第22話:大事をとって隣々町のファミレスを予約したのに、世界は逃がしてくれない
「ふっふっふ……今日の俺は、これまでの俺とは一味違うぞ……!」
俺は電車のシートに深く腰掛け、窓の外を流れる景色を眺めながら不敵に笑っていた。
これまでの数々の修羅場を経て、俺の危機管理能力はついに極限へと達していた。
俺はバカじゃない。同じ轍を二度と踏ない。
これまでファミレスで何度も全バレ捕獲劇を演じてしまったのは、すべて「地元の駅前」という安易な場所を選んでいたからだ。そこで俺が導き出した、完璧な防衛プロットがこれだ。
一、デート場所は地元から電車で30分、2個隣町の各駅停車しか止まらない広いファミレスにする。
二、これまでのトラウマを一切排除した、奇跡の一般人枠である優香ちゃんを、彼女がまだ恐怖を忘れていないタイミングで必死にリピート指名する。
三、神崎トレーナーの鬼のスパルタ特訓によって手に入れた『完璧な瞬発力と強靭なフットワーク』を常に維持し、万が一の時は音速でエスケープする。
「よし、勝ったな。これなら誰にも邪魔されず、優香ちゃんと穏やかな普通のランチデートを楽しめる!」
指定した2個隣町のファミレス。ボックス席で待っていると、自動ドアが開き、前回の恐怖を乗り越えて健気にも来てくれた優香ちゃんが、おずおずとこちらに歩いてきた。
「あ、駆くん……! よ、よかった、今日はあそこの個室みたいな人たち、本当にいないんだね……?」
「大丈夫だよ優香ちゃん! ここは地元から離れた隔離エリアだから、あのプレデターたちは絶対に来られないよ。さあ、好きなものを頼んで!」
普通の会話、普通の笑顔。
頼んだハンバーグを2人で突つき合いながら、俺は「これだよ、これこそが俺の求めていた至高の青春リハビリなんだ……!」と涙を流さんばかりに感動していた。トレーナーの特訓の成果か、優香ちゃんにお水を注ぐ俺のレディファーストの所作も、今や流れるように完璧でスマートだった。
――しかし。その平和な空間は、ドリンクバーの方向から響いた、信じられない『一言』によって一瞬で凍りついた。
「――だから言っているでしょう? 詩織たちの勝手な暴走を止めるためにも、駆くんのスケジュール管理は私たち【マネジメント同盟】が全権を握るべきよ。業界のコンプライアンスをナメないでくださる?」
「はぁ!? タレントの管理職風情が生意気よ! 駆の初めての保護権をナメないで!」
ビクッッ!! と俺の全身の筋肉が硬直した。
声の主は、コンプラの鬼である高坂マネージャーと、我が家のボスである冴子ママンだった。
恐る恐る広いファミレスの奥にある、大人数用のパーティールームへ視線を向ける。
そこには、白雪詩織率いる【古参5人(出し抜き同盟)】。
三上さんたちによる【モブモブ同盟5人】。
冴子ママン率いる【実家連合3人】。
そして、高坂マネージャーや五味プロデューサー、葵先輩たちが結託した新たな勢力【マネジメント同盟】。
総勢18名の、俺の人生を狂わせてきた美少女・美女たちが、広いファミレスの一角に大集結し、完璧に武器を構えて一触即発の【四つ巴マウント大戦】を繰り広げていた。
「ひまりちゃんのデジタル分析によると、お姉さんたちの同盟は穴だらけです。大河内家の身内で駆お兄ちゃんを24時間管理します♪」
「ちょっと待ちなさいよ。駆くんに数億円で夢を救われた私たちが、一番あいつの隣に立つ権利があるはずよ!」
「が、家族だからって、駆を私物化すんじゃねえよ! 駆は、俺の……その、大事な相棒なんだからなッ!」
声がデカい。殺気と怒号の嵐が店内に吹き荒れている。
対面席の一般人レンカノ・優香ちゃんは、もはや様式美となった3度目の恐怖にガタガタと震え、顔を真っ白にさせていた。
「ひっ、ひいいいいい無理ぃぃぃぃぃ!!! 駆くんやっぱり呪われてるよぉぉぉぉ!!! お代は置いておきますからぁぁぁ!!!」
優香ちゃんは音速脱走を敢行。本当に毎回巻き込んでごめん優香ちゃん、君の尊い犠牲は無駄にはしない!!
「っ、お前らの動きは、トレーナーとの特訓で全て予測済みだ!! 俺は、逃げ切る!!」
俺は席から跳ね起きると、神崎トレーナーに叩き込まれた『完璧な骨盤の連動と大臀筋の瞬発力』を爆発させ、ファミレスの裏口へと超高速のステップでダッシュした。
これならいける! 10代のトップアスリート並みのスピードだ!!
しかし、非常口の扉を一歩手前。
「――はい、今の切り返しのステップ、フォームが少し左にブレているわね。減点10点。……私から逃げられると思っているの、カケルくん?」
「ゲェェェーッ!? 鬼トレーナー!!!」
自動ドアの真ん前に、ジャージ姿の神崎トレーナーがストップウォッチをカチリと鳴らしながら、完璧なフォームで仁王立ちしていた。
そうだった……。俺が逃げ切るためにつけた体力は、すべてこの人に『仕込まれたもの』だから、この人の前では絶対に逃げ切れないという致命的な欠陥があったのだ!
「確保よ、駆くん。他の泥棒猫たちから逃げるための体力を、私の元から逃げるために使うなんて……お仕置きが必要ね?」
「捕まえたわ、駆くん。お姉ちゃんの胸の中で、もう一度よしよしの時間よぉ♥」
背後からは五味プロデューサーが豊満な母性を武器に突撃してきて、両腕を詩織と麗華にガッチリとホールドされる。
友達100人の結末を超えて、どれだけ知略を尽して2個隣町へ逃げようとも、総勢16名のクソデカ感情の包囲網からは、物理的にも理論的にも『一生逃げられない』という残酷な現実を、骨の髄まで叩き込まれるのだった。




