「誰だ!」
睨みをきかせた目線の先には、見覚えのある紫色のローブを羽織った男がいた。
「よう勇者、元気してたか?」
「魔導士か」
頭を動かすたびに、一つに束ねた長い青色の髪が揺れる。
程よく焼けた肌は健康的な一般男性と同じような色をしているが、顔の造りがズバ抜けていい。
魔王討伐を共に成し遂げた仲間だった奴だが、宴の時に俺を見捨てコイツは、もう仲間ではない。
「せっかく会いに来てやったのに、なにその態度。お楽しみを邪魔したから怒ってんのか?」
クスクス笑いやがって。自分は女にモテるからって、非モテの俺をいつも馬鹿にしやがる。
こいつに男色だと触れ回られた時には、俺の人生にもう女の姿は無いだろう。
さっさと誤解を解かなくては。
「勘違いするな。皇子の目にゴミが入っていたから取ろうとしただけだ」
我ながら見苦しい言い訳だが事後前だ。十分言い逃れできる言い分だぞ。
「お前が話しかけられるまで気が付かないなんて、よっぽど真剣だったんだな。でも相手が皇子ってのは、止めておいた方がいいぞ。不敬罪ですぐさま牢獄域だ」
話聞けよ。
そういえば、コイツいつから見てたんだ?
話しかけるまで気づかなかったってのは、来て早々は声をかけずにいたって意味だろ。
「いつからだ」
俺の問いに、魔導士はニヤニヤしながら答えた。
「「そのままでいてくれ」の辺りから」
ほとんどの成り行きを見てたんじゃねぇかよ!
それならこれが不本意なアクシデントだと分かっているだろ。
こいつのことだ、分かっていて止めなかったんだろうがな。性格の悪いヤツめ。
「そうか、わかった。ひとまずこの件は心の内に止めといてくれ」
コイツに口では敵わない。いち早く騙させるのが最良解だ。
「他でもない戦友の頼みだ、もちろんさ。さっきのこともそうだけどさ、お前のそれも早くしまった方がいいぞ」
それと言われたのが何か、見なくても分かった。
「……ああ」
俺は項垂れながら、クローゼットを開け衣服を着る。
もうどうしたって繕えないだろう。
正直に認めるさ、俺は皇子に不敬を働こうとした罪人だってな。




