閑話が本題 駆の演技指導
「……はぁ。だから、俺は葵先輩に演技指導なんて本当に1ミリもしてないって。何も教えてないよ。何もしてない」
学校の放課後。俺はバイト先のカフェの常連であり、同じ事務所の元モブクラスメイト役だった星野美咲ちゃんから、激しい尋問を受けていた。
最近の橘葵先輩の役者としての急成長には、絶対に俺が一枚絡んでいるはずだと睨む彼女に対し、俺は面倒なことに巻き込まれたくない一心で、壊れたラジオの如く同じ否定のセリフをひたすら繰り返していた。
「嘘をおっしゃい! 葵があんなに見違えるような良い演技をするようになったのよ? あなたが何か裏工作をしたに決まっているわ!」
美咲ちゃんはキッと目を吊り上げて俺の胸ぐらに詰め寄ってきたが、その必死な顔のまま、ぽつりと本音を漏らした。
「……ものは試しよ。そこまで言うなら、私にも一回だけ演技指導をしてごらんなさい。ちょっとだけ、本当に先っちょだけでいいから……っ!」
彼女もまた、元モブ子役としての伸び悩みに人知れず焦り、藁にもすがる思いで俺にぶつかってきていたのだ。
「……はぁ。分かったよ。本当に一回だけ、ちょっとだけだよ?」
俺は元天才主演としてのお節介(※ただの台本の読み合わせのコツ)を出してしまい、一回限りの特別講義を了承した。
そして放課後の空き教室。
「――それじゃ、一回限りの演技指導を始めるけど……なんで先輩たちまで当然の権利みたいに座ってるんですか!?」
教卓の前に立つ俺の目の前には、受講生としてパイプ椅子に背筋をピンと伸ばして座っている美咲ちゃん。……の隣に、なぜか「同じ受講生として参加します!」と目をギラギラさせている葵先輩と、図書館の地味子・三上ひよりちゃんの姿があった。
「駆くんの初めてのプライベートレッスンを、新参の美咲に独占させるわけにはいかないからね(ガチ恋)」
「お、お外の強豪たちがいない放課後の教室での駆くんの授業……絶対に一言も聞き漏らしません!」
「いや、葵先輩はもう指導いらないでしょ! 三上さんに至っては映画部でもないだろ!」
ツッコミが追いつかないまま、俺の『ちょっとだけ演技指導』が始まった。
元天才子役の驚異的な集中力と、相手のセリフを極限まで引き出すための空気の支配力。俺がひとたび台本を手に取ってセリフを放った瞬間、空き教室の気圧がガチリと変わり、圧倒的な『主役のオーラ』が3人を包み込んだ。
「いい、星野さん。セリフを綺麗に喋ろうとしなくていいんだ。相手の言葉をちゃんと聞いて、そこから生まれたありのままの感情を、ただそのまま返せばいい――」
俺がスッと美咲ちゃんの目を見つめ、洗練された大人のリードで彼女の感情を引っ張り出していく。
さすがに一回だけの指導では、役者としての技術が劇的に大上達することはなかった。だけど、俺の放つ圧倒的な熱量と芝居の楽しさに触れた美咲ちゃんは、じわっと瞳を潤ませて胸を激しく震わせた。
「……あ。私、忘れてたわ。演技って、こんなに楽しくて、こんなに胸が熱くなるものだったのね……! 駆くん、私、これからも諦めずに役者を頑張るわ!」
「うん、その意気だよ、星野さん!」
美咲ちゃんは元モブの劣等感を吹き飛ばし、役者としての純粋な楽しさを思い出して和解に大成功。葵先輩やひよりちゃんも「駆くんの指導、最高でした……っ!」と感動の涙を流し、これ以上ないほど綺麗な日常パートの空気で幕を閉じるはずだった。
――しかし。その聖なる教室のドアが、バガァァァン!! と凄まじい爆音を立てて蹴り破られた。
「ちょっと待ちなさいよ大河内駆!! 私に黙って放課後の教室で3人も女を囲い込んで、一体どんな破廉恥な『先っちょだけの演技指導(※大いなる誤解)』を繰り広げているのよ!?」
「カケルの初めてのマンツーマンレッスンのお相手は、この白雪詩織(正妻)のはずです! あなたたち全員、コンプライアンス的にそこを退きなさい!」
「駆! 俺という大事な相棒を差し置いて、内緒で居残り補習なんてずるいぞ!」
「ぶっっっ!!!!???」
俺の放課後の密会情報を聞きつけた白雪詩織、西園寺麗華、蓮の【出し抜き同盟】の面々が、完璧に目を血走らせて一斉に教室へなだれ込んできた(カチコミ)のだ。
「ひいいいいい無理ぃぃぃぃぃ!!! 本当にちょっとだけ教えただけなのに、なんで学校の中で第2次世界大戦が始まるんだよぉぉぉぉ!!!!」
俺の切実な絶叫は、所有権を巡って再び火花を散らし始めた彼女たちのピンクの欲望の怒号にかき消され、日常閑話のはずの放課後は、結局いつも通りのなっからカオスな大爆発乱闘エンドで幕を閉じるのだった。




