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銀の森6


 静かになった魔導士に代わり、皇子が銀星と話を始めた。


 「銀星は、この石の魔力に心当たりはないんですか」

 『ここまで禍々しいとなると、魔物ではあるまい。魔人クラスのものだろう』


 魔神クラスだと!?

 そんなに強力な魔力を、俺たちは感じ取れないのか?

 改めてまじまじと石を視ても、俺にはその辺の石ころにしか見えない。


 だが考えてみれば、それ自体が凄いことなのかもしれない。

 魔人クラスの強大な魔力を宿しているにも関わらず、完全にそれを隠しきれていることこそが、この石の凄さの表れなんだろう。


 皇子も驚いたように目を見開き、そして真剣な眼差しで石を見つめている。


 「本当に人間に害は無いのでしょうか」


 皇子は俺にチラリと視線を送りながら言った。


 『いま見る限りでは、人間に干渉する様子はないようだぞ。もし危険な物であれば、触れた瞬間、魔力に呑まれていたであろう』


 銀星も皇子と同様に俺と手の中の石とを見てから、心配するなと皇子に頷いて見せる。

 その答えに皇子もほっとしたようで、柔らかく微笑んだ。


 「特に問題が無いのであれば回収する必要も無いだろう」


 俺は手にある石を後ろへと軽く投げ捨てる。

 すると、銀星が毛を逆立たせ、ズボンの裾を引きちぎる勢いで引いてきた。


 『待て勇者!この石をここに置いて行くでない!確かに人間にとっては危険なものではないようだが、森に生きる者たちにとっては危険な代物なのだ。先の魔物たちの様に、石の魔力に魅入られて寄って来た魔物が万が一石に触れる様な事になれば、途端にその邪悪な魔力に汚染され、自我を失い、命果てるまで暴れまわる暴徒と化すであろう。我はこの森の守護者として、この森の民を守りたいのだ』


 人間には害がないと聞いて安心していたが、魔物には影響のあるもののようだ。

 その影響力はかなり深刻らしい。


 銀星はこの森を守るために必死だ。

 今日だって、俺たちに殺されるかもしれないのに助けを求めてきたんだ。

 成り行きとは言え、銀星の主になったのだから、銀星の大切なものは主の俺も共に守るべきだろう。


 「わかった。家の庭の隅にでも置いておけばいいか?」

 『すまない。助かる』


 銀星は安堵したのか、ズボンの裾から手をゆっくりと離した。

 だが、その表情にはまだ陰りがある。


 「しかし、タダでと言う訳にはいかない」


 少し意地の悪い言い方になってしまったが、銀星の負担を減らすにはこの方法が一番だ。


 『何でも言え。命以外は差し出す心構えである』


 俺を見上げる銀星の瞳は、迷いなく俺を見据えている。

 その瞳の力強さに、銀星がこの森を守ろうとする覚悟は本物だと確信した。

 同時に、簡単にこの石を引き受けてはいけないと思った。


 この石は銀星にとって大きな恩になる。

 命を掛けてでも取り払いたかったものを引き受けた俺に、真面目な銀星は、命を懸けて恩を返そうとするだろう。


 でも俺は、銀星にそんなことをしてほしくない。

 仲間は対等でいられるから仲間なんだ。銀星はもう俺たちの仲間なんだ。


 「キノコが何処に生えているか教えてくれないか」

 「……そんなことで良いのか?」


 銀星は拍子抜けした顔で聞き返した。


 「今日中に片付けたい仕事があるんだが、まだ終わってないんだ。キノコが手に入れば、片付くんだが、今から自力で探すには時間が足りない。この森に住んでいる銀星に手伝ってもらえれば助かるんだが」

