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犯人


 

 以前、私がアパートに荷物を取りに帰った時、赤ん坊の霊を見たことがある。彼らはとても悲しそうで寂しそうに見えたのでそれを竜崎さんに伝えると、『そういう主観は大体合ってるから大事にね』と言われたことがある。


 竜崎さんの言葉通りだとしたら、私は浅山さんは人を呪ってなんかいないと思った。


 ただひたすら悲しんで、自分は潔白だと訴え、そして私にあることを願っていた。たった一瞬のことだったけれど、私は確信したのだ。それを竜崎さんたちに伝え、もう一度考え直そうという結果になった。


 祐樹さんも昨日丸一日、再び外に調査にでて、新たな情報がないか走り回っていた。


 そこで私たちは、新たな可能性に辿り着いた。


……でももしこれが合っていたとしたら……。


「花音の体験を聞いて、もう一度しっかり考え直してみました。そしたら、気づかなかった自分に呆れたんですが、浅山さんは悪霊なんかではないという結果にすぐ辿り着きました」


「でも、安藤さんは怖い思いをされたんじゃ……」


 優香さんが恐る恐る尋ねてきたところ、竜崎さんはそれだ、と言わんばかりに頷いた。


「花音の体験としては、この家でトイレから出た後、黒いモヤが人影に変化し襲われそうになった。その際、真後ろには男と思われる霊がいて花音の裾を掴んでいた。


 それと、この家から帰ろうとした時車の中で金縛りにあい、両足首を男の手で掴まれ、解けた瞬間飛び出して轢かれそうになった……という点なんですが、これ普通に考えてこう思いませんか? 『浅山さんは花音を止めようとしていた』」


「あ……」


 優香さんは気づいたように小さく声を漏らした。


 そうなのだ。怖い体験だとひとくくりにしてしまったが、あの男性の手足はいつも私を止めようとしていた。霊に引っ張られやすい私を抑えるようにしてくれていたのだ。浅山さんは私にちょっかいをかけていたわけではなく、あの黒いモヤや道路に飛び出すことから必死に守ってくれていた。


 会ったこともない私のことを。それは彼の人柄を表していると思う。


「それと……よく考えてみると、浅山さんが優香さんだけを呪う理由がわからないんですよ。幸太郎さん、あなたの話ではどうでしたっけ」


 突然話を振られた幸太郎さんは、視線を泳がせながら答える。


「浅山は優香に昔フラれていたので、想いをこじらせたのでは、と……それに、俺は浅山の葬儀に出たけど優香は出ていないから、何も知らない浅山が怒ったのかな、って」


「長年の片思いをこじらせる線はあると思いますが、そうなら普通、優香さんだけではなくて幸太郎さんのことも恨むのでは? 浅山さんから見たらあなたは好きな人を取った相手なんですからね。


 それと、葬儀の件も一旦僕は納得したんですが、馬鹿でした。なぜなら、僕たちが想定していたのは『生前浅山さんが優香さんに呪詛を掛けていて、亡くなったことで力が増して家が真っ黒になるほど強力になった』という話でした。


 葬儀に出ないことで怒ったとしても、その時はもうこの世の方ではないので、呪詛を掛けるのは無理なんですよ。『呪詛を掛ける』と『取り憑かれる』では全く違うんです。彼が生前、優香さんだけを呪う理由は思いつかないんですね」


 二人は顔を青くして黙り込む。何も言葉が出ないようだった。


 竜崎さんはそんな幸太郎さんにずいっと顔を寄せ、ポンと肩に手を置く。


「浅山さんは確かにこの家に棲んでしまっていますが、悪い物ではないようです。さて、では呪詛は誰が掛けているのか? なぜこんなに家が真っ黒になるのか? なぜあなたは無事なのか……?」


 口角を上げ、囁くようにそう言った。幸太郎さんは答えない。


「まず真実だけを挙げていきましょう。花音はこの家の黒いモヤに襲われかけた。つまり呪詛は優香さんだけに限定していない……さあ、話がもう一度はじめの疑問に戻ってきましたね。結論はこうです……家全体が呪われている」


