閑話が本題 駆の家庭教師
「……はぁ。最近、テストの点数が微妙に落ちてきたのは、絶対に週末のレンカノ修羅場のせいだな……」
学校のボッチ席でため息をつく俺。だが、成績の低下に頭を抱えていたのは、俺だけではなかった。
我が家のリビングでは、大河内冴子ママンの熱狂的信者(ガチ恋勢)であり、現在は女子大生家庭教師として詩織、蓮、未来の3人の指導を任されている元先輩――一ノ瀬涼香さんが、激しく落ち込んでいた。
「冴子先生……申し訳ありません! 私の指導不足のせいで、3人の成績が芳しくなくて……。私、本当に将来、立派な教師になれるのか自信がなくなってきました……」
頭を抱えて今にも泣き出しそうな涼香さん。見かねたママンは、優しく微笑んで立ち上がった。
「そんなに自分を責めないで、涼香ちゃん。それなら、私が『教師の見本』を見せてあげるわ。とりあえず詩織ちゃん、こちらへおいで?」
元・学校の先生役のトップ女優による、奇跡のマンツーマン指導。これで解決する――そう思った時期が、俺にもありました。
「はい! 御義母(お義母)様!! 詩織、御義母様のために死ぬ気でこの数式を解いてみせます!!」
「……白雪さん、私はまだあなたの『御義母様』になった覚えはないのだけれど?(包丁を研ぐような笑顔)」
「御義母様、私も次の映画のロケハンデータを提出します!」
「新藤さん、これは世界史のワークよ。……というか蓮さん、なぜあなたまで顔を真っ赤にして私のことを『おか、お母様……っ』と呼ぼうとしているのかしら?」
全然、勉強になっていなかった。
3人ともママンの実家特権(大河内の身内枠)に目が眩んでおり、アピール合戦と牽制し合いに終始して、ペンが1ミリも進んでいない。教卓代わりのテーブルの遠目から、俺は生温かい目で見守るしかなかった。
「……はぁ。これじゃ涼香さんがかわいそうだろ。ちょっと貸して」
俺はついに見かねて、3人の勉強会へと参戦することにした。元天才子役の驚異的な集中力(※ただの台本の暗記スキル)を応用し、まずは俺がワークの要点を一瞬でノートにまとめて3人の前に差し出す。
「いい、3人とも。今回は特別に、俺が勉強を教えてあげる。……その代わり、もし次の小テストで全員が平均点以上を取れたら、ご褒美に『1回だけ、普通の友達として放課後に一緒にお喋りして遊ぶ約束』をしてあげるよ」
俺としては、これ以上我が家のリビングで「御義母様コール」の爆音を響かせないための、ただの『にんじんぶら下がり作戦』のつもりだった。お外の強豪を巻き込まず、ただの学校の友達としてマックでお茶を飲む程度のご褒美だ。
しかし、その言葉を聞いた瞬間、3人の瞳に凄まじい熱(プレデターの輝き)が灯った。
「「「……っ!!!!」」」
カリカリカリカリカリカリッッ!!!!
次の瞬間、リビングに凄まじいペンの打鍵音が鳴り響いた。
「駆くんとの合法的なデートの約束……絶対に麗華さんや外の泥棒猫たちに渡してなるものですか……!」と詩織が脳細胞をフル回転させ、蓮が「駆と、お、お出かけ……っ! 負けてられっかよ!」とノートに火を噴きそうな勢いで計算式を解き、未来が「神アングル(デート)の絵コンテは私のものよ!」と世界史の年表を爆速で暗記していく。
あまりの集中力と、一瞬で跳ね上がった3人の成績(大向上)を目の当たりにして、涼香さんは驚愕のあまりガタガタと震え出した。
「す、すごいです、駆くん……! 冴子先生の授業でも動かなかった3人の脳を、たった一言で完璧にコントロール(調教)してしまうなんて……! これぞ真の教育、真のカリスマ指導者ですわ! 駆先生、私、あなたを心から尊敬いたします!」
「いや、ただのニンジン(物欲)で釣っただけだから! 尊敬の目を向けないで!」
涼香さんの教師になる目標への揺らぎは見事に解消され、大リスペクトされて終わったのだが、俺は自分のやらかした事の重大さに気づいて、後から戦々恐々と震え上がっていた。
「(ま、待てよ……。これ、3人が本当に平均点以上を取ったら、俺は詩織と、蓮と、未来の3人と『個別にデートの約束』を守らなきゃいけないってことだよな……!?)」
自分でぶら下げた禁断のニンジンの破壊力、そしてテスト明けに確実に待ち受けているであろう『3連続の個別レンカノ修羅場』の未来を想像し、大河内駆は、自分の安易な作戦をなっから激しく後悔して頭を抱えるのだった。




