【第6話:おばあちゃんの特製爆弾】【第6話:おばあちゃんの特製爆弾】【第6話:おばあちゃんの特製爆弾】
チリン、と涼しげな音が響く。
だけど、僕たちの間の空気は、昨日からどこか甘くて、少しだけぎこちない。
「……ん」
「あ、はい。……ありがとうございます」
お互いに本名を知り、お互いの「匂い」を意識してしまった翌日。
ラムネさんは今日もいつものようにスーツを着崩してベンチの左側に座っているけれど、手元の瓶ラムネを見つめたまま、心なしかいつもより大人しい。
僕も手元のお徳用チョコバーを握りしめたまま、次の言葉が見つからなくて、声のキーが高くなる前に口を閉ざしてしまっていた。
炭酸の泡が弾ける音だけが、夕暮れの路地裏に優しく響く。
この妙にむず痒い沈黙を破ったのは、駄菓子屋の奥からトコトコと歩いてきた、店主のおばあちゃんだった。
「はいはい、お待たせ。あんたたち、いつも仲が良くて微笑ましいねぇ」
おばあちゃんが古びたお盆に載せて持ってきたのは、注文した覚えのない、冷えたガラスの器だった。
「これ、おばあちゃん。僕たち、これ頼んでないですよ?」
「いいのいいの、サービスさ。近所の氷室さんトコの娘さんが、毎日うちのベンチで高校生の男の子と楽しそうに話してる、そんな光景が嬉しくてね!
それに、いつも冷たいもんばかりじゃ体に悪いから、たまにはこういうのもいいだろ?」
お盆の上に置かれたのは、たっぷりの黒蜜がかけられた、甘いバニラアイスクリーム。
そしてその上には――なぜか、真っ赤な『激辛シナモンパウダー』がこれでもかと振りかけられていた。
「「……え?」」
僕とラムネさんの声が完璧にハモった。
「うちの特製『激辛黒蜜アイス』さ。辛いのが好きな娘さんと、甘いのが好きな坊や、2人で仲良く突っつき合ってお食べ」
おばあちゃんは「若者はいいねぇ」とシワだらけの顔でニヤニヤと笑いながら、スプーンを2本置いて、あっという間に店の奥へと引っ込んでしまった。
ベンチの上に残された、白と、黒と、禍々しい赤のアイスクリーム。
「……ちょっと、おばあちゃん。余計なこと吹き込まれて変なメニュー開発しないでよ……」
ラムネさんは低い声でモゴモゴと文句を言いつつも、その顔は、おばあちゃんに『毎日高校生の男の子と楽しそうにしてる』と図星を突かれたせいで、耳の先まで真っ赤になっていた。
もちろん、僕の顔も沸騰しそうなほど熱い。
「あの、ラムネさん……これ、どうします? 激辛と激甘が、じゅ、じゅうぶん……じゃなくて、完全に大喧嘩してますけど」
「……捨てるのはバチが当たるし、食べるしかないでしょ。ほら、ピュア君、スプーン持ちなさい」
ラムネさんは観念したようにため息をつくと、スプーンでアイスの赤い部分を少しすくい、恐る恐る口へと運んだ。
「……ん。あ、意外と……いけるかも。冷たいから辛さがマイルドになって、黒蜜のコクが……あ、でも後から結構辛い……っ」
はふ、と小さく息を吐くラムネさん。その唇が、冷たさと辛さでいつもより少しだけ赤く潤んで見えて、僕はドクンと心臓を跳ね上げた。
「ほら、太陽君も食べなよ。君の好きな甘いアイスだよ」
「あ、はい……じゃあ、いただきます」
僕は彼女の視線を感じながら、スプーンを入れ、黒蜜とアイスの部分を口に含む。
濃厚なバニラの甘さと、ツンと鼻を抜けるシナモンの刺激。
「あ……本当だ。甘いけど、ちょっと大人っぽい味がします」
「大人っぽい?」
ラムネさんが不思議そうに小首を傾げる。
「はい。いつも僕が食べてる安いチョコとは違って……なんか、お洒落な、ラムネさんみたいな味がします」
「っ……!」
またやってしまった。
口が回らないくせに、思ったことをそのままストレートにぶつけてしまう僕の悪い癖だ。
ラムネさんは持っていたスプーンをピキッと止めると、バッと僕から顔を背けた。
そして、手元に残っていた瓶ラムネを一気に煽り、喉を鳴らして飲み干す。チリン、チリン、とビー玉が激しくぶつかり合う音が、静かな軒下に響き渡った。
「……なにいってんの。バカじゃないの君。本当にピュア君はさぁ……」
「す、すみませんっ! 変な意味じゃなくて、そのっ!」
「……もういい。声高い。耳元でチワワが吠えてる」
彼女はそう捲し立てると、残ったアイスを今度は勢いよく口に押し込み、「からっ……! やっぱり辛いわこれ!」と1人でバタバタと慌て始めた。
真っ赤な顔でパタパタと口元を仰ぐ彼女と、それを見て慌てて新しいラムネを買いに走る僕。
おばあちゃんの特製アイスは、めちゃくちゃに刺激的で、そして驚くほど甘かった。
お互いの「昼の顔」を周囲に知られながらも、このベンチの上だけは、まだ誰にも邪魔させない僕たちの特別な秘密基地のままだった。
(続く)




