真夜中の三人【皇子SIDE】
食事を終えたこの時間は、普段ならば各自自由に過ごしている。
だが、今日の私と魔導士そして聖職者は、一階の東側にある執務室兼応接室へと集まっていた。
「昇格祝いにS級の依頼なんて、勇者も可哀そうですね」
聖職者が、さしてどうも思っていないような口ぶりでそう言った。
「しょうがないだろ、皇帝陛下がそうしろって言うんだからさー」
それに対して、魔導士が他人事のように返す。
「申し訳ありません……」
そして私は、謝罪しなければならない当人が居ない中、ただ口上のような謝罪を述べ、形式の様に頭を下げた。
「陛下にも何かお考えがあるのでしょう。それで、皇子も参加なさるのですか?」
「はい、私もお二人にご一緒させていただきます」
聖職者が私も例の依頼に参加することを知っているのは、先ほどの夕食時に今日のギルドでのことを話したからだ。
父上からということに疑問を呈さないのは、城に仕える聖職者は事の経緯をあらかじめ聞かされていたのだろう。
「何で来ることにしたんですか?勇者と二人で行こうと思ってたのに」
魔導士はいつものように冗談を言いながら、手にしているシャンパングラスに口を付けた。
夕食時と合わせれば、もう結構な量を飲んでいる。ほんのり頬が赤く染まっているのは、そのせいだろう。
「勇者の戦っている姿を近くで見たかったのですよ」
「いつも見てるじゃないですか」
「本気の勇者が見たいんです。あれらは勇者の力量に合わない敵でしたから」
嘘ではない。
私の知っている勇者は、自分の何十倍も大きい魔物を簡単に倒してしまうほどの腕前を持っていた。
だというのに、いま受けている討伐依頼のほとんどが、町近くに生息している小柄で、尚且つ力も弱い魔物ばかり。
私は、以前数度だけ見たことのある勇者の雄姿を、すぐ傍で見たいと思っていたのだ。
そして、できることならば同じ戦場に立ちたいと願っていた。
「本気の勇者ですか。それはなかなかお目に掛かれませんよね」
聖職者はそういうが、慰めだろう。
何年も共に旅をした聖職者であれば、本気の勇者を何度も見たことがあるに違いない。
「そうか?いつも本気じゃん。肉選んだり、野菜選んだりさ」
薔薇色のシャンパンをグラスに注ぎながら、たいそう愉快そうに魔導士が口を挟む。
「魔導士、飲み過ぎですよ」
その様子に、聖職者は額に手を当て深く溜息を吐いた。
それから、テーブルに置かれていたグラスを手に取り一口。
舌を湿らす程度だけを口に流し、聖職者はグラスを元の位置に戻した。
中に入っていた氷がグラス当たり、カランと音を立てる。
先ほどまでの和やかな雰囲気とは違い、私を見る聖職者の目は、真剣みを帯びていた。
「皇子、相手はS級ですよ。本当に向かわれるおつもりですか?私には、そこまでの危険を冒してまで果たす目的ではないように思えます」
聖職者の言い分も分かるが、もとより私には行かないという選択肢はなかった。
討伐対象のドラゴンはS級であり、魔王と同等の力を持っていると推測される。
普通に考えれば、一国の皇子が対峙するべき相手ではないだろう。
過去でもその考えから、私は魔王の討伐に参加できず悔しい思いをした。
だからこそ、自由に動ける今は譲りたくないのだ。
「もう依頼書にサインをしました。それに、勇者が「命に代えても守る」と言ってくださったのです。もちろん、足枷にならないようにしますが、もしもの時は勇者を信じていますから」
剣の腕には自信があるが、勇者に比べればまだまだだ。
もしかしたら、危険な状況に陥ることもあるかもしれない。
だが、その時は勇者が必ず助けに来てくれる。
何故だろうか、私は確信を持ってそう思えるのだ。
「皇子はほんと、勇者が好きなんですねー」
魔導士が、からかうように言った。
「私にとって勇者は憧れです」
勇者に対するこの感情が好きなのかと問われても、そうだとは言えない。
この感情に好きという言葉は軽いようだと感じるからだ。
「憧れねぇ」
「第二皇子のように、手に入れたいとは思わないのですか」
手に入れたい。
そう思ったことが無いと言えば嘘になる。
「欲しいです。ですが、この気持ちは第二のものとは違うと思うのです。私は勇者を手に入れたいわけではなく……」
勇者を手に入れたとして、私は彼に何を与えられるだろうか。
