銀の森5
兔モドキのテイムに成功し、声が聞こえるようになった。
となれば、次にやるべきことは、兔モドキについて聞き出すことだろう。
「お前は兔なのか?」
一番気になるのは、こいつが兔なのか、そうでないのかだ。
テイムできた時点で、兔ではなく魔物であるラビットに近い存在だとは思うが、見た目は兔にそっくりなんだよな。
『お前とは無礼な!我には銀星と言う尊き名があるのだ。崇め奉るが良い』
愛らしい見た目に反して、話し方が可愛くないのが残念だが、声は雄にしては高い方だ。
「銀星は兔なのか?」
『我の何処をどう見れば兔に見えると言うのだ。我は見ての通り銀狼であるぞ』
見ての通りって……。
長い耳、丸いしっぽ、小さく丸まった体形。
どっからどう見ても兔だろう。
それに、まだラビットだと言われる分には納得できるが、返って来た答えが銀狼とは。
「銀狼か。それなら肉を食っても不思議はないな」
『我が肉を食うことを不思議がるなど、いつの間にか人間は無知な生き物になってしまったようだな』
無知と言われて否定できないのだから仕方が無い。
銀星が狼だとは少々信じがたいが、銀星自身そう言うのであれば、そうなのだろうと納得することにした。
「兔どうなった?」
「こちらは討伐を終えました。勇者の方はどうでしょか?」
広場の方から皇子と魔導士がやって来た。
中央で円になっていたラビットの群れを討伐し終えたようだ。
「無事テイムできたようです」
皇子に怪我がないか目視で確認する。
「おめでとうございます」
見たところ怪我はないようだが、返り血で服が汚れているのが気になるな。
魔導士の奴、皇子を前線に立たせたのか?
俺は何喰わぬ顔でヘラヘラしている魔導士に視線をやった。
「さすが勇者~。てことは、そいつと意思の疎通できるようになった、ってことだよな?」
皇子を前線に出したことに文句を言ってやろうと思ったが、皇子が無事である以上、魔導士を攻める理由が無い。
怪我も無く実戦経験もできた。
結果論だが、皇子に経験を積ませるためには良い場だったようだ。
「ああ。こいつは銀星と言う名前らしい。それと、兔ではなく銀狼だそうだ」
俺は銀星から聞き取った内容を二人に話した。
「銀狼?どっからどう見ても兔だろ」
自分は銀狼だと胸を張る銀星を、魔導士は鼻で笑う。
『我を馬鹿にしておるな!よかろう。我の恐ろしさを思い知らせてやる』
その態度に怒った銀星が、魔導士に体当たりを繰り出した。
「おい、いきなり襲ってきたぞ?」
それを笑いながら難なく受け流す魔導士に、銀星はこれでもかと体当たりをし続ける。
「馬鹿にするなと怒ってる」
俺は、罵詈雑言を吐き続ける銀星の言い分を要約して伝えた。
それからも、銀星と魔導士の攻防戦は続く。
長くなりそうだと、遠い目をしながら今度のことを考え始めたところで、銀星と魔導士の争いに皇子が割って入った。
「魔導士、謝りましょう」
「えー、本当のこと言っただけじゃん。皇子もこいつが狼だなんて、思ってませんよね?」
「銀星がそう言うのであれば、狼なのでしょう」
「それって、皇子自身はそう思ってないってことですよね?」
「銀星は狼です」
「ずるっ!」
俺も皇子と同じ意見なので、ずるいとは思わない。
魔導士はもう少し他人の主張に耳を傾けるべきだな。
「で、さっき銀星は何で騒いでたんだ」
攻防戦が終了し、魔導士はテイムする前に銀星が騒いでいた理由について聞き始める。
問われた銀星は神妙な面持ちで俯くと、先ほどより弱々しい声で語り出した。
『我は先代の後を継ぎ、森の守護者として、これまで森を守って来た。だが先日、禍々しい魔力を纏ったものが、何処からともなく降って来たのだ。あまりにも邪悪な気配に、我は近づくことさえ出来ぬ』
銀星の言葉は俺にしか分からないようなので、通訳をする。
「その禍々しい物って何?」
『何と聞かれても我には分からぬのだが、先ほどの魔物たちが囲っていた物がそうだ』
広場の中央に集まっていたラビットは、円になって何かを囲っていたようだ。
それが邪悪で禍々しいものだと言うのなら、これだけ近くにいれば俺だって何か感じるはずなんだが、何も感じない。
