悲しみ
二日後、私たちは箕輪家に向かっていた。今回は、雅さんも同行している。
四人で竜崎さんが運転する車に乗って黒い家に到着すると、そこには変わりない箕輪家があった。今日は優香さんと、それから幸太郎さんもいるはずだ。二人の前で浅山さんの除霊をする約束を交わしていた。
緊張した面持ちで祐樹さんがインターホンを鳴らすと、まず幸太郎さん、それから優香さんが顔を出した。
「こんにちは! よくいらっしゃいました」
以前私たちを追い出した時とは別人のように幸太郎さんは出迎えてくれる。その後ろにいる優香さんも、少し顔色が悪いものの微笑んで歓迎してくれていた。
彼女は結局、浅山さんが亡くなったということは知らない。今回は『とりあえず呪詛を解除するためにやってきた』という説明になっている。
私たちは促されて四人、リビングへ通される。相変わらず真っ黒な何かがうようよしており、初めて足を踏み入れた雅さんが眉を顰めて呟いた。
「なにこれ、吐きそうなくらいひどい家」
同感だ、と他の三人が頷いた時、優香さんがお茶を淹れるためにキッチンへ向かったのを竜崎さんが止めた。
「優香さん、お茶は結構です。それより早速こっちで、いいですか?」
「は、はい……」
私たちは立ったままリビングの中央に集まった。優香さんは心配そうに幸太郎さんに寄り添い、幸太郎さんはどこか緊張した面持ちでそれを支えている。
そんな彼らの正面に、私たちは竜崎さんを筆頭にして立っている。
「今日は、この真っ黒な家を何とかするために来ました。これから僕たちはいろんなことをしなくてはならないと思うのですが……まずは今回の件について、うやむやになっていることをはっきりさせませんか。呪詛を掛けている人が誰なのか、僕は知りたいんです」
「えっ……分かったんですか?」
優香さんが声を震わせて尋ねる。その横で、慎太郎さんは顔を固まらせていた。
竜崎さんはそんな二人を見据えて頷く。
「優香さん。あなたに呪詛の心当たりを尋ねたとき、真栄田さんという女性、それから浅山さんという友人を挙げてもらいましたね。それからいろいろあって、僕たちの調査報告をあなたに出来ていませんでした。
まず、真栄田さんは呪詛を掛けている可能性は低いです。彼女は他に相手がいて、結婚して寿退社をしているからです。結婚までしている人が、幸太郎さんに呪詛を掛けることはまずないでしょう」
「そうなんですか……じゃあ……」
「浅山勝也さん。彼はすでに亡くなっています」
「……え?」
優香さんの唇からわずかに空気が漏れた。幸太郎さんが私たちを咎める視線を送ってきたが、竜崎さんは気にせず話を続ける。
「交通事故だったみたいです。優香さんはご存じなかったようですが、幸太郎さんは知っていたいみたいですよ」
優香さんはふらりと倒れそうになるのを何とか踏ん張り、幸太郎さんの腕を摑んで訴える。
「そうなの……? どうして言ってくれたなかったの? 浅山くんが、な、亡くなっていたなんて」
「……ごめん。言うべきだとは思ったんだけど……」
「……じゃあ、うちにいた男性の霊って、本当に浅山くんなの? まさか、でも……」
「優香。実は俺は一人で葬儀に行ったんだ。でも浅山の死を知らなかった君は葬儀に参加していない。もしかして浅山は、それを恨んでいたのかも……だから優香を呪っていて」
「まさか!!」
優香さんは家中に響き渡るような大きな声を出した。友人の死を知らされずにいた事実に戸惑っているのだろう。竜崎さんが割って入る。
「落ち着いてください優香さん。ここに浅山さんの霊がいるのは間違いないんです。彼は花音にもついて回り姿を現していますからね。ただ……呪詛の根源は浅山さんではない」
竜崎さんがそういうと、幸太郎さんが驚いて目を見開いた。
「え!? そんな、だって浅山だろうって話になったんじゃ……!!」
「んー何から話そうかなあ。話したいことがたくさんあるなあ」
竜崎さんはマイペースにそんな独り言を言いながら悩み、頭の中を整理するように腕を組んでぼんやりとどこかを見上げた。
「まず、この家の状態から説明させてくれませんか。あなたたちには見えないと思いますけど、僕たちから見るとここは真っ黒なんです。僕、それなりに仕事をこなしてきたけどこんな家はかなり珍しい。強力な何かがこの家を覆って優香さんを攻撃している……そんな感じなんですね。
僕が優香さんにヒトガタをあげてそれが変色したことで、呪詛の影響があることは確定しています。でもね、いろいろ疑問があるんですよ」
竜崎さんは幸太郎さんたちをじっと見た。
「花音はここにある黒いモヤが、人影になって襲われそうになった経験があります。つまり、呪詛は優香さんに限定していない。じゃあもしかして家自体に呪詛が掛かっているのかもしれない、と思ったんですが、そうなると幸太郎さんが無傷なのが不思議でならない。
一つ可能性があるとしたら、幸太郎さんの守護霊がえげつないもので守ってくれてるのかなって思いました。稀にそういう人っているんですよね、生まれつきやたら強運で絶対に不幸を呼び寄せない人種が。
だから僕はあなたに『昔から自分が異常に運がいいなとか、そう感じたことはありませんか?』って質問をしたんですけど、幸太郎さんは普通の人生だったって証言してる。なのでこの案はなし」
これは竜崎さんと祐樹さんが序盤から不思議に思っていた出来事だ。黒いモヤは珍しいし、呪詛が優香さんに限定的でないこともおかしいと。
祐樹さんがバトンタッチしたように続ける。
「ここで浅山さんの霊がいるってことが判明したんで、一度は納得したんすけどね。呪詛を掛けていた人間が死んでしまったことで呪詛がとんでもなく強まったから、家はあんな風に真っ黒。なおかつ、浅山さん自身が霊となって取り憑いているから、花音がこの家の外でもいろいろちょっかい掛けられたのかなーって。でもそれは間違いなんじゃないかって話が一昨日、出たんですよねえ」
「一昨日……?」
優香さんが首を傾げたところで、竜崎さんと祐樹さんが私をちらりと見た。私は意を決して前に出ると、風呂場で見たことを彼らに証言する。
「……浅山さんの霊を見ました。それまでは手だけとか足だけだったんですが、初めて顔が見えて……事故に遭ったためか凄い怪我でした。でも私はそれより、彼の言葉と表情が気になりました」
ゆっくり目を閉じると、一昨日の光景が瞼の裏に甦ってくる。窓の外にいた浅山さんは血だらけのまま、とても悲しい顔をしていた。そして泣きそうになりながら私に訴えかけていた。
『聞いてほしい……俺は違う……聞いて……』
その悲しいオーラは、私を飲み込んでしまいそうなほど深く凄まじいものだった。




