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銀の森4


 新種の魔物が俺の足にしがみつき、急かすように騒ぎ立てる。

 だが、いくら騒がれたところで、魔物の言いたいことなど俺にはさっぱり分からない。

 それに気をとられていると、魔導士がニヤリと怪しい笑みを浮かべ、先ほど言ったいい手とやらを口にした。


 「あの兔をテイムすればいいんですよ」


 いい案でしょうと、魔導士はしたり顔で言った。


 「テイムですか。最近発表された新しいスキルですね」


 魔導士の提案に、皇子は可もなく不可もなくといった表情で答える。


 テイム。

 それは魔物に魔力で枷を掛け服従させるスキルで、テイムした魔物を連れ歩く者はテイマーと呼ばれる。

 テイムは最近公表されたばかりのスキルで、テイマーの数はまだ少ないと聞いているが、街中で魔物を連れ歩くテイマーをたまに見かけることはあった。


 まさか皇子がテイムを習得しているとは思わなかったが、聞けば納得の事実だ。

 皇子は優しい心を持っているだけではなく、己が道に必要な才能も手にしているんだな。

 であるならば、俺にできることはただ一つ。

 その手伝いをすることだけだ。


 「さすがです、皇子」


 俺はその場にしゃがみ込み、兔モドキを足から引っぺがすと、そのまま地面へと体を押し付けた。


 「え?」


 俺の行動に動揺したのか、皇子が戸惑いを見せる。

 優しい皇子からしてみれば、この扱いは少し可哀そうかもしれないが、テイムするまでの間は皇子の安全を最優先に考えなければならない。

 兔モドキが抵抗して、皇子に襲い掛からないとも限らないからな。


 「では、さっそくテイムをしてください。こいつは私が逃げられないように、しっかりと押さえておきますので。さあ」


 皇子がテイムしやすいように両手でがっちりと掴み、兔モドキの動きを封じる。


 「キュ……」


 兔モドキは観念したのか、暴れる様子もなくなり、大人しくなった。

 じっと皇子を見つめ、その時を待っているようだ。


 「さあ、皇子。テイムを」


 場が整い、後は皇子がスキルを発動するだけの状態になった。

 俺は邪魔をしないようにと口を閉じ、ただ皇子を見守ることに徹する。

 しばらくの沈黙をへて、ようやく皇子は口を開いた。


 「あの……、僕できませんよ?」

 「ん?」

 「キュ?」


 何を言われたのか、即座に理解できなかった俺は、口を半開きにして間抜けな声を出してしまった。

 手の中にいる兔モドキも、俺と同じように、ぽかんと口を開けている。


 俺はてっきり皇子がスキルを使って、兔モドキをテイムするのとばかり思っていたが……、どうやら違ったようだ。


 皇子じゃないなら誰がテイムするんだ?

 まさか魔導士か?

 魔導士からは、テイムを習得したなんて話は聞いていないのだが。


 「何勘違いしてんの?お前がやるんだよ、勇者」


 含み笑いをしながら魔導士に無茶を言われ、飽きれを通り越して腹が立つ。


 魔導士は始めから、皇子がテイムを使わないことを知っていたに違いない。

 それでいて俺の勘違いを止めずに、事の成り行きを見ていたんだ。

 性格悪すぎるだろ。

 それに俺がやるって、いきなり何を言い出すんだ。


 「俺はテイムを習得していないが」


 残念ながら俺はテイムをしたことがないし、スキルも習得していない。

 テイムできると嘘を言った覚えも無いし、いったい魔導士はどういう了見で俺にテイムをしろというんだか。


 「キュ……。キュキュキュ!!」


 何も起こらないままの今を好機と見たのか、突然兔モドキが暴れ始めた。

 それを俺は力で制そうと、逃げ出さないように手の力を強める。


 「魔物呼びの笛持ってたよな。それ出してー」


 テイムする方法が分からない俺は、仕方なく魔導士に言われるがまま、いつも持ち歩いている魔物呼びの笛をポケットから取り出した。


 「じゃ、それ吹いて」


 しれっと「それとって」の要領で笛を吹けと言っているが、適当過ぎないか?

