閑話が本題:駆と図書館
「……はぁ。最近、どこに行ってもみんなに囲まれて、本の一冊もまともに読めやしない……」
レンタル彼女での度重なる修羅場を経て精神がすり減っていた俺は、平穏を求めて学校の図書室に出入りするようになっていた。ここは、あの放課後に偶然再会したばかりの地味子、三上ひよりちゃんが教えてくれた、俺にとって数少ない癒やしの聖域のはずだった。
――しかし。その平穏は、すぐに崩壊した。
「駆くん、この本おもしろいよ? 隣に座って一緒に読もうね」
「フン、相変わらず冴えない顔で本なんて読んでるのね。西園寺の財力でこの図書室の本を全て買い占めて差し上げましょうか?」
「駆! 俺という相棒がいながら、お前ってやつは……!」
俺が図書室に籠もるようになったのを察知し、幼馴染の詩織や、お迎えリムジンの麗華、および男装の親友の蓮といった面々が当然のように毎日ぞろぞろとついてくるようになってしまったのだ。彼女たちの小競り合いのせいで図書室はすっかりうるさくなり、司書の先生からも毎日ギロリと睨まれる始末。
「……駆くん。ここじゃ全然落ち着かないね。もしよかったら、今度の休日、2人だけで町の公立図書館に行かない……?」
見かねたひよりちゃんが、放課後にこっそりと耳元でそう提案してくれた。
詩織たちを完全に巻いて、2人だけで静かに過ごす読書タイム。俺は救いを求めるように、その誘いに飛びついた。
そして迎えた休日。町の静かな公立図書館。
「……うん、やっぱりここは静かで最高だね、三上さん」
「ふふ、お役に立ててよかった。駆くんが嬉しそうだと、私もなんだか嬉しくなっちゃうな」
窓際の席で、2人並んで静かにページをめくる。これぞ俺が求めていた本物のオアシス、至高の日常リハビリだった。
――だが。大河内駆の人生は、そう簡単に平穏を許してはくれない。
(……な、何よあの地味なモブ女。私のカケルを2人きりで連れ出すなんて、100年早いわよ……っ!)
実は、俺たちの不審な動きを完全に察知していた西園寺麗華が、大きなサングラスにトレンチコートという変装で、後ろの書架の陰から俺たちを尾行していたのだ。
麗華は本棚の隙間から俺たちの睦まじい様子を覗き見ながら、嫉妬と焦りでワナワナと手を震わせていた。
(キィィィーッ! 許せないわ! 私の知らない駆の一面をあの女が独占するなんて! ちょっと本棚を動かして間に入り込んで――あっ!?)
ガサササッ!!! ビリィィィィッッ!!!!
焦って身を乗り出しすぎた麗華は、バランスを崩して本棚の古い歴史書に激突。不運なことに、その拍子にその貴重な本のページを派手に破き、破損させてしまったのだ。静まり返った図書館に、あまりにも不穏な破壊音が響き渡る。
「……あ、あら? 私、何もしていないわ。これはただ、本の方が勝手に西園寺のオーラに耐えかねて自壊したというか――」
「ちょっと西園寺さん!! 何てことするんですか!?」
普段は大人しくて地味なひよりちゃんが、バッと椅子を蹴立てて立ち上がり、鬼の形相で麗華の元へと詰め寄った。
「その本は、町のみんなが読むために、私たちの『税金』で買った大切な本です! いくら西園寺のマネーパワーがあっても、公共の財産を傷つけるなんて絶対に許されません!」
「な、なによ私に説教する気!?(……うっ、でも、悪いのは完全に私だし、ものすごい正論で、ものすごい罪悪感が……っ)」
いつもなら権力で押し通す麗華だったが、ひよりちゃんの「税金です!」という圧倒的な正論の前に、凄まじい罪悪感に襲われて虚を突かれたように絶句してしまった。
結局、その日は大目玉を喰らって解散。
しかし、西園寺の令嬢としてのプライドとクソデカい罪悪感に苛まれた麗華は、その夜、猛烈なリベンジを決意した。
「いいわ、破ってしまったものは仕方ない。西園寺の責任の取り方を見せてあげるわ!」
麗華は翌日から、自分のポケットマネーを湯水のように投入し、町の公立図書館の大改造計画を立ち上げた。とはいえ、独りよがりな成金趣味になっては意味がない。麗華はプライドを捨てて俺の知恵を借りながら、総力を挙げて図書館のリニューアルに乗り出したのだ。
数週間後。麗華はひよりちゃんに「こないだの件、謝罪いたしますわ。もう一度、あの図書館へ来なさい」と、ツンとしながらも頭を下げて誘った。
俺とひよりちゃんが、半信半疑で再び町の図書館の敷地に足を踏み入れると――。
――ジャジャン♪
「……まぁ、どうでしょう♪」
脳内にあの劇的ビフォーアフターのナレーションが流れてきそうなほど、そこには、かつての古びた町の図書館の姿は微塵もなかった。
外観は美しいガラス張りのモダンな建築に生まれ変わり、内装は木の温もりを感じる広々としたブックカフェ風のデザインに。破られた古い歴史書は完璧な技術で修復されて特等席に飾られ、最新の空調システムと人間をダメにするソファが完備された、読書好きにとっての地上の楽園が完成していたのだ。
「うわぁぁぁ……! すごい……! 明るくて、綺麗で、本がとっても嬉しそう……!」
ひよりちゃんは一瞬で目を輝かせ、感動のあまりポロポロと涙を流した。
「フン、西園寺の財力と、カケルの知恵があればこのくらい当然よ。……これで、許してくださるかしら?」
「はい! 西園寺さん、ありがとうございます! 疑ったりしてごめんなさい!」
麗華の圧倒的な大改造により、ひよりちゃんとの和解は見事に大成功を収めた。俺も「よかった、麗華さんもいいところあるじゃん」と胸をなでおろし、ようやく平和な日常が戻ったのだと安心していた。
和解の記念として、図書館の裏庭で、役目を終えたこれ以上の修復が不可能な本当に古い廃棄本を適切に処分するための、お焚き上げのイベントが行われることになった。
薪が組まれた静かな裏庭。和やかな空気の中、麗華はひよりちゃんにいいところを見せられてすっかり上機嫌になり、完全に調子に乗ってしまっていた。
「フン、これでお焚き上げの火を灯せば完璧ね。……そうだわ、せっかくの美しい図書館の完成記念よ。ここで『大人のエレガントな一発芸』を披露してあげますわ!」
麗華は懐からカチリとライターを取り出すと、廃棄本の束の前に立ち、ニヤリと不敵に笑ってポーズを決めた。
「どうだ! 明るくなっただろう!?」
麗華は、教科書に載っている成金のあの超有名風刺画のテンポを完璧に真似て、古い本を景気よく燃やすフリをして、お茶目にドヤ顔を決めてみせた。お嬢様なりの、精一杯のさわやかなジョークのつもりだった。
しかし、その瞬間。
「西園寺さん……。古い本とはいえ、本をそんなギャグの道具にしておもちゃにするなんて……やっぱり最低です!!!」
「なんですってーっ!? なんでまた怒るのよぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ひよりちゃんの激しい本への信仰心が再び大爆発し、笑顔から一瞬で般若の形相へと切り替わった。
麗華は良かれと思ってやった一発芸で再びひよりちゃんを大激怒させてしまい、再び和解するのにかなりの時間を要しましたわ。