「で、でも幸太郎が無事なのがおかしいって……」


 狼狽える優香さんの方を見ずに、竜崎さんは幸太郎さんから目を離さない。


「そうですね、おかしいですね。

……持ってますよね? 呪いを弾き飛ばすような、護符やお守りなどを。あなたはこの家の呪いをかけて、でも自分は無事でいられるように身を守っていたんですよね」


 幸太郎さんの表情は無のまま、動かなかった。


 優香さんは幸太郎さんの顔を見上げたまま、瞬きすら忘れている。


「……え? 幸太郎? ……え?」


 優香さんの震えた声が出る。そこへ、祐樹さんが言いにくそうに声を出した。


「あー昨日、一日かけてもう一回調べてきました。同僚だった真栄田さんという女性にコンタクトが取れたので電話で話を伺ったんですが……こう言ってました」




『はい、真栄田恵は私です。……え? ああ、はい、寿退社しています。今は結婚して引っ越したので穏やかに暮らしています……


 いや、その名前はもう聞きたくないですね。あの人、私が職場のみんなに配ったバレンタインのチョコを勘違いして受け取ったみたいで、半分ストーカーみたいな感じで……


 何度もそういう気はない、って、彼氏がいるんですって言っても聞かなくて、自分は奥さんと離婚するから俺と結婚しよう、とか頭おかしくて……怖くて今の夫と結婚して退職したんです。あの人、またなんかやらかしたんですか? やっぱり奥さんに本当のことを言えばよかったかな。でももう関わりたくなくて……』




 

 幸太郎さんは拳を握りしめ、震わせていた。


 祐樹さんと真栄田さんの電話は私たちも聞いていた。真栄田さんは幸太郎さんのしつこいアプローチにうんざりして退職していたのだ。


 好きだったのは幸太郎さんの方。彼は優香さんのことが好きだなんて、私たちに嘘をついていた。


「ちなみにですけどー……今の真栄田さんの住んでいる場所は、偶然にも浅山さんの葬儀の場所と近かったんですよねー。優香さんに内緒で葬儀に行ったのは、帰りに真栄田さんの様子を見に行きたかったんじゃないですか? もし見つかって問い詰められても、友人の葬儀でたまたま来ただけだって言い訳になりますしね」


 祐樹さんは、心底幻滅したような目で幸太郎さんを見ながらそう言った。優香さんは幸太郎さんの顔を覗き込んで彼の返事を待っているが、何も答えない。


 竜崎さんが続ける。


「幸太郎さんの狙いは恐らく、優香さんとの離婚でしょう。呪うことで優香さんを追い詰めて心神喪失させ、それを理由にすれば優香さん有責で離婚が出来る。自分が他に好きな人が出来たから離婚……ではいろいろと面倒ですからね。妻が霊感商法に引っ掛かって言うことを聞かない、病院にも連れて行ったのに……となれば、世間はあなたに同情しますから」


 優香さんは信じられないとばかりに小さく首を横に振り、ただ幸太郎さんの横顔を見上げている。それを見つめ返すことを、彼は出来ない。


「狙い通り優香さんは怪奇な現象に悩まされ、僕たちを呼んだ。幸太郎さんがはじめ僕たちを追いはらおうとしたのは、呪詛を解かれたら困るから。だが、そのときにはすでに優香さんに呪詛の話をしてしまった後だと判明……このままでは呪詛に怯えた優香さんが、自分の知らないところで専門家を呼んで呪詛の解除をしてしまうかもしれない――


 そこで呪詛の原因を浅山さんのせいにすることを思いついたんですね。男性の霊がいる、ということを優香さんから聞いて、驚きつつもこれを使うしかないと思ったんでしょう」


「……俺は……」


「浅山さんの霊を消してもらって、その後一旦自分が掛けた呪詛を解除しておいて僕たちの仕事を終わらせ解決を装う。そしてまた忘れた頃に呪詛を掛け直してさらに優香さんを追い詰めるつもりだったんでしょう」


「違うんです、俺は……」


「失礼します」


 竜崎さんはそう言うと、躊躇いもなく幸太郎さんが着ていた上着の中に手を滑り込ませた。もう足掻いても無駄だと観念したのか、幸太郎さんはされるがまま突っ立っている。そして、竜崎さんは幸太郎さんが着ていたジャケットの裏ポケットから何かを取り出した。


 それは小さな紙だった。


 黙って見ていた雅さんが呆れたように言う。


「邪気払いで有名なS寺院のものね。まあそれがあれば、少しの間くらいならこの黒いモヤに負けずにいられるでしょうね。動かぬ証拠……ってわけだ」


 汚いものを見るような目で幸太郎さんを見下し、顔を歪めた。


 優香さんを呪っていたのが、幸太郎さんだったのは間違いないのだ……。

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