Eランク昇格の祝い
先日の昇級試験でFランクからEランクに上がり、俺と皇子は早速Eランクの依頼を受けようとギルドに来たのだが。
「だから、ゴメンって言ってるだろー。いい加減機嫌直せよ~」
当然のように待ち構えていた魔導士が邪魔で、依頼を受けられていないのが、只今の現状だ。
「機嫌がいいとか悪いとか、そう言う問題じゃない」
「んじゃ、どういう問題?」
分かっていて聞いているのだろう。
魔導士は悪びれも無く、聞き返してきた。
加えて、このとぼけ顔だ。
腹が立つのをぐっと堪えて、俺は分かりやすく丁寧に問題点を答える。
「いいか魔導士。俺は今、皇子の世話係をしているんだ。世話係が主人を置いて遠征なんて行くわけが無い」
俺はかつてのように、自由に行動できる立場ではなくなってしまったんだ。
皇子の世話係を皇帝から直々に任された以上、それを放棄することは反逆罪に他ならない。
俺がこの国で生きていけるかどうかは、この任務の成否に掛かっているんだ。
俺は期待を込めた眼差しを魔導士に送る。
魔導士だって俺の不幸を望んではいないはず。
今回は折れてくれるだろう。
「連れて行けばいいだろ?」
願いも虚しく、魔導士はさも当然のように、皇子を巻き込むことを提案してきた。
まさかそうくるとは、最悪な方向での想定外だ。
「お前は馬鹿か?先日Eランクに上がったばかりの皇子を、S級の依頼に連れて行くなんて選択肢はない」
相手が魔導士並に常識外れな力を持っているならまだしも、皇子は普通の人間だ。
才能はあるが、まだ成長段階で無理をさせる必要も無い。
それに皇族を危険に晒すなんて、以ての外だ。
「そういうなよ。なかなか巡り合えないぜ?S級依頼なんて、魔王以来だしさー」
勿体ないよ、と安売りの品を進める商人のようなセールストークで、依頼を受けさせようとしてくる魔導士。
だが、それに乗せられるほど、今日の俺は甘くない。
「魔王に匹敵するほどの危険な依頼なんて、なおさら……」
ん?待てよ?
ドラゴン討伐はA級依頼のはず。
今までギルドにSランクが無かったのは、そもそもS級の依頼が無かったからだ。
今回新しくSランクができたのも、魔王討伐に対しての栄誉賞みたいなもので、立場的にはAランクとそう変わりはない。
だというのに、ドラゴン討伐がS級依頼だと?
何か違和感に気が付き、訝し気に魔導士を見れば、魔導士はニヤリと笑った。
「あれ?やっぱ気づいちゃった?」
あれは絶対何か隠している顔だ。
考えろ。魔導士が何を隠しているのか考えるんだ。
「まさか、新しい魔王がそのドラゴンとか言うんじゃないだろうな」
可能性としては低いが、聖剣のことを考えればないとも言い切れない。
百年に一度現れる魔王を、聖剣を持った勇者が倒す。
確かに聖剣を抜いた俺が、聖剣で魔王を倒したが、今聖剣を持っているのは俺じゃない。
俺は聖剣に拒否され、聖剣の勇者ではなくなった。
それを考えれば、魔王を倒したのが本当に勇者だったのかが怪しくなってくる。
「残念、はずれ~。てなわけで、ドラゴン退治決定な」
「行かないと言ってるだろ」
ドラゴンの件は気になるが、魔王で無いのなら誰が行ってもいいだろう。
むしろ魔王だったら、俺が行っても意味が無い。
「俺もさ、正直皇子を連れて行くのは無理だと思ってる。でも、お前は来てもらわないと困るんだよねー。その為の昇級試験だった訳だし」
周囲の空気が変わった。
ピリピリと肌に感じる違和感は、制圧系の魔法か?
魔導士の瞳が怪しく光っている。
どうやら本気のようだ。
こうまでして何故、俺に依頼を受けさせたいのか分からないが、俺の意志を無視しようとするこの行動は許せない。
俺は魔導士の魔法に反撃するために、体を自分の魔力で覆った。
制圧魔法は、対象の体内に魔力を浸透させ、相手を無効化することができる精神系の魔法だ。
上級の魔法だが弱点があり、相手に気づかれると格段に成功率が下がる。
それは、魔力は外から無理やり送り込むよりも、内側から放出する方が簡単だからだ。
「頼むよ、勇者。お前が断って俺が死んだら、夢見悪いだろ?」
魔法で身を守っている俺に、制圧魔法を掛け続けながら、魔導士は不穏な言葉を口にする。
断ったら死ぬ?そんな嘘に誰が騙されるんだ。
俺を動揺させ魔力が揺らいだ隙に、制圧魔法で無力化させる作戦なんだろう。
もう何度か経験済みだ。
「例えお前が死んだとしても、俺が敵をとってやるから心配するな」
「それだと俺、死んじゃってるんですけど?」
「無念を晴らせば安心してあの世に行けるだろ」
「そうねー。仮に俺を殺す相手が“姉さん”だったとしたら、そう簡単に行くか心配だな~」
「それはどういう……っ!」
しまった!!
姉さんと言う単語に動揺して、魔導士の魔力が体内に入り込んでしまったじゃないか!
魔導士が勝利宣言にと指を鳴らした。
「勇者ゲット~」
一度魔力が入り込めば、あっという間だ。
俺の体は魔導士の制圧魔法によって、内側から縛り上げてしまった。
「くそっ!」
姉さんで釣るなんて卑怯だろ!
