閑話が本題 駆のグンマーパスポート
「……はぁ。最近、学校でも家でも、どうして俺の周りには刺激の強い女の子しかいないんだ……」
数々の修羅場を経験した俺は、平日の放課後、すり減った心を癒やすためにため息をついていた。
そんなある日のこと。ネットのニュースを見ていると、ネットミームやテレビでよく擦られている『群馬パスポート』という単語がたまたま目に入った。そこで俺は、映画『友達100人』の主要キャスト『神7』の最後の一人であり、フランス帰りのはずの生粋の群馬っ子――上毛みのりちゃんに、ちょっとした興味本位で「ねぇ、群馬って本当にパスポートがいる未開の地なの?」と軽い気持ちで聞いてみたのだ。
これが、すべての元凶だった。
「フン、よくぞ聞いてくれたわカケル! いい、群馬パスポートの真髄はね、宮沢賢治の『雨ニモマケズ』そのものなのよ!」
「……え? 意味不明なんだけど。なんで他県の偉人の詩がグンマーパスポートに関係あるんだよ?」
俺が真顔でツッコミを入れると、みのりちゃんは待ってましたと言わんばかりに、身乗り出して目をギラギラと輝かせた。
「詳しく教えてあげるわ! あの詩にある『風ニモマケズ』は冬の赤城おろし、つまり群馬の凶暴な『空っ風』のことよ! 『雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ』は、豪雪の『水上地域』と、日本最高気温を叩き出す『伊勢崎市』の過酷な気候のことに決まっているじゃない! これらを耐え抜いた者だけが、真の群馬パスポート(県民性)を手にできるのよ!」
「絶対に違うし、宮沢賢治を独自の気象データで解釈するな! そもそもあの人は岩手の人だろ!」
一度火がついたみのりちゃんの郷土愛は、フランス帰りのエレガンスを完全に置き去りにして、ノンストップで暴走し始めた。
「さらに言わせてもらえば、我がグンマーの県庁(※前橋市にある県庁公式庁舎)は、お洒落な国フランスのパリにあるエッフェル塔なんかより遥かに高くて立派(※実際は昭和庁舎を含め歴史的にも有名)よ! グルメだって世界的よ! 甘辛いタレが最高の『焼きまんじゅう』や、桐生市が発祥と言われる冷たくて甘い『アイス饅頭』を知らないなんて、人生の損失だわ!」
「いや、県庁とエッフェル塔を高さや格で比べるな! あとグルメが全部『饅頭』で茶色いんだよ! フランスの三ツ星料理に謝れ!」
「だいたいね、フランスの凱旋門だって、あれは高崎市にある白衣大観音様の足元にある門のパクリ(※大いなる誤解)に決まって――」
「もういい、わかった! 降参だ! 俺が悪かったからもう勘弁してくれ!」
これ以上話を聞いていたら俺の常識がグンマーのからっ風に吹き飛ばされて消滅してしまう。生命の危機を感じた俺は、まだ熱弁を振るっているみのりちゃんを置き去りにして、家庭科室から全力で脱兎のごとく逃げ出したのだった。
これであの未開の地への恐怖の講義も終わり、ようやく平和な日常が戻ったのだと安心していた――。
――しかし、後日の放課後の教室。
ガラララッ!! バァァァン!! と、またしても教室のドアが同時に前後から激しく蹴り破られた。
「ちょっと待ちなさいよ大河内駆!! あなた、裏でみのりから『群馬パスポート』なんて不純なローカル講義(※大いなる誤解)をマンツーマンで受けていたそうね!? 芸能界のエリート組であるこの私に黙って、あんな最弱の未開の地の話を興味本位で聞くなんてズルいわ! さあ、私のハリウッドの最高級な留学先の話も、手取り足取り1から100まで聞きなさい!」
「カケル、ノーよ! グンマー帝国なんていう茶色いお饅頭の話よりも、私がインドのボリウッドで踊り狂ってきた、本場の極上のスパイスの話を夜通しで聞いてチャクラを開放すべきですわ!」
「駆くん……! 私がアフリカの紛争地域で迷子になりながら戦争を止めて、ノーベル平和賞を貰ったときの話も……優しく聞いてほしいな……?」
「ぶっっっ!!!!???」
ドアの前から目を血走らせてなだれ込んできたのは、星野エリカ、黄川田ココ、一ノ瀬まひろといった、海外留学から強烈なパッションを引っ提げて帰国した【海外組(神7)】の面々だった。みのりちゃんが「カケルが群馬の話に興味津々だったわ!」としれっと多方面に自慢したため、彼女たちのクソデカい対抗心にガッツリと火がついてしまったのだ。
「私の留学先の話も聞きなさい!」と、世界規模のスケールを持った女たちが教室の中で一斉に俺の元へと殺到。
「ひいいいいい無理ぃぃぃぃぃ!!! 本当にただ群馬が未開の地なのか気になってコロッケ感覚で聞いた(※前話の引きずり)じゃなくて、ただの雑談をしただけなのに、なんで学校の中で世界大戦が始まるんだよぉぉぉぉ!!!!」
俺の切実な絶叫は、所有権(独占インタビューの特等席)を巡って再び火花を散らし始めた彼女たちの怒号にかき消され、日常閑話のはずの郷土愛バトルは、結局いつも通りのなっからカオスな大爆発バタバタエンドで幕を閉じるのだった。




