表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サラエボの丘  作者: はまゆう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/7

第3章 「価格表の存在」

1


アミールは、廃墟となった郵便局の地下室にいた。

そこは、包囲前に情報員たちが使っていた秘密の資料庫で、

今は瓦礫と埃に埋もれた“過去の亡霊”のような場所だった。


案内してくれたのは、元情報員のミロシュ。

彼は戦争が始まってから、何度も命を狙われたという。

その顔には深い皺が刻まれ、

「真実を語ることは、時に銃より危険だ」と言わんばかりの表情をしていた。


「ここに、あんたが探しているものがある」

ミロシュは、古い金庫の扉をこじ開けながら言った。


金庫の中には、湿気で波打った書類の束があった。

アミールは手袋越しに一枚を取り上げる。


そこには、信じがたい文字が並んでいた。


2


“狙撃ツアー・料金表(暫定版)”


アミールは息を呑んだ。

冗談でも、偽造でもない。

軍の印章が押され、日付も記録されている。


ミロシュが低い声で言う。


「欧米の富裕層向けの“娯楽”だ。

 あんたが聞いた噂は、全部本当だよ」


アミールは震える手で、料金表を読み進めた。


• 一般成人:8万〜10万ユーロ

• 子ども:最高額の入札対象

• 妊婦:特別枠として高額設定

• 高齢者:ボーナス扱い(無料)



数字が、まるで“ゲームの難易度”のように並んでいた。

命の価値が、金額で分類されている。

しかも、最も弱い者ほど高額に設定されている。


アミールの胸に、冷たい怒りが広がった。


「……これは、人間のやることじゃない」


ミロシュは静かに首を振った。


「いや、アミール。

 これは“人間がやったこと”なんだ。

 だからこそ、記録しなきゃならない」


3


アミールはさらに資料をめくった。

そこには、ツアー参加者の“要望”が書かれたメモが挟まっていた。


「“動きの速い標的がいい”」

「“泣き声が聞こえる場所を希望”」

「“妊婦は追加料金でも構わない”」


アミールは目を閉じた。

吐き気が込み上げる。

だが、記者としての本能が、彼の手を止めさせなかった。


「ミロシュ、これは……世界に出さなければならない。

 こんなものが存在したと、誰かが言わなければ」


ミロシュは、疲れ切った目でアミールを見つめた。


「分かってる。

 だが覚悟しろ。

 これを暴けば、あんたは“誰かの都合の悪い真実”になる」


アミールは資料を胸に抱え、静かに答えた。


「それでも、伝える。

 この街で生きている人たちのために。

 そして……もう二度と、こんな狂気を許さないために」


4


外に出ると、夕暮れのサラエボは赤く染まっていた。

遠くで砲撃の音が響き、空気が震える。

だがアミールの心は、奇妙なほど静かだった。


彼は知ってしまった。

“娯楽としての殺戮”が、実際に存在したことを。

命に値段がつけられ、弱者ほど高く売られたことを。

老人は“無料のボーナス”として扱われたことを。


その残酷な制度を、

彼は必ず世界に伝えなければならないと誓った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