幼少期を共に過ごした魔導士なら、姉さんがどれほど恐ろしいか分かっている筈だ。
俺が八つの時、雨上がりに外で遊んでいた俺たちが、干してあった姉さんの服に泥を飛ばしてしまったせいで起きた事件。
「田園のカカシ」事件を忘れたとは言わせない。
十字に組まれた木材に手足を縛りつけられ、水の張った畑のど真ん中に晒された三日間。
魔導士と横並びになって、ただただ水面を見つめるだけの苦痛。
通りがかった人に笑われる恥ずかしさ。
同級に馬鹿にされても何もできない悔しさ。
地獄の三日間をへて、俺と魔導士の姉さんへの恐怖心は、確固たるものとなった。
今ではもう姉さんという単語を聞くだけで鳥肌が立つほどだ。
魔導士はその言葉を口にしても平気なのか?
しかも、あろうことか姉さんを出しに使うとは……。
正気の沙汰とは思えない。
「お前は姉さんが怖くないのか?」
「怖いさ。だから切り札として使わせていただいたんだ」
らしくもない丁寧な言葉を使う魔導士。
よく見れば、落ち着かない様子で手首を擦っている。
魔導士もあの日を思い出しているんだろう。
「何故そこまでして俺に行かせたいんだ」
今まで俺と魔導士は、お互いのトラウマである姉さんと言う言葉を、悪戯に口に出すことはしなかった。
魔導士にそこまでさせる理由とは、一体何なのだろうか。
「そんなの決まってるだろ」
追い詰められ苦しんでいる様子でため息を吐く魔導士は、Sランクとは思えない程に弱々しく感じた。
きっと、凄く大きな理由があるに違いない。
俺は、魔導士が語るのを邪魔しないように、静かに待つ。
少しして、魔導士が重い口を開けた。
「一人でドラゴン退治とか、めんどい!お前との戦闘がラク過ぎたせいで、今更ソロとか無理だから!」
涙しながら叫ぶ魔導士が、俺の両肩を掴んで揺さぶる。
切実と訴えているように見えるが、内容はただ怠けたい、それだけだ。
心配など最初からするべきではなかったな。
こんなお遊びに付き合っていられるか。
「俺がギルドから追放された時は、俺無しでやっていたんだろ?今回もそうすればいいだろう」
俺が無職になってからも、魔導士はギルドで活動していたんだ。
その時組んだ仲間でも誘えばいいだろうに。
「いろいろあって、現在に至りまーす」
いろいろって、なんだ?
今の魔導士の状況とは?
「道中その時のこと、話してやるからさ。受付嬢~。依頼書持ってきてー」
「はい。こちらになります」
俺が考え込んでいる隙に、魔導士はカウンターの受付嬢から依頼書を受け取り、慣れた手つきでペンを握った。
「んじゃ、サクッとサインしますか」
遠慮なしに自分の名と俺の名を書き、依頼書を受付嬢に渡す。
そこへ所用で席を外していた皇子がやって来た。
「私もよろしいですか」
皇子は魔導士の隣に並ぶと、あろうことか自分も行きたいと言い出した。
ダメに決まっている。
それだけは絶対に阻止しなくては。
「申し訳ありませんが……駄目です」
「私も勇者と同じEランクですよ」
遠慮がちに止めに入れば、速攻で言い返された。
確かにそうですけど、そうじゃないんです。
俺は元Aランクなんですよ……とは言えないしな。
「依頼はSランクなんです。危険ですから――」
「こちらにサインをすればいいんですね?」
全く聞く気無いだと!?
受付嬢も、なぜ依頼書を渡す?
誰か皇子を止めてくれ!
「皇子!」
叫ぶ俺を無視し、皇子はサインした依頼書を受付嬢に渡した。
なんて事だ……。
「では依頼の受理を確認しました。魔導士様、勇者様、皇子様の三名を、こちらの依頼を受けるパーティとして登録いたしました」
「待ってくれ!皇子をこんな危険な依頼に同行させる訳にはいかない!」
最後の足掻きにと、体の自由が利かない分大声で抗議する。
少し声が大きすぎたのか、周囲の視線が突き刺さるのを感じるが、構ってはいられない。
どうにかして皇子の参加を阻止しなければ、断頭台はすぐ目の前だ。
皇子の怪我=世話係失格=勅令違反。
控えめに言って死刑だな。
諦め項垂れる俺の頭上に影が落ちる。
俺は動きの鈍くなった体を何とか動かし、顔を上げて見上げた。
そこには申し訳なさそうな表情でありながら、決して折れない強い意志の瞳で、俺を見下ろす皇子の姿があった。
「足手纏いにならないよう、最善を尽くします。もし邪魔になれば、捨て置いて頂いて構いませんので」
足手纏いだと思うわけが無い。邪魔だなんて以ての外だ。
「そういうことでは……」
捨て置くという、選択肢そのものが存在しない。
「私は私の意志で行くと決めました。貴方に止める権利などありません」
俺は悟った。
これはもはや、行きたいという願望でも我が儘でもない。
行くと言う決定事項であり、同行しろという命令なのだ。
「命に代えてもお守りします」
頭を下げて誓う俺の肩に、皇子が手を触れた。
俺はこの状況に既視感を覚え、記憶を辿った。
「期待していますよ、勇者」
そして皇子の言葉で、その答えに辿り着く。
これはとても、いつの日かに見た皇帝騎士の任命式によく似ていた。




