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18/24

六 やよいとオガミ 02

 大きく開け放たれていた窓の外に、色づいたモミジの葉がぶわりと舞う。


「なんてきれいな」


 やよいの感嘆の声を聞き届けたのか、そのうちの一枚が、窓を超えてオガミの頭の上にふわりと乗る。


「オガミさん、キツネの帽子になってる」

「キツネの帽子」

「どろんと化けるときに、頭に乗せるでしょう?」


 手を伸ばして取ろうとしたやよいの手首を、オガミがつかんだ。


「やよいさん、もしも俺がキツネだったとしたら?」


 じっと瞳を見つめてきたオガミに、やよいは同じように瞳を見つめ返し、笑いだした。


「オガミさんはキツネじゃないわね。人を騙すような目をしてないもの」

「……正解」


 オガミはやよいの手を離すと、再び窓の外を見る。


「あぁ、雨が近付いてくる。咲子ちゃんを呼び戻した方がいい」

「ほんと? こんなに良い天気なのに」

「雨の匂いがする」

「じゃぁ、ちょっと迎えに行ってくるかね」


 立ち上がったやよいは、オガミを見る。


「――一緒に、行くかい?」

「うん」


 そうして、二人で咲子を迎えに行った。





「それで、雨は本当に降ったんですか」


 牛乳だけで砂糖を入れていないミルクティを飲みながら、実央はオガミを見た。


(咲子って、お母さんのことだよね。なんだか年齢計算があわないんだけど)


 実央の母は、現在六十六歳。そのときに、すでにオガミが青年の年齢だったとしたら、目の前の男はとんでもない若作りということになる。


「うん、降ったよ。俺が山の天気を外すわけがない」

「オガミさんは生まれも育ちも山育ちだから、詳しいってこと?」


 実央の言葉に、オガミは手元の紅茶を飲んでから笑った。


「生まれも育ちも山育ちだからって、ただの人間に天気がわかるわけがないだろう」

「うーん。それもそうよね。しかも天気図を書いて予想したってわけでもなさそうだし」


 彼の言葉に、のんきに考える実央を見て、オガミは手元のチョコレートを彼女の口に放り込む。


「んがっ。なんですオガミさん。これ、オガミさんの分の」

「俺はさっき一つ貰ったから、もう一つは実央さんにあげる」


 チョコレートの小さなパッケージに入っていたのは五つ。話し合いの結果、実央が三つ、オガミが二つを食べることになっていた。


「これは結構高いやつだから、オガミさんもちゃんと食べるべき!」


 と、わける数を決めるときに実央が主張したのだ。


(せっかくわけたのに)


