第3章 「価格表の存在」
1
アミールは、廃墟となった郵便局の地下室にいた。
そこは、包囲前に情報員たちが使っていた秘密の資料庫で、
今は瓦礫と埃に埋もれた“過去の亡霊”のような場所だった。
案内してくれたのは、元情報員のミロシュ。
彼は戦争が始まってから、何度も命を狙われたという。
その顔には深い皺が刻まれ、
「真実を語ることは、時に銃より危険だ」と言わんばかりの表情をしていた。
「ここに、あんたが探しているものがある」
ミロシュは、古い金庫の扉をこじ開けながら言った。
金庫の中には、湿気で波打った書類の束があった。
アミールは手袋越しに一枚を取り上げる。
そこには、信じがたい文字が並んでいた。
2
“狙撃ツアー・料金表(暫定版)”
アミールは息を呑んだ。
冗談でも、偽造でもない。
軍の印章が押され、日付も記録されている。
ミロシュが低い声で言う。
「欧米の富裕層向けの“娯楽”だ。
あんたが聞いた噂は、全部本当だよ」
アミールは震える手で、料金表を読み進めた。
• 一般成人:8万〜10万ユーロ
• 子ども:最高額の入札対象
• 妊婦:特別枠として高額設定
• 高齢者:ボーナス扱い(無料)
数字が、まるで“ゲームの難易度”のように並んでいた。
命の価値が、金額で分類されている。
しかも、最も弱い者ほど高額に設定されている。
アミールの胸に、冷たい怒りが広がった。
「……これは、人間のやることじゃない」
ミロシュは静かに首を振った。
「いや、アミール。
これは“人間がやったこと”なんだ。
だからこそ、記録しなきゃならない」
3
アミールはさらに資料をめくった。
そこには、ツアー参加者の“要望”が書かれたメモが挟まっていた。
「“動きの速い標的がいい”」
「“泣き声が聞こえる場所を希望”」
「“妊婦は追加料金でも構わない”」
アミールは目を閉じた。
吐き気が込み上げる。
だが、記者としての本能が、彼の手を止めさせなかった。
「ミロシュ、これは……世界に出さなければならない。
こんなものが存在したと、誰かが言わなければ」
ミロシュは、疲れ切った目でアミールを見つめた。
「分かってる。
だが覚悟しろ。
これを暴けば、あんたは“誰かの都合の悪い真実”になる」
アミールは資料を胸に抱え、静かに答えた。
「それでも、伝える。
この街で生きている人たちのために。
そして……もう二度と、こんな狂気を許さないために」
4
外に出ると、夕暮れのサラエボは赤く染まっていた。
遠くで砲撃の音が響き、空気が震える。
だがアミールの心は、奇妙なほど静かだった。
彼は知ってしまった。
“娯楽としての殺戮”が、実際に存在したことを。
命に値段がつけられ、弱者ほど高く売られたことを。
老人は“無料のボーナス”として扱われたことを。
その残酷な制度を、
彼は必ず世界に伝えなければならないと誓った。




