閑話長編パート9 駆本家と再会
「……はぁ。昨夜の枕投げ大戦のせいで、全身がアサリのスープ並みにバキバキだ。二日目の朝から、俺の精神生命力は完全にマイナス域を突破してるな……」
ホテルの大部屋を戦場に変えたあの「鉄板枕フライングピロー事変」を経て、迎えた修学旅行の二日目。
俺たちの一団は、俺がしぶしぶ提案した行程の通りに、京都の有名観光地である『太秦映画村』へとやってきていた。
時代劇のオープンセットが広がる村内に入ると、予定通り、仕事の打ち合わせで現地に来ていた高坂マネージャーや五味プロデューサー、城ヶ崎マキ先生たち【マネジメント同盟(大人組)】の面々とばったり再会した。
だが、これがさらなる地獄の引き金となった。
「あら、白雪さんに西園寺さん。修学旅行の予定を捻じ曲げてまで、私の駆くんを太秦へ連れ回すなんて、チーフマネージャーとしてコンプライアンス(職権乱用)を疑うわ?(グヘヘヘ、お外の撮影所で駆くんの学ラン姿が見られるなんて、今すぐ私が美味しくプロデュースしてあげたいわ♥)」
「なんですって!? 駆のスケジュールを二十四時間体制で管理する正妻はこの私、西園寺麗華ですわ! 大人組の権力を盾に、私のカケルに勝手な出演設定を付与しないでくださる!?」
「カケルの初めての太秦ロケのお相手は、この白雪詩織に決まっています! あなたたち全員、コンプラ違反以前に絶対に許されません!」
「ぶっっっ!!!!???」
映画村の真ん中で、高坂マネージャーたち大人組と、詩織や麗華たち【出し抜き同盟】、さらにはひよりちゃんや海外ホームステイ組たちクラスの女子全員が、完璧に目を血走らせて「誰が駆の真の所有権(マネジメント枠)を持っているか」という、凄まじいマウント合戦を一斉に始めてしまったのだ。
「私のプロデューサー権限で……」「私の脚本の主演に……」「映画部の特等席が……」「十倍だぞ十倍!」と、ありとあらゆる歪んだクソデカ感情の怒号が飛び交い、時代劇のセットの気圧がガチバチと歪んでいく。
(……はぁ。もう勝手にやっててくれ。俺はあの怒号の輪に入ったら一瞬で消滅するからな……)
俺は彼女たちの凄まじい殺気のレーダーから一時的にでもエスケープするため、インテリジェンスな真顔のまま、静かにすり足でその場を離れ、古い長屋のセットの裏路地へと音速脱走を敢行した。これならいける、誰も俺がいなくなったことに気づいていない!!
誰もいない静かな路地裏でホッと胸をなでおろした、まさにその瞬間のことだった。
「――やはり、あの清水の舞台から飛び降りた破天荒な少年は、あなただったのね、駆くん」
「え……?」
不意に、背後の長屋の陰から、鈴の音のように上品で、どこか冷徹な気品を孕んだ大人の女性の声が響いた。
ハッとして振り返ると、そこには、最高級の着物を完璧に着こなした非常に美しい中年の女性と、その隣に、まるでお姫様のような格式高いお嬢様姿の、俺と同世代の美しい少女が一人、静かに佇んでいた。
その二人の顔を見た瞬間、俺の脳裏に、子役時代に封印したはずの、大河内家の血筋にまつわる最悪の記憶がフラッシュバックした。
(この二人は、まさか……!)
「お久しぶりね、駆くん。あの悲惨な芸能界引退の事件(爆心地)以来、大河内家とは一切の連絡を絶っていたけれど……まさか修学旅行で京都に来ているなんてね。昨日、清水寺の参道であなたを見かけたときは、我が目を疑いましたわ」
美しい中年の女性――俺の亡き実母の本家であり、京都に絶大な権力を持つ名門『藤原一族』の叔母(母の妹)が、冷徹な、だけどどこか懐かしそうな瞳で俺を見つめてきた。
「駆くん……。私、あなたと久しぶりに、こうしてお会いできて光栄ですわ」
そして、その隣でどこか切なげに微笑んでいる少女は、藤原一族の次期当主であり、俺の【従兄弟の元婚約者】にあたる、かつて映画の現場で少しだけ共演したことのある女の子だったのだ!
「お、叔母さん……それに、藤原さんも。なんで二人がここに……っ!?」
俺が想定外すぎる本家からの使者の登場にガタガタと震え、手慣れた大人のレディファーストすら忘れて気まずそうに立ち尽くしていると、叔母さんはスッと美しい手を差し伸べ、黒塗りの最高級お抱え自家用車のドアを開け放った。
「話は車内で聞きましょ。大河内の籍に入ったとはいえ、あなたは我が藤原の本家の血を引く大切な子供。さあ、積もる話もありますし、今すぐ私たちと共に『藤原の本家(邸宅)』へ参りましょう」
「あ、いや、俺は今修学旅行の班行動の最中で――」
「異議は認めませんわ。これは本家としての正式な命令です」
正論……ではなく、西園寺財閥すら一目置くレベルの、古都の絶対的な「本家の権力」による直球の拉致(※ただの身内の強引なおもてなし)を叩きつけられ、俺の身体はなす術なく、吸い込まれるようにして最高級車の後部座席へと誘導されてしまった。
ガチャン、と重厚なドアが閉まり、車は俺を乗せたまま、太秦のロケ地から京都の奥深くにある藤原の本家邸宅へと、音もなく静かに連れ去っていったのだった。
――だが。そんな大河内駆の「本家強制連行劇」の事実を、当の彼女たちは1ミリも知る由はなかった。
「フン、高坂マネージャー! 駆の初めての太秦デートの権利は西園寺が言い値で――って、あら? カケルはどこへ行きましたの?」
「……え? 駆くん? 嘘でしょ、さっきまで私のメインディッシュの配置(真横)にいたはずなのに……」
長屋の前で、ハハハハ! と凄まじいマウント大戦(会話)を繰り広げていた詩織や麗華、高坂マネージャーたちの動きが、ピタッと完全に停止した。
周囲をどれだけ見渡そうとも、そこに大河内駆の姿は影も形もない。
「詩織の仕掛けたGPSにによると、駆のGPSデータが……太秦映画村のエリアを時速八十キロで突破して、京都の立ち入り禁止の名門邸宅エリア(藤原の本家)へと爆速で移動しています…」
「なんですってぇぇぇぇ!!!???」
俺が自分たちを置き去りにして、謎の「女たち」の手によって完全に別世界(名家)へ連れ去られたという最悪のデータ(※大いなる誤解)を前に、白雪詩織や西園寺麗華、高坂マネージャーたち全員が、完璧にハイライトの消え去ったプレデターの瞳のまま、映画村のど真ん中で「駆くんが消えたぁぁぁぁ!!!」「コンプラ違反の誘拐よ!!」と、髪を振り乱して四分五裂の大パニックを起こして慌てふためくのだった。




