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閑話が本題 駆ママになる


「……はぁ。最近、週末だけじゃなくて放課後まで、なぜこんなに心が休まらないんだ……」


数々のトラウマを経験した俺は、平日の放課後、すり減った心を癒やすために新たなマイナーレンカノアプリを開いていた。今回はプロフィールに【少し頼りないお姉さんですが、あなたのすべてを優しく包み込んで差し上げます】と書かれた、一番物静かそうなキャストを指名した。


デート当日。高級ホテルの静かなティーラウンジ。

「……はぁ。カケルくん、もう駄目。局の上層部からのプレッシャーと、スポンサーからの無理難題の板挟みで、私の脳のHDDがパンクしそうよ……」


「ぶっっっ!!!!???」


お冷やを盛大に吹き出した。

ソファにくったりと倒れ込み、目の下にドス黒いクマを浮かべながら死にそうな顔で仕事の愚痴をこぼしているのは、テレビ局の最年少敏腕チーフプロデューサーであり、子役時代は現場で俺の「子守り担当」だった元ADの、五味(ごみ)麻衣さんだった。


「五味さん!? なんでレンタル彼女にいるんですか!? というか、チーフプロデューサーがそんな死にそうな顔で愚痴をこぼさないでくださいよ!」

「だって、カケルくんにしか言えないんだもの……。私、毎日プロとしての完璧な仮面を被りすぎて、もう心が限界なのよ……」


完全に仕事過多でダウン気味の五味さん。俺は彼女のボロボロな姿を見かねて、元子役としてお世話になった恩返しのつもりで、ふと一つのアドバイスを口にした。

「……はぁ。そんなに毎日頑張って張り詰めてるならさ、逆に、今日1日くらいは誰かに思いっきり甘えてみたらどうですか? ここはレンカノの場なんだし、俺が全部受け止めますから」


俺としては、ただの優しいレディファーストのつもりだった。

しかし、その言葉を聞いた瞬間、五味さんの瞳からプロの理性が完全にログアウトした。


「……甘えて、いいの? 本当に、なんでも、いいの……?」

「え? ええ、まぁ、俺にできることなら……」


「うわああああん! 駆ママァ〜!! 駆ママよしよししてぇぇぇぇ!!!!」

「ぶっっっ!!!!???」


次の瞬間、敏腕チーフプロデューサーは完全に幼児退行し、大号泣しながら俺の胸の中へと突撃してきた。

「駆ママ! お仕事辛かったの! 偉いおじさんたちに意地悪されたの! 駆ママお膝に乗せてぇ! よしよししてぇ!」

「五味さん!? キャラが崩壊してるから! 局の人が見たらひっくり返るから! というか誰がママだ!?」


俺の必死のツッコミなど一切耳に入らず、五味さんは完全に赤ちゃんのように俺にべったりと甘え倒してきた。仕方なく、俺は周囲の目が集まるのを防ぐため、個室へと移動して「はいはい、五味さんは偉いね、毎日頑張ってて凄いよ」と、冷や汗を流しながら「駆ママ」として彼女の頭をよしよしと撫で、お世話を焼き続ける羽目になった。


困惑とドタバタのまま、1日の制限時間が過ぎようとした、まさにその瞬間のことだった。


ピピッ――。


スマホのタイマーが鳴った瞬間、俺の胸に顔を埋めていた五味さんが、すっと静かに立ち上がった。その瞳には、一瞬で冷徹なプロの光が戻っていた。

「――ふぅ。ありがとう、カケルくん。おかげで脳のデトックスが完璧に完了したわ。明日からの新番組の編成、これで完璧に乗り切れるわね。それじゃ、私はこれで」


「……え?」

あまりにも完璧すぎるオンとオフの切り替え。さっきまで「駆ママ」と泣いていたのが嘘のように、きっちり元の敏腕プロデューサーの顔に戻っている。その凄まじい精神力とプロとしてのプロ意識に、俺は「……すごい。やっぱりあの若さでトップに立つ人は、切り替えの天才なんだな」と心から感心していた。

これでお話は綺麗にハッピーエンド――。


――になるはずが、俺が家へ帰った瞬間、我が家のリビングのドアが、バガァァァン!! と凄まじい爆音を立てて蹴り破られた。


「ちょっと待ちなさいよ大河内駆!! 漏れ聞こえてきた裏のチャットの噂は本当だったのね!? あなた、放課後の個室で五味プロデューサーを相手に『駆ママ』なんて破廉恥なプレイに目覚めていたなんて、一体どういうつもりよ!?」

「カケルの初めてのママの座は、この白雪詩織(正妻)のはずです! あなたがママになるなら、私がその赤ちゃんとして、24時間体制で手取り足取りよしよしされる権利があります!」

「駆! 俺を差し置いて、内緒でママになるなんてずるいぞ! ほら、俺のこともよしよししろよな!」


「ぶっっっ!!!!???」


どこからか俺の「駆ママ」の噂を聞きつけた白雪詩織、西園寺麗華、蓮の【出し抜き同盟】の面々が、完璧に目を血走らせて一斉に我が家へなだれ込んできたのだ。

「駆がママになるんだよ!」「私が赤ちゃんよ!」「いや、西園寺の財力で駆ママを買い占めますわ!」と、ありとあらゆる歪んだ設定を引っ提げ、リビングの中は一瞬で大混乱の大乱闘へと発展した。


「ひいいいいい無理ぃぃぃぃぃ!!! 本当にただ仕事の相談に乗ってよしよししただけなのに、なんで俺がみんなのママにならなきゃいけないんだよぉぉぉぉ!!!!」


俺の切実な絶叫は、所有権を巡って再び火花を散らし始めた彼女たちの怒号にかき消され、日常閑話のはずのプロデューサー回は、結局いつも通りのカオスな大爆発バタバタエンドで幕を閉じるのだった。


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