第25話【ジータス VS 偽善】
――【次元の狭間 黒の海岸】
黒い空。それは夜ではなく、宇宙や星といった天が存在しない、ただの『無』。
ジータスが飛ばされた狭間、降り立った地は砂浜――海岸だ。
プランクトンでもいるのだろうか、辛うじて青く発光している海。遠くまでは見通せない。
その仄暗い空間に、二人が対面している。
「……あまりテンション上がらないビーチっすねぇ」
「いやはや、全くです」
適度な距離を保ちながら、先ほどまでバチボコに闘っていたはずの二人は、落ち着きを取り戻していた。
「きみがここに連れてきたんしょ? もっと良い場所に移動して闘わない?」
既に獣化状態のジータス。戦闘意欲は十分のはずだが、変わらぬ猫の表情からは、心情が読み取る事が出来そうもない。
「あ、いえ、幻想転移を行ったのはボクではなくて、ボクの仲間です。ですので、恐らく決着がつくまではここから出られませんよ」
「あー、そうなんすね。というかイマジンワープって名称カッコいいすね」
なぜか照れくさそうに、クセの強いパーマ頭をくしゃっと握る敵――通称『偽善』。
「そ、そろそろ始めましょうか」
マフラーを外し、デニムジャケットをゆっくりと脱ぎ、右肩だけが露出しているベージュ色のロングスリーブが露わになる。
ホワイトカラーのパーマはふわっと柔らかく、どこからか吹いてくる風に揺れた。
その肩に掛かる髪もボリュームがあるが、前髪も長いため、偽善の眼は隠されている。
「俺……背けっこう高い方だと思ってたんすけど、あ、183cmね。同じくらいの身長だからさ――もしかしてだけど」
ジータスも同様に、ゼブラカラーのライダースジャケットを脱ぎ捨て、エアー入りシューズを砂浜に馴染ませる。
腰に手を当て、バンバンッと地面の硬さを確認し、スッと顔を上げた。
「いや、何でもないっす。ごめんね――」
「いえ、闘いづらかったら申し訳ないです――」
同時に跳躍。空中で互いの脚が交差すると、その衝撃が反動となり再び後退した。
鋭い爪をギラつかせ、ジータスは目にも止まらぬ速さで斬撃を連発する。
足場が悪いこともあり、ステップから大きくバク宙で回避する偽善。
対空チャンスと見たジータスは、猫の華麗なる跳躍で一気に間合いを詰め、更に斬撃を見舞う。
咄嗟に右手を突き出した偽善は、白いオーラを集中させ、能力を発動――
「――『死へ誘う呪いの回転木馬』」
腕を伸ばし、爪を対象へ向けたまま、空中でピタッと張り付いたように静止した。
そしてそのまま、自身を中心として世界が回りだす。
「……う、うおっ!?」
ギュルルルルル……!!
「(これは……金縛りか? んんん全身がちぎれそうだッッ!!)」
ブシッ……ブシッ……。
最早プロペラのように完全な円となり、辺りに流血が飛び散る。
遠心力が人体に与える影響は多大で、たとえ獣化しているとはいえ、到底耐えられる代物ではない。
「……終わり、ですかね」
好敵手の悲惨な最後を視界に入れないよう、踵を返した偽善。
「いーや、まだだぜ」
「ッ!!」
ブオォォォォンッッ!!
大旋風を巻き起こし、砂浜へ着地したジータス。
だがその右腕は、自身の左手の爪によって貫かれ、激しく損傷していた。
「……(ごくっ)」
生唾を飲み込み、手負いの獣を見つめる偽善。自然と汗が流れ落ちる。
「バードストライクっていうの? あの飛行機とかの……アレな」
「……回転を止めるために自ら……あなた、覚悟が決まり過ぎですよ」
偽善の能力は必中であり、これまでの誰に対しても有効であった。
しかしこれが、覚醒して以来、初めての出来事となる。
「たまたまさ。普段あまり見ないニュースで飛行機の特集やっててね。離陸直後とか着陸直前の鳥がほんと危ないらしくて――」
痛みは、ある筈だ。
「――魔の11分。『クリティカル・イレブンミニッツ』って言うらしいよ」
それなのに、どうしてこうも流暢に話せるのだろうか。
語りながら近づいてくる猛獣に対し、偽善は困惑している。
「じゃあ、第二ラウンドといこう。俺の速度はまだまだこんなものじゃないぜ」
ジータスの全身が激しく発光する。
それを見て、瞬時に偽善も両手を前に突き出し能力を発動。
「――ッ『侵入する破壊蝋』」
ギィィイインッ!!
「ッ! 弾か――」
「遅ぇ」
偽善の能力始動時を狙い、左腕一本でオーラをぶつけて打破し、瞬間……姿が消える。
「必殺――『クリティカル・ラピッド』」
ギッッッッ!!
アナログ時計を彷彿させる12方向からの一撃。
反撃が間に合わない。
刹那、偽善の脳裏に死が過る……が――
ピタッ!!