かつての私は、ずっとそれを考えていた。
私の近衛として勇者を傍に置けば、彼には地位も栄誉も与えられる。
爵位を与え領地も与え、私という後ろ盾も与え。
そうすれば、もう二度と勇者を蔑ろにすることなど、誰もできなくなるだろう。
だが同時にそれは、勇者を城へと縛り着けることを意味する。
果たして、勇者はそんなものを望んでいるのだろうか。
いいや、きっと望まないだろう。
勇者は己の本能にのみしたがって生きている。
私の価値観で何かを与えたとしても、勇者を手に入れることなどできはしないのだ。
だからと言って無理強いもしたくはない。
それを踏まえたうえで、勇者と共にある方法は一つ。
「勇者に望まれたいのです。私の傍にいることを、強制的ではなく自らそうしたいと思って欲しいのです」
勇者には、自ら望んで私の元に来て欲しいのだ。
権力による強制的なものではなく、私が勇者を欲するのと同じぐらい、勇者にも私を欲してもらいたい。
「勇者は昔、騎士を目指していました」
唐突に魔導士が語り始めた。
大量の酒を飲み酔っていた筈だが、その声はこちらの酔いも醒める程に冷淡だった。
「しかし、勇者は貴族の生まれではなく、推薦人もいなかったので騎士にはなれませんでした」
下町ではよくある話だ。
才能があっても生まれが恵まれていなければ、就きたい職に就けない。
しかし、それはもう随分と昔の話だ。
現在は大幅に改善され、身分で職を選べない例は減っている。
とはいっても、騎士についてはその限りではない。
国の治安を担う騎士は、身分を保証する者が必要だという決まりがあるからだ。
志願者の身分を保証する者を推薦人と言うのだが、推薦人の条件は、領地で信用のある貴族であること。
平民では貴族である推薦人を得ることは、身分差からどうしても難しい。
「学もなく金も無かった勇者は、ギルドに入りました。その過程で聖剣を手に入れて、皇帝陛下の命を受け魔王の討伐へ向かいました。無事討伐を終えて戻って来た勇者が受けた仕打ちは……。ご存じの通りです」
魔導士は下を向き、グラスに本分ほど入ったシャンパンを揺らした。
勇者の運命を変えたのは私だ。
正確に言えば半分だが、私のわがままが宴会を断罪にしたのは私だ。
そして今も私は、勇者を騙し続け我が儘に付き合わせている。
「俺は勇者に、久々の自由を味合わせてやりたかったんですよ。責任なんて忘れて、自由に冒険できる時間をね」
普段見たことのない魔導士の悲し気な表情に胸が痛んだ。
魔導士にとって勇者は兄弟のような存在だ。
そんな魔導士にあのような表情をさせてしまうとは、私はどれだけ酷なことをしているのか。
「俺は、あとどのくらい家族が蔑ろにされるのを、黙って見ていればいいんですか?」
丁寧な言葉を使っている魔導士だが、私を見る瞳に強い怒りを感じた。
「魔導士、あなたの気持ちが分からないでもありませんが、言い過ぎです」
「俺と勇者が、この世界でどれだけ生きづらかったかなんて、お前に分かるわけが無いだろ。もし勇者が望むなら、帝国なんて――」
「申し訳ありません。あの場を利用したことは、本当に申し訳なく思っています。ですが、そうするしかなかったんです。聖剣を持たない勇者を傍に置くには、あの方法しかありませんでした」
謝罪を述べたとしても、前提に勇者を傍に置くことを上げている時点で、利己的な言い訳に過ぎない。
「すべては私のせいです。私が勇者を望んだから起きた事ですから。だからこそ、私は引き返せません。あなたたち二人の未来がかかったこの計画を、中途半端で終わらせる訳にはいきませんから」
どんなに恨まれたとしても、始めた以上は最後までやり切るしかない。
そして、彼らの為にも必ず成功させなければならない。
……結局、これも自分を正当化する言い訳に過ぎないだろうな。
「お願いしますよ、皇子」
魔導士は、私のことなど本当は信じていないのだろう。
それでも私に協力しているのは、勇者の為だ。
今回の話で、私は改めてそう思った。
魔導士は、騎士になるという勇者の夢を叶えさせてやりたいのだ。
私は、その為に選ばれただけだということ。
帝国の皇子という最高峰の推薦人として。
「帝国の名に誓って」
今の私が彼らと共にあれるのは、皇子だからに過ぎないのだ。




