閑話長編パート15修学旅行編 走れ駆
駆は激怒した。
かつて自分の傲慢さと油断のせいで母親を失い、すべてを投げ出して逃げ出したあの日の悪夢が、今度は一番大切な人たちを脅かしている。
怯えて俯いていた過去の自分を叩き潰すように、駆は冷たい京都の空気を切り裂いて全速力で走っていた。
だが、ただ闇雲に走っているわけではない。
「……っ、これだけは鬱陶しいと思ってたが……!」
駆は自分のポケットから、見覚えのある小型発信機を取り出した。
普段、詩織たちから「浮気防止」「安否確認」と称してありとあらゆる場所に仕込まれていたGPSだ。彼女たちの執着のせいで、駆の体や持ち物には1つや2つどころか、複数のGPSと盗聴器が容赦なく取り付けられていた。
しかし、いまやそれは最高の追跡ツールだった。
スマホの専用アプリを開けば、拉致された詩織、麗華、葵の現在地がリアルタイムで寸分違わず表示されている。
「……ビンゴだ!」
アプリが示す座標を頼りに、駆は市街地のはずれにある、さびれた廃工場の前へと急行した。
外からそっと中の様子を伺うと、監禁されているはずの三人の姿がわずかに見える。しかし、敵の監視の目はまだ緩い。どうやらアジトにいる実行犯の人数はまだ揃っておらず、今なら警備の隙を突いて単身突入できる——絶好のタイミングだった。
「……はぁっ、はぁっ……!」
ドアの隙間から忍び込んだ駆は、刃物を片手に油断していた藤原圭介の背後へと音もなく迫り、渾身の体当たりで壁へと叩きつけた。
「ぐっ……な、なんだお前は……っ!?」
「圭介……っ!」
まさか単身で乗り込んでくるとは思っていなかった圭介が、顔を歪めて目を見開く。
駆は落ちていたパイプを拾い上げ、圭介を追い詰めた。
「そこまでだ……彼女たちから離れろ!」
勝負あり、かに思えた。しかし、圭介は血走った目で歪んだ笑みを浮かべる。
「ひゃはは……! 一人ですめぇよ、お前みたいな役立たずがな!」
圭介が叫ぶと同時に、廃工場の裏口からドヤドヤと屈強な男たちの増援が押し寄せてきた。
一転して、駆は数十人の敵に囲まれる絶体絶命のピンチに陥る。
「……っく!」
冷や汗が背中を伝う。圧倒的な数の差を前に、かつてのトラウマが脳裏をかすめかけたその瞬間——。
「——お待たせ、駆くん」
冷徹で、けれど聞き慣れた凛とした声が、アジトの奥から響いた。
ガシャン、と派手な金属音がして、拘束されていたはずの奥の扉が内側から盛大に蹴破られる。
そこに立っていたのは、縛られているはずの詩織、麗華、そして葵の三人だった。
「なっ……!?」
絶句する圭介をよそに、詩織たちはどこか余裕の笑みを浮かえている。
「驚いた? 駆くん」
麗華が優雅に髪をかき上げ、葵が冷ややかに言い放つ。
「私たちが、みすみすあの男の誘拐計画にハマるわけないでしょ。藤原家の情報網で、この圭介の居場所も、過去の動きも全部最初から把握済みだったんだから」
そう、彼女たちは拉致されたふりを演じ、この敵のアジトごと組織を完全に壊滅させるための作戦を水面下で実行していたのだ。
そして、それはもう一つの大きな目的のためでもあった。
——過去のトラウマに囚われ、一人で抱え込んで逃げようとしていた駆に、「自分たちは一人で守られるだけの存在じゃない、一緒に戦える」と証明し、その呪縛を完全に払拭させるため。あえて彼女たちは自ら攫われてみせたのだ。
さらに、アジトの入り口の方からも、バタバタと騒がしい足音が響いてくる。
「カケルくーーんっ!!」
「ちょっと勝手に飛び出さないでよ!」
「まったく、ハラハラさせないで頂戴!」
修学旅行前夜、「もし何かあったら、絶対に私たちが助けに行くからね」と誓い合っていた義母や、義理の姉妹たちまでが、一斉に押し寄せてきたのだ。
「え……? え、なんでみんなが……!?」
駆が目を見開き、愕然と立ち尽くす。
それもそのはず、駆の体につけられていたGPSは一つや二つではなく、彼女たち全員がそれぞれに仕込んでいたもの。さらに盗聴器を通じて、駆の焦りも、単身突入する決意も、すべてリアルタイムで共有されていたのだった。
「っふざけんな、何なんだよこれ……!」
形勢は一瞬にして逆転した。
圧倒的な数の重すぎる愛と執着に包まれたヒロイン&義母・義理姉妹軍団を前に、圭介とその増援の男たちは完全に気圧され、戦意を喪失していく。
「さあ……私たちの可愛い駆くんを危険な目に合わせた代償、たっぷり払ってもらうわよ」
詩織の冷ややかな号令とともに、形勢逆転の反撃劇が幕を開けたのだった。