 今からテイムの方法を教えてくれるんだよな。

 もう少し具体的に言ってもらわないと、俺には分からないぞ。


 「どう吹けばいい?」

 「適当でいいんじゃねーの」

 「強さや音階は?」

 「俺が知る訳ないじゃん。お前に任せる」

 「……」

 「どうした?早く吹けよ」


 俺は笛に口をつけ、思い切り吹いた。

 言葉にしない分の魔導士への怒りも乗せて、それはもう、いつもより思いっきり吹いてやった。


 甲高い音が辺りに響き渡り、円になり広間の中央を見ていたラビットたちが一斉に俺の方を向く。


 この中の全部をテイムした、なんて都合の良いことでは無いよな……。

 目的の兔モドキは相変わらず抵抗を続けているから、テイムはできてはいないようだ。


 広間のラビットたちも笛の音に反応しただけで、こちらに向ける態度は友好的とは言えない。

 どう見てもあれは、俺たちを威嚇しているよな。


 「ただ注意を引いただけのようだが。この状況はどうしてくれるんだ、魔導士」


 魔物の笛は本来魔物を呼ぶための道具だ。

 音階によって反応する魔物が違う。

 依頼等で魔物を討伐する際に、目標との遭遇確立を上げる為に使うケースが殆どで、テイムの為の道具ではない……筈だ。


 「やっぱ適当は駄目かー。じゃあ、今度はそいつのこと考えて吹いてみて」

 「考え無しの適当な思い付きには付き合わないぞ」


 もう諦めて、テイムできないのならできないと、はっきり皇子に言うしかないだろ。

 魔導士は言い出した手前、今更できないと言うのが嫌なのかもしれないが、それに付き合ってやれるほどの時間が今は無い。

 ラビットは目の前にいるからいいとして、今日中にキノコ狩りもしないといけないからな。


 「一応テイマーに聞いた話だからさ。信憑性上がった?」


 これで最後だからと言う魔導士に、俺は嘆息しながらも了承した。


 「あいつ等はどうする?」


 広間のラビットはまだ動かず威嚇をしてくるだけだが、俺たちが動く度に耳をピクピクと動かし警戒している。

 もう一度笛を吹けば一斉に襲い掛かって来る可能性が高い。


 「俺と皇子で足止めするわ。勇者はそいつをテイムしといて」


 皇子とって、何を馬鹿なことを。


 「皇子は初めての戦闘だろ。お前一人で何とかしろ」


 そもそも皇子は非戦闘要員だ。

 昨日剣を買ったばかりだし、その剣でまだ試し切りさえしていない。

 剣を習いたいと言っていたが、理想としては魔導士に魔法を習ってもらい、自己防衛をしながらサポートをしてもらいたいのが本音だ。


 「いえ、私にも戦闘経験はあります。魔導士、援護します」


 皇子の戦闘経験って、城で師と打ち合いしたことだよな。

 それは戦闘経験の内に入りませんから!


 「てことだから、よろしく」

 「よろしくってっ!……はぁ」


 広間の中央に向かって行く二人の背を見つめ、俺は溜息を漏らす。

 数が多いとはいえ、相手はF級のラビット。魔導士がいれば皇子が怪我をする心配はないだろうけど……。

 いや、問題は俺の方か。


 「どうしたもんか」


 抵抗するのにも疲れて来たのか、兔モドキは力なく地面に伏せている。

 上から顔を近づけて覗き込むと、兔モドキが俺の指に噛みついた。


 「お前っ!やはり肉食の魔物だったか」


 抑える手に力を込めた。


 「キュゥ……」


 苦し気に呻く兔の額に、不意に金色の魔法陣のようなものが浮かび上がった。


 「これはいったい何だ」


 開いている方の手で陣に触れると、一瞬ぱっと眩く輝き、すぐさま霧散し消えた。


 「キュ……(苦しい……)」


 何処からか声が聞こえる。

 いったいどこから?

 キョロキョロと辺りを見渡すが、辺りに人の気配はない。


 「キュ、キュキュ……(このまま、我は死ぬのか……)」


 声は俺の真下から聞こえるようだ。

 まさか、この兔モドキの声か?


 俺は試しに苦しいと訴える声に従って、兔モドキの拘束を少し緩めた。


 「キュ?キュ!キュ、キュキュ。キュ!(お?力が緩んだぞ!こやつ、ようやく我の尊さに築きおったか。遅いわ!)」


 拘束をもう一度強めてみる。


 「キュッ!?キュ……。キュキュ……。キュ……(うぐっ!?止めてくれ……。我は貴様に従う……。だから命だけは……)」


 急に聞こえるようになったこの声は、兔モドキのもので間違いないだろう。

 俺は兔モドキから手を放し、完全に拘束を解いてやる。


 「キュ……。キュー、キュキュ。キューキュキュ(ふぅ……。殺されずには済んだものの、この様な野蛮人を主に選んでしまうとは。我が人生で今日は間違いなく最悪の日であるな」


 どうやら俺は、この生意気そうで態度のデカい、兔モドキのテイムに成功したようだ。


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