 『そうか……。その程度であれば何ら問題は無い。森の守護者たるもの、森に生きる植物のありかなど、容易に案内できなくては先代に笑われてしまうわ』


 出会った時のような元気を取り戻した銀星が、自信満々に答える。


 「じゃあ、早いとこ案内を頼む」

 『任せておけ。ついでに出口まで最短距離で案内してやろう』


 銀星は胸を張り「着いてこい!」と、先陣をきって歩き出した。


   *   *   *


 無事依頼を終えた俺たちは、ギルドに報告を済ませ、家で夕食をとっていっる。


 「皆さんお疲れさまでした。ギルドの仕事はどうでしたか?」


 本日一人だけ依頼に参加しなかった聖職者は、グラスに入った酒を一口飲んだ後、魚のムニエルを口に運ぶ。


 「依頼はしっかりと完遂しました」


 皇子は皇族らしく、上品にフォークとナイフで魚を切り分け、小さな口で少しづつ食していく。


 「変なおまけ付きだけどな」


 ローブや装飾品を取り楽な格好になった魔導士は、適当に切り分けた魚を口に放り込み、数回噛んだかと思えば、大量の酒で流し込んだ。


 『変とは何だ!我は神獣である銀狼なのだぞ』


 銀星には多めに採ったキノコをいくつか持ち帰り、それを焼いてやった。


 俺は他の三人と同じように、ムニエルを食べながら話に耳を傾けていた。


 「勇者は、そちらの兔……いえ、銀星の主になったのですか」

「ああ」


 聖職者が話を振って来たので、それに答える。


 「銀星は銀狼であって、森の守護者でもあるとおっしゃっているようですが、本当なんでしょうか」


 銀星は兔のような見た目だが、自分では銀狼だと言っている。

 森の守護者というのも本人が言い出したことだが、此方は称号にもなっているから、実際にそうなんだろうと納得せざるを得ない。


 「そうですか……。森の守護者を名乗る銀狼とは、まるで銀の森の伝説そのものですね」


 聖職者は左手でグラスを摘まむと、中の酒を一口飲んだ。


 「一度ギルドの鑑定に出してみたらどうでしょうか。新種であれば発見報酬が貰えますし、もし本当に

伝説の銀狼であれば、かなりの額が期待できますよ」


 銀星を見ながら、聖職者がいつもと同じ笑顔で微笑む。


 確かに俺もそう考えていた。

 しかし、それは出会った時のことだ。

 銀星をテイムした今、仲間を金に変えるような真似はしたくない。


 「悪いが銀星を鑑定に出すことは無い。こいつの身元は俺が保証するし、もし危険な生き物だったとしても、俺が責任もって始末をするから問題ないだろ」

 『始末とは、ずいぶん物騒なことを申すのだな』


 不満気に口を挟む銀星の声色は柔らかい。


 「危険な生き物だった場合だ」


 そんなことはないと分かっている。

 信頼しているからこそ言える冗談だ。


 『我が危険なわけがなかろう。森の守護者である我が、非力な人間に危害など加えるものか』


 銀星も冗談だと言うことに気づいているのだろう。

 怒ったり騒いだりすること無く、穏やかな時が流れる。


 「銀星は危険な生き物ではないと思います。今日過ごした中で、そう感じました」


 皇子も銀星を信用してくれるようだ。

 皇族という社会的にも心強い味方ができてよかった。


 「皇子がそうおっしゃるのならば、そうなのでしょう。余計なことを言ってしまったようで、申し訳ありません」


 聖職者が俺と銀星に謝ったことで、この話は終わった。


 「で、聖職者は今日一日何をしてたんだ?」


 期を見計らったかのように魔導士が口を開いた。


 「城の方で仕事をしておりましたよ」


 いつものことだと、聖職者は答える。


 聖職者は俺と魔王討伐の旅をした仲ではあるが、元々城勤めの神官だ。

 帰国してからは再び城に通っているようだ。


 「そんなに気になるのでしたら、明日は魔導士が城に行かれるのはどうでしょうか。私は勇者とともにギルドへ出向きますから」

 「それは無理!」


 魔導士も魔塔の使者として城に行くことがあって、たまに聖職者の仕事を手伝っていたと言っていたな。


 「そういえば今日、幼少期の記憶が欲しいとかおっしゃっていましたよ」

 「だったら俺じゃなくて———」

 「客観的な視点からの記録が欲しいのではないでしょうか」


 魔導士が何かを言いかけているところに、聖職者がらしくもなく声を被せ言葉を遮った。


 「……俺は絶対城にはいかないからな」


 魔導士は勢いよく酒を煽る。

 グラスいっぱいまで入っていた酒が一気に飲み干された。


 「仕方ありません。明日も私が行くしか無さそうですね。


 困り顔で肩をすくめた聖職者が、俺を見て苦笑する。


 「なんの話をしているんだ」


 ため息と共に口をついて出た言葉。


 「勇者には関係の無いことです」


 それに何故か皇子が答えた。

 驚き皇子を見ると目が合ったが、すぐに逸らされてしまった。


 「お腹いっぱいになったし、今日はもう寝るー」


 大口を開け欠伸をしながら部屋から出ていく魔導士。


 「私も疲れたので部屋に行かせていただきますね」


 扉の前で一例をし、その後に続く聖職者。


 「私も部屋へ行きます」

 『我も休むとするか。勇者、先に部屋に行っておるぞ』


 皇子も銀星も出ていってしまった。


 誰もいなくなったリビングを見渡し、俺は肩を落とす。

 食べ終えた食器が机の上に置かれたままになっている景色は、いつ見ても楽しいもんじゃない。


 「誰も片づけを手伝わないんだな……」


 一人置き去りにされた俺は、のそのそと食器をキッチンに運び皿洗いを始めた。


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