⑲裁かれざるもの
凶行の晩から一週間が経った。
レネは領主館の地下室に幽閉されている。簡易な暖房器具とベッドが運び入れられ、石の床には毛織物が敷かれたが、あくまで外鍵で管理される部屋だ。
レネ自身は口も開かず、ベッドから起きることもなく、まるで中身が抜け落ちたように過ごしている。
グレンは不在だ。レネに対して「今度は俺がなんとかする番だから」と言葉をかけてから領主館に戻っていない。
出立の際「レネが裏で動かなきゃいけない理由を潰してくる」と聞かされたラウルは、ただ主の帰りを待つことにした。
ラウルはヴァレリスの執事長。主の帰る場所を常に快適に保つことが仕事だ。今は片手落ちだが、その程度はどうということもない。
午後三時。
ゲストルームの窓辺でティーテーブルに着いたアルビンが、震える手でティーポットを上下させている。注ぎ口から流れる紅茶は、飛沫を散らすことなく二つのカップに収まった。
ほぅ、と溜め息をついてポットを置いたアルビンを、テーブルの向かいに座ったラウルが労る。
「お上手になられましたね」
「どうでしょう……まだ時間がかかってしまいます」
「蒸らし時間を短めにしていますから問題ありません。回数を重ねていけば緊張しなくなりますし、力がつけば手の震えもなくなりますよ」
"ラウルの左腕が満足に動くようになるまでに、上手にお茶を淹れられるようになりたい。"
そう言い出したアルビンのために、おやつの時間はお茶の指南を兼ねることになった。
何せ大変なことがあったばかりだ。頭の中を苦しい記憶で埋めてしまわないためには新鮮な情報のインプットが要る。お茶なら、茶葉の産地や茶器の種類、蒸らし時間や注ぎ方など覚えることも多い。
カップに口をつけると、濃いめの水色を裏切らない味が口内に広がる。
「やっぱり、もう少し手際よくしないと」
「私は好きですよ。茶菓子の進む濃さです」
謙遜しているが、基本の手順は不足なく頭に入っている。飲み込みの早いアルビンが領主館に恥じぬ紅茶を淹れられるようになるまで、この分だと大して時間はかかるまい。
そのままぽつりぽつりと会話を続けていると、どうしても話題は今回の一件の始まり――ポール・ガランに向かっていく。
「結局、レネさんは、犯人ではなかったんですよね」
「そうです。凶器が上がっていないことを除いても、あいつが領主館を不在にしていた時期とポールに事が起きた時期が噛み合いません。遺体発見時に謎の告発もあったようで、別口で誰かに恨まれていたのでは、と警邏隊は考えているようです」
アルビンの表情は暗い。レネは下手人ではないと伝えた時には安心した様子だったが、ポールの死をまだ受け入れきれていない。
ティーカップをソーサーに下ろして、袖口から覗く真っ白な手首を、そこに走る蒼い血管を、じっと見下ろす。
「この血に……僕に関わったから、亡くなったようなものですね」
「それは違います。あの男はそれ以前から戻れない場所にいたのです。悪いのは謀った側、被害者であるご自分を責めてはいけません」
チチチ、とささやかに囀って、鳥が窓辺から飛んでいく。
花曇りの空は目映いほどの白だ。薄雲が風に散らされ、ベールのような光が雲間から降りてくる。
「彼は、いつからラドフォードに協力を?」
「五年前、ポールが名を挙げるきっかけになった論文が多方面に紹介された時点で悪縁は始まっていたようです。専門職としての経歴を持たないポールには、論文を世に出す術がなかった。そこで口添えしたのがラドフォード家だったと……幸か不幸か、ポールの実力は本物だった。地盤のない者が独自研究を続けるのは気の遠くなるような労力だったはずです。だからこそ、どんな手を使ってでも世に出たかったのでしょう」
もしポール・ガランが貧しい生まれでなかったら、諸費用の高額になる高等教育機関に入り、真っ当な研究者になれたのだろう。
情熱も誠実さもたしかにあったのだ。ただ、明るい道は最期まで彼の前に拓かれなかった。
「死人に鞭打ちたくはありませんが、あなたに見せていたのは一側面でしかありません。打算もあったでしょうし」
「それでも……僕には優しい先生で……死ぬことはなかったと思うんです」
もう一度「先生」と呟いて俯いたアルビンに、ラウルは無言で寄り添うことしかできなかった。