技を停止させた勢いで、偽善に覆い被さるように倒れ込むジータス。
ドサッ――
「……?」
すんすんすん……。
猫の嗅覚が、ある香りを捉えた。
――ジータスは獣化を解く。
猫の覆面、驚きの形相で、その口元はだらしなく開いていた。
「……失礼しやす」
顔を傷付けないよう、そっと偽善の前髪を持ち上げる。
その潤しい瞳は、ジータスの心にクリティカルダメージを与えた。
「あの……彼氏いますか?」
「……え?」
武士道、闘いの心得、漢の道。
ジータスの予感が確信に変わった。
「あの……俺、彼女募集中なんですけど……」
無意識に、偽善の右手を左手でギュッと握る。
さしずめ、その時の効果音はトゥンク♡だろう。
戦闘意欲は完全に削がれてしまった。
倒されたまま、顔を見ないように首を横にして背け、心情を伝える。
「……殺してください」
「ばっ、もったいな……いや、俺はレディーを傷付けることはしない主義なんすよ」
複雑な心境を抱えた偽善に対し、下心が見え隠れするジータス。
重傷の右腕を隠すように、握った手で偽善の上体を起こした。
「俺はジータス。せっかく出会ったんだし、名前教えてよ」
「せっかく……ですか」
敗北感より虚無感が感情としては近いだろう。
偽善のこれまでの人生において、このアプローチは最大級の許しとなる。
――【次元の狭間 黒の海岸 波打ち際】
『ビースト』と『ダーク』。それぞれの使命があり、それは命を賭しての闘いだった。
……だからこそ、それは有り得ない光景だった。
ザザーン……。
波打ち際。特に煌めいたものは何一つない次元の狭間。
その中にある唯一の光。それも僅かな、海の光。
存在しない地平線を眺めながら、二人は両膝を抱え、並んで座っている。
「ボクの名前は『蘭堂アカリ』と言います。今から2年前の7月。父と母は会社を経営していましたが、側近の裏切りによって海外資本の商社に乗っ取られ……両親は責任を感じて自害しました」
「それは辛ぇ……」
獣化した影響で、ジータスの右腕に空いた爪痕は早くも塞がっていた。
「……正直者で、正義感の強い父と母だったので。ボクはその頃はまだ大学に在学中で、当然ですが受け入れられませんでした」
「うんうん」
聴きに徹するジータス。相槌は欠かさない。
「ボクは会社の手伝いでセキュリティを担当していたのに、気付けなかったんです。ハッカーの仕掛けたウイルスに」
両手の指を絡めて、膝に顔を埋める偽善――もとい、アカリ。
「沢山勉強して、裏ではホワイトハッカーとしてもひっそり活躍していたボクが……たった一度のミスで両親を死に追いやったんです」
「……本気でそう思ってんの?」
知識は無くとも、敏感に感じ取るジータス。
くるりとジータスの方へ顔を向けるアカリ。涙の跡が鮮明に見えた。
「……ウイルスに嫉妬しました。なんでそこまで優秀なウイルスが作れたのかって。ボクが思いもつかない発想で、セキュリティを難なく貫通して……ボクは……ボクはその時に歪みました」
「そっか……」
難しい話でも、真剣な眼で彼女の眼を見続ける。
「『毒を持って毒を征する』。ボクは相手の作る優秀なウイルスに思考を持っていかれました。この技術があれば、ハッカーとしてより多くの企業に先手が打てる、倒したい人を倒し、守りたい人を守れると」
「うん」
そこで、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
すかさず、ずりずりとジータスがそっと近づいて肩に腕を回す。彼なりの慰め方である。
「そして……父と母が、心から居なくなっていることに、気付いてしまった……のです」
「……」
――それが『偽善』を生んだ。
自分にとっての善。必要悪。
誰かのために彼女が動けば、誰かが傷付き、誰かが救われる。
止まらない悲しみの連鎖。
「グスッ……聴いてくれてありがとうございます」
「こちらこそ、話してくれてありがとう」
ジータスは律儀だ。計算では動かないタイプだし、損得勘定も無い。
ただ、そこに困っている人がいれば救いたい、ノバディフラワーの原点。
そんな彼にも質問が飛んだ。
「ジータスさんは、どうして歪んじゃったんですか?」
「え、俺? 俺も話していいの?」
コクコクと頭を縦に振るアカリ。その前髪でもう眼は見えない。
「いやぁ、18の時にさ、世界一速くギター弾きてぇって思ってたら左手怪我しちゃって……あ、俺左利きね。んで右手でもいいかって練習しまくったけどやっぱ左手より動きが遅くてさ」
こいつは何を言っているんだ。
「毎日毎日、速さを追求して極めようとして……挫折と葛藤を繰り返してたら、なんか勝手に歪んでたんだよね。速度への歪み。多分世界中の誰よりも追求しちまったんだろう」
「……全然ボクとジャンル違うなぁ」
「えっ?」
アカリが笑った。
これはひょっとしたら……ひょっとするのかもしれない。
偽善です。本名はアカリと言います。
友達はいません。もちろん彼氏もいません。
でも仲間はいます。それもかなり怖い人達の集団です。
ジータスさんは良い人……良い猫? です。
さて、皆さんには感想や☆評価、ブックマークなどのご協力をお願いします。
まだまだボクの活躍……ご期待くださいね。