「俺は変な魔力なんて感じなかったけどなー?皇子はどうですか?」
魔導士はラビットを討伐するために広場に行ったのだから、「何か」のかなり近くに行ったはずだ。
それなのに何も感じないのなら、危険視するほどのものではないのか。
「私も何も感じませんでしたが」
皇子も特に違和感はなかったようだ。
銀星は低級の魔物だから、少しの魔力でも脅威に感じるのかもしれないな。
『あれほどの魔力を感じぬとは、人間は能無しだと言うのは本当のことだったようだな』
銀星が憐れみを込めた眼差しで俺たちを見回し、大袈裟に息を吐いた。
「少なくてもお前よりは有能だと思うけどなー」
そんな銀星を、魔導士は上から見下しながら嘲笑う。
この二人は似たもの同士なのかもしれないな。
魔導士一人でも面倒なのに、もう一人増えるとは。
銀星は早いとこ森に返そう。
『何を言うか。青髪、貴様は仮にも魔導士であろう?それなのに魔力を感じる能力が無いとは、能無し以外のなんだと言うのだ』
「お前が俺にも分からないぐらい弱っちい魔力を、脅威に感じるくらいヘタレなんじゃないの?」
『ええい!もうよいわ!能無しに何を言っても無駄なようだな。我が案内をしてやるから着いてこい』
二人でやいのやいのと言い合っていたが、どうやら魔導士の勝利で終わったようだ。
銀星は機嫌の悪さを体全体で表現するように、ズシズシと広場の中央へ向かっていく。
見た目が小さい兎だからか、怒っているのに迫力がなくて、笑ってしまいそうになるが、銀星は本気なので必死に堪えた。
隣を歩く皇子も、銀星の後ろ姿を和かな表情で見つめていた。
銀星を森に返すより、魔導士を魔塔に閉じ込めた方がいいだろうか。
『これだ』
「ただの石じゃん」
銀星がこれだと言った物は、魔導士が言う様に、俺にも普通の石にしか見えない。
強いて言えば、丸い石ころではなくて、何かの破片のように見えるが、特別な魔力は感じない。
触れたらどうだろうか?
俺はての平サイズの石を拾い上げてみる。
『馬鹿者!!迂闊に触れるでない!お主に何かあれば、契約している我も影響を受けるのだぞ』
慌てる銀星に反して、俺に全く異変は無い。
「特に何も感じないが」
銀星は俺の足にしがみ付き盾にしながら、半身を乗り出すように出し、石と俺を交互に見る。
『……そのようだな。もしかすると、人間には害のない物なのかもしれんな』
「ふーん。やっぱり大した魔力じゃなかったんだなー」
真剣な銀星に茶々を入れる魔導士が、煩く感じてきたな。
『いや、魔力は確かに強大なものなのだが……ん?勇者、その石を近くで見させよ』
言われた通りに石を銀星に近づける。
近づけすぎたせいか、銀星が顔を顰めながら後退りをしたので、少し石を引いてやった。
銀星は俺の足の影から石をじっと観察すると、おもむろに口を開いた。
『この石はお主を恐れているようだぞ。それと同時に怒りも感じるが』
石が俺に恐れや怒りを感じていると?
「勇者、その石に何かしたのか?」
石に何をするって言うんだ。
まあ故意ではないが、踏んだり、蹴ったり、なんてことはあるだろうけどな。
「そもそも石に感情なんてないだろ」
石に感情があるなんてことは考えたことも無かったが、もしそれが本当なら恐ろしい話だ。
外に出てば石に気を使いすぎて、歩くだけで疲れてしまうだろう。
『正確に言えば、石が纏っている魔力から、そのように感じるのだがな』
俺はこの石から魔力を感じることができない。
かといって、銀星が嘘を言っているようにも見えない。
「へ~。この石と面識がおありで?」
深く思考しようとしても、魔導士が煩くて気が散る。
いちいち相手にするのも面倒だし、帰ったら魔塔に連絡するか。
「どの石に合ったかなんて、いちいち覚えているわけないだろ」
「ヒュ~。モテる男は違うね~。いちいち食った獲物の顔なんて覚えてられないと」
少しは空気を読んで静かにしてくれ。
大体、食った獲物ってなんだ。
今は石の話をしているんだぞ。
「魔導士、少し黙っていてもらえますか」
皇子のいつになく冷ややかな声に驚き顔を向けると、綺麗すぎる笑顔の皇子がいた。
もしかして、怒っているのか?
「はーい」
返事をした魔導士は、それ以降静かになった。




