第27話:マウンテンでのピクニックデートなのに、世界は逃がしてくれない
「ふっふっふ……今日の俺は、これまでの俺とは一味違うぞ……!」
俺は電車のシートに深く腰掛け、窓の外を流れる景色を眺めながら不敵に笑っていた。
これまでの数々の修羅場を経て、俺の危機管理能力はついに極限へと達していた。
俺はバカじゃない。同じ轍を二度と踏ない。
事前に掴んだ情報によると、あのプレデターどもは、今日駅前のファミレスに大集結して『五つ巴の同盟マウント会議』を開いているはず。そこで俺が導き出した、完璧な防衛プロットがこれだ。
一、デート場所は下界から完全に離れた、標高の高い山奥のピクニックエリアにする。山ならあの女たちも絶対に追ってこられない。
二、これまでのトラウマを一切排除した、奇跡の一般人枠である優香ちゃんを、彼女がまだ恐怖を忘れていないタイミングで必死にリピート指名する。
三、神崎トレーナーの鬼のスパルタ特訓によって手に入れた『完璧な瞬発力と体力』を常に維持し、万が一の時は音速でエスケープする。
「よし、勝ったな。これなら誰にも邪魔されず、優香ちゃんと穏やかな普通のピクニックを楽しめる!」
新緑の美しい山道のベンチ。お弁当を持って待っていると、前回の恐怖を乗り越えて健気にも来てくれた優香ちゃんが、おずおずと歩いてきた。
「あ、駆くん……! よ、よかった、今日は本当にあの人たちいないんだね……?」
「大丈夫だよ優香ちゃん! あいつらは今頃下界のファミレスで揉めてるから、この山の上は完全な安全圏さ。さあ、お弁当を食べよう!」
普通の会話、普通の笑顔。だが、山道を少し進んだその時、草むらから獰猛なツキノワグマと巨大なイノシシが同時に飛び出してきた。
「きゃあああああ! 駆くん!」
「優香ちゃん、俺の後ろへ!」
俺は一歩前に出ると、これまでの凄まじいレンカノサバイバルで培われた『生き残るための生存本能』を鋭く放ち、獣たちをジロリと睨みつけた。すると、クマとイノシシは恐怖に顔を歪ませ、悲鳴を上げて一目散に山の奥へと逃げ出していった。
「す、すごい……! 駆くんの覇気で逃げ出したの……っ!?」
「あはは、まぁ、野生の勘ってやつかな!」
少し格好いいところを見せられて、俺は心の中で小さくガッツポーズを決めていた。この時は本気で、俺の覇気が獣を退けたのだと信じて疑っていなかった。
しかし、その直後。山全体の木々が激しく揺れ、地響きと共に凄まじい『ドラゴンの咆哮』のような声が山頂から響き渡った。
『――だから言っているでしょう!? カケルのグローバルなポテンシャルを管理できるのは私たち【海外パッション同盟】だけよ! 日本のウサギさんたちはすっこんでいなさい!』
『はぁ!? フランスの気品と群馬のからっ風をナメないことね! あなたたちの予約枠、焼きまんじゅうのタレの中に密閉してあげるわ!』
『うるさいわね! そもそもまひろが予約画面を見ながら「ここが授賞式会場ね」って勝手に山に登り始めたから、全員まとめて遭難する羽目になったんでしょうが!』
ビクッッ!! と俺の全身の筋肉が硬直した。
声の主は、ハリウッド帰りのエリカと、群馬出身のみのりちゃん。そして、高坂マネージャーの怒鳴り声だった。
「な、なんでファミレスにいるはずの奴らが山にいるんだよぉぉぉぉ!!!」
漏れ聞こえてくる凄まじい内輪揉めの会話から、俺は一瞬で真相を推測して絶望した。
本来なら駅前のファミレスで会議をするはずだったのに、ノーベル平和賞を獲った最強の迷子・まひろが地図アプリを片手に「こっちがファミレスね」と山へ誤進入。それを他のメンバー全員が「出し抜く気ね!?」と勘違いして追尾した結果、まひろの超弩級の迷子スキルが周囲に伝染。22名全員が猛烈に道に迷った末に、何故かこの山奥へと大集結してしまっていたのだ。
しかも、駆を取り合う彼女たちの怒声は完全に怪獣の咆哮そのものであり、先ほどのクマやイノシシは、俺の覇気に怯えたのではなく、山の上から迫り来る【22名のプレデター】の気配から必死に逃げ出すスタンピードだったのだ。
「ひっ、ひいいいいい無理ぃぃぃぃぃ!!! 駆くんやっぱり世界の魔王にでも狙われてるよぉぉぉぉ!!! お弁当置いておきますからぁぁぁ!!!」
優香ちゃんは、もはや様式美となった4度目の音速脱走を敢行。本当に毎回毎回巻き込んでごめん優香ちゃん、君の尊い犠牲は無駄にはしない!!
「あいつらに見つかる前に、いち早くここから逃げ出す……っ!」
俺は気配を極限まで消し、神崎トレーナーに叩き込まれた『完璧な骨盤の連動と大臀筋の瞬発力』を爆発させ、草むらを縫うようにして超高速で下山を開始した。これならいける、誰にも気づかれていない!!
しかし、生い茂る木々の影から、ひょいと一本の手が伸びてきて、俺の襟首をガシッと掴んだ。
「み、みのりちゃん……っ!?」
「フフ、甘いわカケル。緑と山の帝国グンマーのからっ風に育てられたこの私が、自然の気配を察知できないとでも思ったの?」
正式に、この山は、群馬の気品と粘り腰を持つみのりちゃんのホームグラウンド。ステルスボッチスキルを発動しようとも、山の帝国グンマーの索敵網からは絶対に逃げられないのだ。
「見つけたわ、駆くん! お姉ちゃんの胸の中で、もう一度よしよしの時間よぉ♥」
「駆くんの初めての本当の彼女は私だよね? ね?」
みのりの大声を聞きつけた五味プロデューサーや詩織たちが、凄まじい地響きを立てて草むらから突撃してきて、俺は手足をガッチリとホールドされる。
どれだけ知略を尽くして大自然の山へ逃げようとも、総勢22名のクソデカ感情の包囲網からは、物理的にも地理的にも『一生逃げられない』という残酷な現実を、大自然のど真ん中で思い知らされるのだった。




