第34話:鶴の恩返しと、絶対に覗かない男の鉄壁
「……はぁ。最近、学校でも家でも、どうして俺の周りには刺激の強い女の子しかいないんだ……」
あの家庭科室での「唐揚げ大爆発カチコミ大戦」を経て、俺の精神生命力はマイナス100億域に達していた。
今度こそ、俺に特別な感情や歪んだ設定を抱いていない、ごく普通の大人しそうな女の子と静かに過ごしたい。俺は涙目で携帯を操作し、新しい超マイナーなレンカノアプリで、プロフィールに【少し古風で恥ずかしがり屋ですが、あなたのために一生懸命お尽くしいたします】と書かれた、一番清楚でまともそうなキャストを指名した。
デート当日。和風の落ち着いた老舗旅館の個室。
「お初にお目にかかります、大河内駆様。……あの、最初にお願いがあるのですが……私が着替えている間、絶対に更衣室の中を覗かないでくださいね?」
「ぶっっっ!!!!???」
お冷やの緑茶を盛大に吹き出した。
三つ指をついてお淑やかに頭を下げながら、出会い頭に古典的すぎる前振りをブチかましてきたのは、映画『友達100人』の撮影当時、儚げな美少女役としてひっそりと出演していた元共演者の――鶴見つるちゃんだった。
実は彼女、前世や異世界とかではなく、昔駆に罠から助けられた『本物の鶴』であり、その恩返しをするために現代の日本へ人間の姿でやってきたという、異色の秘密を持っていた。
『鶴の恩返し』の民話のルールでは、「覗かないでと言ったのに覗かれてしまうこと」が元の世界(動物の姿)に帰るための絶対条件。しかし、子役時代の駆があまりにも純粋で、その後も徹底的にレディファーストを叩き込まれて育ったため、これまで何度着替えようとも、更衣室を1ミリも覗いてくれなかったのだ。そのせいで条件が達成できず、鶴になって元の世界へ帰ることができなくなっていたのである。
「つ、鶴見ちゃん!? なんでレンタル彼女にいるんだよ!? というか、覗かないでって言われたら普通は絶対に覗かないよ!」
「そこを何とか、ほんの先っちょだけでもいいので、襖の隙間からチラッと覗いてはいただけないでしょうか……!? 私、どうしても一度、お約束の『ああっ、見られた!』というやつをやってみたいのですわ!」
涙目で懇願してくる鶴見ちゃん。だが、俺は毎週毎週、詩織たちのコンプラ違反の突撃や高坂マネージャーのコンプラ教室、神崎トレーナーの理詰めの指導を経験している。
ボッチのくせに、俺の『紳士的な対応(鉄壁のレディファースト)』は、もはやお釈迦様レベルにまで勝手に極限進化してしまっていたのだ。
「……鶴見ちゃん。とりあえず座って。周囲の目が集まるから大声を出さない。ほら、冷める前に温泉まんじゅう食べなよ。君、昔から本番前に無駄に緊迫した空気を作って空回りする癖、全然変わってないね。でも、そういう君の健気で真っ直ぐなところ、俺は嫌いじゃなかったよ」
俺としては、これ以上旅館の個室で大騒ぎされて詩織たち芸能界のエリート組に見つかったら人生が白紙化するので、穏便に終わらせるための手慣れた大人の対応(ただの紳士的なお茶の勧め)を繰り出しただけだった。
「ひゃうんっ……!?(な、何よこれ。子役の時はあんなに無邪気なボッチの男の子だったのに……デートになった瞬間、何この圧倒的な洗練されたエスコートと、優しすぎる大人の男のオーラは……っ!?)」
鶴見ちゃんは小さな悲鳴を上げて顔を真っ赤に染め、借りてきた猫のように大人しくなってしまった。
覗かせて帰るための条件を達成しにきたはずの元鶴の心に、まさかの角度からガチ恋の火を付けてしまい、見事な返り討ちにしてしまうのだった。




