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サラエボの丘  作者: はまゆう


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21/22

第20章 「語り部の誓い」

1


包囲が解けて数年。

サラエボの街は、

再生と喪失を抱えながら、

ゆっくりと未来へ歩き始めていた。


アミールは、

その変化を記録し続けていた。


パン屋の匂い。

学校の笑い声。

広場のギター。

そして、

瓦礫の下に眠る名前のない記憶。


彼は気づいていた。


この街には、語られなければ消えてしまう物語があまりにも多い。


2


ある日、アミールは国連の記者会見に呼ばれた。

包囲戦の記録をまとめるため、

市民の証言を集めているという。


担当者が言った。


「あなたの記録は、

 市民の視点から見た最も貴重な資料です。

 ぜひ協力していただきたい」


アミールは静かに頷いた。


だがその胸には、

重い問いがあった。


――自分は、本当に語る資格があるのか。


3


その夜、アミールは丘の上に立った。

かつて狙撃手がいた場所。

かつて富裕層が笑っていた場所。


今は、

ただ風が吹き、

街の灯りが揺れているだけだった。


アディスが隣に立ち、

静かに言った。


「アミールさん、

 僕ね……

 あなたの本を読んで、

 “街は生き延びたんだ”って思った」


アミールは驚いた。


「本……?」

「うん。

 あなたが書いた記事を集めたやつ。

 学校の図書室に置いてあったよ」


アディスは続けた。


「僕たちの世代は、

 あの包囲を知らない子も増えてきた。

 でも……

 あなたの言葉で、

 “何があったのか”を知ることができる」


アミールは胸が熱くなった。


4


アディスは言った。


「語り部って、

 “過去を語る人”じゃないんだね。

 “未来に渡す人”なんだ」


その言葉は、

アミールの胸に深く刺さった。


語り部とは、

過去を抱え、

未来へ橋をかける者。


それは、

戦争を生き延びた者にしかできない役目だった。


5


アミールは家に戻り、

机に向かった。


白い紙を前に、

深く息を吸う。


そして書き始めた。


“私は語る。

 この街がどれほど傷つき、

 どれほど生き延び、

 どれほど再生したかを。

 私は語る。

 アディスの勇気を。

 ミレナの祈りを。

 マルコのパンの匂いを。

 エミルの黒板の文字を。

 そして、

 丘の上で笑っていた者たちの影を。

 語ることは、忘れないということだ。

 忘れないことは、生き続けるということだ。”


ペン先が震えた。

だが、その震えは恐怖ではなく、

覚悟だった。


6


夜が更け、

窓の外に街の灯りが揺れていた。


アミールは静かに呟いた。


「私は……

 この街の語り部になる」


その声は、

誰に向けたものでもなく、

街そのものに向けた誓いだった。


そしてその誓いは、

包囲を生き延びた街の灯りとともに、

静かに夜へ溶けていった。


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