閑話が本題 駆のスポーツ大会
「……はぁ。平日の朝から義姉さんに強制連行されて超高速ジョギングをさせられるなんて、俺のライフはもう完全にマイナスを突破してるな……」
週末のレンカノ修羅場の数々を経て、俺の精神生命力は限界を迎えていた。
そんなある日のこと。俺の住む街の広大な総合運動公園を舞台に、市民参加型の『大きなスポーツ大会』が開催されることになった。しかも、そのペア部門の優勝賞品は、なんと豪華ハワイ旅行。
「……大河内駆くん。そのダラけた構え、猫背気味の骨盤、および締まりのない大臀筋……。これでは外の泥棒猫たちに、私の最高傑作の身体をナメられてしまうわ。今すぐ私とペアを組んで大会に参加し、腕試しをするわよ。当然、拒否権はないわ」
「俺の意思は関係なしですか!? というか、なんでトレーナーさんが一般の市民大会に本気で参戦しようとしてるんだよ!?」
現役芸能人御用達のカリスマパーソナルトレーナーである神崎麗トレーナーに襟首を掴まれ、俺は強制的にエントリーさせられてしまった。
駆がカリスマ美女トレーナーとペアを組んで大会に出るという情報を聞きつけ、激しく焦り出したのは白雪詩織や男装の親友の蓮たち【出し抜き同盟】の面々だった。
「駆くんが他の女の人とハワイ旅行なんて、絶対に許されません!」と詩織が目を血走らせ、蓮も「駆! 俺という大事な相棒を差し置いて、内緒で海外旅行なんてずるいぞ!」と怒髪天を突く勢いで、2人で急遽ペアを組んで俺たちの前に立ちはだかってきた。
――だが、なぜか西園寺麗華だけは、いつもならリムジンで乗り込んでくるはずなのに、今回は腕を組んで不敵にフフンと微笑み、妙に落ち着き払っていた。
こうして、地獄のスポーツ大会が幕を開けた。
元天才主演の驚異的な身体能力と、トレーナーの鬼のスパルタ指導によって、俺たちのペアは爆速のコンビネーションを発揮。詩織と蓮のペアも、駆への執念だけでプロ顔負けの凄まじい身体能力を発揮し、決勝戦は息をもつかせぬ凄まじい接戦となった。
しかし、最後は神崎トレーナーの『完璧な骨盤の連動による超高速ダッシュ』のリードにより、俺とトレーナーのペアが見事に優勝を果たしたのだ。
「はぁ、はぁ……! やった、本当に優勝しちゃったよ、トレーナーさん! ハワイ旅行だ!」
息を切らしながら喜ぶ俺に、神崎トレーナーはストップウォッチをカチリと鳴らし、フッ、と涼しげに微笑んだ。
「お疲れ様、カケルくん。素晴らしいフォームだったわ。……でも、残念だけど私は直近の仕事のスケジュールがギチギチに埋まっていて、ハワイへ行くのは無理なの。だから、その旅行の権利はあなたに譲るわね」
「えっ!? トレーナーさん行けないの!?」
ハワイ旅行の権利が浮いた。これで解決――になるはずが、その瞬間に、満を持した足取りで西園寺麗華が優雅に俺たちの前に現れた。
「フフン、大騒ぎしたところで結局は私の筋書き通りですわ。……お聞きなさい、この大会のメインスポンサーは、西園寺財閥――つまり私の厳格なお父様よ!」
「えっ、西園寺さん!?」
麗華は勝ち誇ったように、大会の規約が書かれたパンフレットを取り出し、その一番下の隅にある『小さな注意書き』をビシッと指さした。
そこには――【※特例条項:もしも優勝ペアの片方が権利を辞退し、かつ、もう片方の受賞者が大河内駆であった場合、そのハワイ旅行の権利は自動的に『西園寺麗華との新婚旅行(※未来の義父より)』に全額振り替えられるものとする】と、恐ろしい裏工作の文字がハッキリと刻まれていた。
「なんですってーっ!? なにそのピンポイントすぎる悪質な罠は!?」
「カケル、観念なさい! お父様も『影で接触したが、実に立派な好青年だ。西園寺の婿にふさわしい』と大絶賛して親公認のバックアップをしてくださっているのよ! さあ、私と今すぐハワイへハネムーンに飛び立ちましょ!」
正論……ではなく、圧倒的な権力と親の妄想による裏工作のド直球を叩きつけられ、俺は虚を突かれた思いで言葉を失った。
しかし、その文字を覗き込んだ瞬間、白雪詩織と蓮、および神崎トレーナーの3人の瞳から完璧に光が消え、凄まじいプレデターのオーラが爆発した。
「西園寺麗華……! あなた、私の駆くんに、職権乱用でそんな不純なハネムーン設定を勝手に付与するなんて絶対に許されません! 規約ごと引きちぎって白紙化してあげます!」
「麗華! お前、ずるいぞ! 駆との初めての海外遠征の権利を、そんな汚いマネーパワーで強奪してんじゃねえ!」
「私の最高傑作の身体を、そんな規律違反の罠で西園寺の所有物にしようとするなんて……お仕置きが必要ね、西園寺さん?」
「ぶっっっ!!!!???」
激怒した詩織、蓮、および神崎トレーナーの3人が、完璧に目を血走らせて一斉に麗華の元へと襲いかかり、表彰台の上は一瞬で「ハワイの所有権」を巡る大混乱の大乱闘へと発展した。
「ひいいいいい無理ぃぃぃぃぃ!!! ただのスポーツ大会のはずなのに、なんでハワイに行く前から第2次世界大戦が始まるんだよぉぉぉぉ!!!!」
俺の切実な絶叫は、所有権を巡って再び火花を散らし始めた彼女たちの怒号にかき消され、日常閑話のはずのスポーツ大会は、結局いつも通りのカオスな大爆発乱闘エンドで幕を閉じるのだった。




