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閑話長編パート11 修学旅行編 駆のお願い

「頼む……! 明日の午前中だけ、一人で行動させてくれ!」


修学旅行2日目の夜。宿泊先のホテル『鳳凰閣』の豪勢すぎる和室で、俺——大河内駆(カケル)は、座布団の上で人生で一、二を争う勢いの土下座を繰り広げていた。


昼間の京都観光という名の「駆奪い合い大抗争」を命からがら生き延び、なんとかホテルに戻ってきた直後の班行動ミーティング。

目の前には、今回の修学旅行に参加している限定されたメンバー——白雪詩織たち『出し抜き同盟』の面々と『海外組』、そして『ひより』がずらりと顔を揃えて俺を見下ろしている。


「……駆くん、聞こえなかったのかな? 明日は班全員で“思い出を刻む”って、京都に来る前から約束していたはずだけれど?」


氷のように冷たい笑顔を浮かべるのは、かつての伝説的子役時代に俺の相手役を演じ、今や俺へのクソデカい愛を隠そうともしない『出し抜き同盟』の中心人物、白雪詩織。


「そうよ駆! なんで一人になりたがるの!? 一人になったら、また変な虫が湧くか、私以外の誰かとこっそり密会する気なんじゃないかって疑っちゃうでしょ!」


ギャンギャンと噛みついてくるのは、同じく『出し抜き同盟』のメンバーであり、実家勢の義理の妹・美月。


さらに、海外からこの修学旅行に無理やり潜り込んできた『海外組』の面々が、優雅に、だが鋭い視線を送ってくる。


「駆。言っておくけれど、私たちはわざわざ海を越えて、あなたを追っかけてここまで来たのよ? 午前中一人にするなんて、私たちの熱量に見合わないわ」


「そ、そうだよカケルくん……! みんなで一緒に京都の街を回るって、あんなに楽しみにしてたのに……っ、私、なんか寂しいな……」


そう言って潤んだ瞳で上目遣いをしてくるのは、純真無垢な後輩ポジションのひよりだ。出し抜き同盟や海外組の猛者たちとはまた違った方向から、俺の罪悪感を正確にエグってくる。


地獄か? ここは阿鼻叫喚の修羅場地獄なのか?

俺がなぜ明日の午前中だけ一人になりたいか……理由はシンプルだ。

かつて子役時代、『友達100人にできるかな? ザ・ムービー』の京都ロケでお世話になった、老舗和菓子屋の頑固親父さんが病気から復帰したと風の噂で聞いたからだ。

あのおっちゃんだけは、俺を「芸能人の大河内駆」でも「囲い込みたい男」でもなく、ただの「クソガキの駆」として接してくれた唯一のオアシスなのだ。

あそこに行かなければ、俺の精神が崩壊する!


「……お願いだ」


俺は顔を上げ、まっすぐに彼女たちの目を見つめた。

子役時代に鍛え上げられた演技力……ではなく、本気の、魂からの切実な眼差し。


「昔……どうしても行きたい場所があるんだ。一人で行かないと意味がないんだ。芸能界を辞めて、ボッチになって、自分を見失いそうになってた俺が……どうしても自分の足で行かなければいけない場所なんだ。頼む」


「っ……!」


詩織が息をのむ。美月が言葉を詰まらせ、海外組が目を見張り、ひよりが「っ……!」と小さく口を押さえる。

俺の『悲劇の元天才子役が魅せる、本気の哀願』が、彼女たちの胸を直撃したらしい。静まり返った和室に、俺の荒い息遣いだけが響く。


「……はぁ。分かったわよ」


溜め息をついたのは詩織だった。


「午前中だけよ……12時の昼食集合までに、必ずこのホテルに戻ること。いいわね?」


「本当か!? ありがとう、詩織!」


「ただし」


すっと詩織の目が細められる。それに同調するように、美月や海外組、そしてひよりまでが、不敵あるいは意味深な笑みを浮かべて俺を取り囲むように間合いを詰めてきた。


「午前中を譲ったんだから……明日の夜の時間は、全部私たちに貰うわよ?」


「えっ」


「いい案ね詩織さん! 明日の夜の『部屋連れ出し禁止令』は解除! 駆の部屋で、朝まで私と二人きりで過ごす権利を賭けて、出し抜き同盟と海外組、そしてひよりちゃんでガチンコ勝負よ!」


「ちょっ、美月さん、勝手に話を進めないでください! でも……カケルくんの夜の時間を独占できるなら、私も絶対負けませんからね!」


「ふふ、海外組の情熱的なアプローチ、ナメてもらっては困るわ。明日の夜は私たちが駆をいただくわよ」


「ま、待て! 夜は消灯時間があるし、先生の見回りも——」


「逃がさないわよ、駆くん? 午前中の『自由』の代償は……高くつくと思ってね」


少数の精鋭(重すぎる愛を持つ女たち)に囲まれ、俺は「は、はい……」とタジタジになりながら頷くしかなかった。

明日の午前中のオアシスを得るために、俺は明日の夜、自ら処刑台に登る契約を結んでしまったらしい。


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