 もごもごと口を動かしながら、それでもすでに三つを食べ終えていた実央は、ありがたくシャンパン味のチョコレートを飲み込んだ。


「実央さんって、ほんっとやよいさんの孫って感じ」

「そりゃそうですよ。孫ですもん」

「そうじゃなくて、自分が知ってることで、きちんと状況を判断しようとするところとか」


 オガミの言葉の意味が分からずに、実央は小首をかしげる。


「この山の頂上に、鳥居があるの、知ってる?」

「えっ。それってここの山神さまのお社ってことですよね」


 実央は窓から見える山を見た。けれどここからは何も見えない。


「小さい社だし、普段人が行かない場所だから」

「えぇ。それでも、この民宿がある以上は挨拶した方がよかったかな」


 立ち上がり、窓から体を乗り出した。

 小さい頃、祖母からそんな話をきいたことはない。

 地域の祭りはあって、幼い実央も参加したことはあったが、それはもう少し麓の村の氏神様の祭りだ。


「大丈夫。実央さんは毎日挨拶してるから」

「へ?」


 オガミは実央の後ろに立つと、そう言って笑いながら、一緒に山の頂を覗き込んだ。





 咲子を迎えに行き、宿に戻った途端に雨が降ってきた。


「あらまぁ、本当に降ってきた。すごいわね、オガミさん」


 思ったよりも本格的に降っている雨に、やよいは宿中の窓を閉めて回る。咲子とオガミも一緒になって閉めると、台所に戻ってくる。


「オガミさん、折り紙する?」

「俺はよく知らないから、咲子ちゃん教えてくれるかな」


 和紙でできた千代紙を持ってきた咲子は、うん! と元気に返事をすると、オガミの隣で紙を半分に折り始めた。


「悪いわね、オガミさん。しばらく相手してやってくれる?」


 そうしてやよいが夕飯を作っている間、オガミは咲子と折り紙をして過ごす。

 台所にかかるゆるやかな湯気の向こうに立つやよいは、野菜を切ったり漬物を取り出したりと慌ただしい。


「オガミさん、家はこの辺なの?」

「この辺といえばこの辺だけど」

「あらやだ! もしかして帰れないのかしら。そうよね、空腹で倒れてたんだから、家に帰れない事情があるのかもしれないわね」


 やよいは気付いてしまった! と言わんばかりに言葉を続けると、オガミを見てにっこりと笑う。


「あなたが問題ないなら、しばらくうちで暮らしなさいな」

「それって、やよいさんと一緒に暮らすということ?」

「そうよ。こんなおばちゃんと一緒だなんて、ときめきもないかもしれないけど! うちは夫も先立たれてるし、息子も東京の大学に出てって、男手が足りてないんだよ」


 からりと笑うと、咲子に声をかける。


「ねぇ咲子。オガミさんが一緒にいたら、助かるわよねぇ」


 やっこさんを折りあげた咲子は、それを立ち上げてまるで人形のように手に持つ。折り紙のやっこさんを左右に揺らせながら、

「嬉しい! オガミさんと一緒に遊べるの、嬉しい」

そう言って笑う。


 オガミはそんな二人を見て、頭を下げた。


「ありがとう。俺はこの家の中で、命を繋げる」

「おおげさだねぇ。ほら、夕飯ができるよ。二人とも折り紙をしまって」


 からからと笑うと、二人の前にご飯とキノコ汁、そして猪と里芋の炒めものを大皿に乗せて並べたのだった。



   ***



 オガミが民宿ひとよに住むようになって半年。

 宿にはまばらではあるが、宿泊客がやってきていた。


「いやぁ、昨日の雪はびっくりしましたね」

「ここいらだと、四月の今時分はようやく雪も降らなくなるんですけどねぇ。名残の雪ですわ」


 玄関でやよいと話すのは、一泊した客だ。温泉を楽しみに、小さなこの宿にやってきたという。


「飯もうまかったです。新聞広告で見たときは、どうだろうかと思ったけど、来てよかった」

「それはよかった。うちの料理長は、腕がよくて」


 オガミがこの宿に住まうようになり、気付いたことがあった。

 それは、やよいがあまり料理上手ではないということ。

 試しにオガミが作ってみたら、随分と美味しくできあがったのでやよいはこれ幸いと、オガミを料理長というポジションに押し込めてしまった。


「私、料理ってそんなに得意じゃないのよねぇ。食べられればなんでもありがたかった反動かしら」

「まぁ俺も、どうせなら、美味しく食べてもらいたいと思うし」


 なんて言って、オガミもすんなりとそれを受け入れる。


「山の恵みの生かし方は、俺が一番わかる」

「あらまぁ、うちの料理長はずいぶんと大きくでたものね! でもほんと、オガミさんが作ると、なんでも美味しくなっちゃうの」


 やよいは以降、料理はすべてオガミに任せていた。それに、彼はひょいと山に入っては、不思議と山で採れるものを持って戻ってくる。畑仕事をさせてみても、やよいが一人で作っているときよりも、ずっと収穫量が上がった。


「オガミさんは、山の神に愛されてるのねぇ」


 そう言って笑うやよいに、オガミは口の端を上げる。

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