閑話が本題 駆の彼氏役
「……はぁ。最近、週末だけじゃなくて平日まで、なぜこんなに心が休まらないんだ……」
学校の包囲網をなんとかやり過ごしていた俺は、バイト先のカフェの指導先輩である橘葵さんから、深刻な顔で裏に呼び出されていた。
いつもは強気で頼れる葵先輩だが、今にも泣き出しそうなほどに肩を震わせている。
「駆くん……お願い、助けて。病気で入院している両親を安心させたくて……一日だけでいいから、私の『恋人役』になって病院へ一緒に来てくれない?」
親を安心させたいという、健気で切実な願い。元子役として「演技」ならお手の物だ。
「一日だけなら、俺にできることなら協力するよ。……普通の、さわやかな恋人同士のフリをすればいいんだよね?」
俺は先輩の力になりたい一心で、その申し出を快く了承した。
正式に迎えたデート当日。両親が入院している大きな総合病院の病室。
「お父さん、お母さん。この人が、私がいつもお世話になっている恋人の、大河内駆くんだよ」
「はじめまして、大河内駆です。葵さんにはいつもカフェで支えていただいています」
俺の完璧な好青年役により、病床の両親は「まぁ、なんて誠実そうな彼氏さんかしら……!」と涙を流して喜んでくれた。これぞ完璧なハッピーエンド。そう思っていた。
――だが。病室の引き戸が、静かに、だけど凄まじい威圧感と共にガラガラと開け放たれた。
「あら、ご両親様。はじめまして。私は駆くんの『本物の婚約者(真の番)』の白雪詩織です。橘さんはただの現地妻ですので、お気になさらないでくださいね♪」
「なんですって!? 駆の『正妻』はこの私、西園寺麗華よ! 橘葵、あなた、西園寺の財力を盾とした私のカケルに勝手な愛人設定を付与しないでくださる!?」
「2人ともノーよ。カケルの『運命のヒロイン』は映画部の特等席なんだから!」
「ぶっっっ!!!!???」
俺の恋人役情報をどこからか、執念で察知した詩織、麗華、蓮、未来の【出し抜き同盟】が、ありとあらゆる歪んだ設定を引っ提げて病室へと一斉にカチコミをかけてきたのだ。
「駆! お前という相棒が、俺に黙って勝手に恋人役なんかになりやがって……っ!」と蓮が顔を真っ赤にして叫び、病室の中は一瞬で「誰が駆の本物の相手か」というカオスな大乱闘へと発展した。
終わった。俺の人生も、コンプライアンスも、先輩の両親からの信頼も、すべてここで終わりだ――。
しかし、ベッドの上の両親は、目の前の大混乱を見つめながら、ぽろぽろと温かい涙を流し始めた。
「……ありがとう、大河内くん。部署の、お友達のみなさん」
「え?」
「うちの葵は、不器用で、自分の夢を諦めていつも暗い顔ばかりしていたのに……。大河内くんの前だと、こんなに活き活きと怒ったり笑ったりして……。こんなにたくさんの素敵なお友達に囲まれて、本当に幸せな環境にいるのね。お父さんたち、もう安心だわ……」
両親は、娘が必死に恋人だと主張し、周りの美少女たちがそれを全力で奪い合っている賑やかな光景を、すべて「最高の仲間たちによる、娘を元気づけるためのサプライズ」だと好意的に受け止め、深い感謝を述べてくれたのだ。
「お父さん、お母さん……っ!」
葵先輩も涙を流し、病室内はこれ以上ないほどの感動と、綺麗な空気に包まれて幕を閉じたのだった。
「ふぅ……。一時はどうなるかと思ったけど、お父さんたちに喜んでもらえて本当に良かったよ、先輩」
夕暮れ時。病院の正面玄関を出て、俺はホッと胸をなでおろした。
これでようやく、平和な日常に戻れる――。
「さて、駆くん。お外の演技の時間はここまでだよ? 私たちの本物の愛の時間に戻ろうね?」
「待ちなさい白雪詩織! 駆を西園寺のリムジンに連行して一晩中説教を――」
「駆! 俺の隣から離れるんじゃねえ!」
病院を一歩出た瞬間、詩織たちのハイライトの消えた暗黒の瞳が一斉に俺をロックオンし、玄関前で再び所有権を巡る凄まじい第2次バトルが勃発した。
「ひいいいいい無理ぃぃぃぃぃ!!! 病院の敷地内ですら一瞬も気が抜けないよぉぉぉぉ!!!!」
俺の切実な絶叫は、彼女たちの怒号にかき消され、日常閑話のはずの1日は、結局いつも通りのカオスな大爆発エンドで幕を閉じるのだった。




