閑話長編パート12修学旅行編 駆の墓参り
修学旅行3日目の午前中。
京都の喧騒から少し離れた、静寂に包まれた寺院の墓地。
俺——大河内駆は、色鮮やかな線香の煙が立ち上る墓石の前に、一人静かに佇んでいた。
墓標に刻まれた名前を見つめる。
ここに眠っているのは、俺の実の母親だ。
子役時代、若くして天狗になり、己の才能と名声にかまけて傲慢になりきっていた俺。
そんな俺の身勝手な振る舞いや芸能界の圧力、そして様々な要因が重なり合って起きた『あの事件』——。結果として、母さんは俺を庇うようにしてこの世を去った。
母さんの死をきっかけに俺は芸能界を引退し、母方の実家である『藤原家』からも逃げるように離れた。以来、ずっと本家とは疎遠のままだった。
だけど——昨日の夜。
京都に同行していた本家関係者との密かな話し合いを経て、俺は逃げ続けていた過去と向き合うため、この墓参りを決意したのだ。
「母さん……俺、なんとかやってるよ。ボッチで、一般人として……静かに生きていこうと思ってたんだけどさ」
頭に浮かぶのは、昨日まで俺を振り回し続けてきた愛の重すぎるヒロインたちの顔だ。
「……なんか、思ってたボッチ生活とは全然違う方向で、毎日が修羅場なんだけどね」
苦笑いを浮かべながら、手桶の水で墓石を清め、深く手を合わせる。
胸の奥にずっと引っかかっていた重荷が、ほんの少しだけ軽くなった気がした。
墓参りを終え、静かな気持ちで墓地をあとにした俺は、集合場所へ向けて歩みを進めていた。
すると路地の陰から、ふと一人の少女がひょっこりと姿を現した。
彼女の顔は、初日に伏見稲荷大社で見かけたあの時と同じ『狐のお面』で覆われており、素顔を窺い知ることはできない。
だが、その佇まいからは、どこか浮世離れした雰囲気が漂っていた。
「……?」
俺が足を止めると、狐のお面の少女は、鈴が転がるような可愛らしい声で言った。
「ふふっ……やっと振りきれたみたいだね♪」
「え……? 振りきれた……って、何が——」
俺が問いかけようとした瞬間、少女はくるりと軽やかに背を向けた。
「また会おうね、お兄ちゃん」
「あ、待てっ……!」
俺は慌ててその後を追いかけ、曲がり角を駆け抜けた。
しかし、路地の先には大勢の観光客が行き交う大通りがあるばかりで、あの狐のお面の少女はまるで煙のように影も形も消え失せていた。
「な、なんだったんだ、今の……」
狐に包まれたような心地のまま、俺は急いで時計に目をやる。
マズい、約束の12時ギリギリだ。遅れたらそれこそ詩織たちに何を言われるか分からない。
俺は追跡を諦め、ハァハァと息を切らしながら、集合場所である老舗料亭へと急いだ。
——だが。
料亭の前に到着した俺を待っていたのは、和やかな昼食風景などではなかった。
「駆くん……っ!?」
顔を青ざめさせた美月たちが、着くやいなや俺へと駆け寄ってくる。
その表情には明確な動揺と、底知れぬ焦燥感が浮かんでいた。
「美月!? どうしたんだよ、みんな揃ってそんな顔して……」
俺が胸騒ぎを覚えながら尋ねると、美月は震える声で、信じがたい言葉を口にした。
「駆……大変なの……っ! 詩織さんと、麗華さん……それに、本家の元婚約者である葵さんが……っ!」
「……は? 詩織たちがどうしたって?」
「——何者かに, 攫われたの……!!」
「────え?」
静寂が、俺の思考を真っ白に染め上げた。
母の墓参りを終え、過去に区切りをつけたはずの俺の前に、あまりにも唐突で、悪夢のような新しい修羅場(事件)の幕が切って落とされたのだった。




