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「ここは?」
「おまえのほうこそ、ちゃんと捜査してないんじゃないか?」
堂島に、さらりと嫌味を言われた。
どこかの会社のようだ。住所でいえば、恵比寿南になる。それなりの規模のオフィスビルがそびえていた。
「あ」
思い出した。第二の被害者である小野拓海が勤めていたIT企業の入っているビルだ。
しかし被害者の周辺は、すでにべつの捜査員(本庁一課)があたっている。被害者同士のつながりはないし、そもそも通り魔なのだから、そこまで詳しく捜査する必要はないはずだ。
「なにを調べるんですか?」
どうやら堂島は、通り魔だから被害者を調べる必要はない──という考えに反対しているらしい。
「過去だ。なんでもいいから情報を集めてこい」
そう言われて、堂島に背中を叩かれた。
予想どおり、自分だけで行かなければならないようだ。仕方なしに、一人でビルに入った。
マル害の勤めていたIT会社は、五階になる。警察手帳を提示したら、小野拓海の上司だという女性が応対してくれた。
「小野さんのことでしたら、このあいだお話ししましたけど……」
「もっと詳しくお願いします」
「どのようなことでしょうか?」
「なにか、トラブルを抱えていたということはありませんでしたか?」
「以前にお伝えしたとおりです」
思い当たることはないのだろう。
「たとえば……最近ではなく、ここに入社した当時のこととか」
「え? 七年ぐらいまえになりますが……」
不思議そうな顔になった。さすがにそんなむかしのことが事件に関係しているとは考えられないのだ。聞き込みにきた捜査員から通り魔だと説明をうけたのか、それとも報道を見て思い込んでしまったのか……。
堂島の推理どおりなら、たしかに通り魔だと決めつけた初動捜査のミスになる。
「なにかトラブルにつながるようなことはありませんでしたか? どんな些細なことでもいいので……」
女性上司に思い当たっている様子はない。
「だとえば……」
一人目の被害者・大竹信二のケースを当てはめてみた。
「職場でいじめがあったり……それを小野さんが告発したようなことは……」
突拍子もないことだったのか、上司の眉間には皺が寄っていた。
「……そのようなことはありませんが」
この職場にとっては不名誉なことを質問していることになる。気分を害するのも仕方のないことだ。
「……ありませんが……じつは……」
雅樹の懸念に反して、ほかに思い当たることがあったようだ。
「なにかあるんですか?」
「うちの会社に入るまえのことなんですが」
女性上司が、そのことについて語りはじめた。
小野拓海は、この会社に就職が決まるまえに、じつはべつの企業から内定をもらっていたそうだ。だが、それを会社側の一方的な事情で取り消されてしまった。
その実情をSNSで訴えたところ、かなりの反響があったらしく、その会社には批判の声が殺到することになった。結果、その企業はブラックのレッテルをはられ、しばらくのあいだ炎上したようだ。
「その騒動をうちの社長も知り、ならばと小野さんをうちで雇うことになったんです」
ブラック企業を告発……。
「その会社は、なんという名前なのかわかりますか?」
「なんだったかしら……角田なんとかだったと思います」
炎上騒動になったということは、調べればすぐに正式名称はわかるだろう。礼を言って雅樹は外で待っているであろう堂島のもとへ急いだ。
が、どこにも彼はいない。数分間、周囲をさがした。一人で帰ってしまったのかもしれないと、あきらめかけたとき──。
「ん?」
近くのファーストフード店の窓から、堂島が手招きしている姿をみつけた。
ため息をつきながら、雅樹は堂島と合流した。
「で、なにか収穫はあったか?」
あくまでも横柄に、堂島はたずねてきた。
「……小野拓海さんも、告発した経験がありました」
慎重に発言した。二人の被害者が同じような境遇をもっていた。奇妙な一致だ。
雅樹は、堂島にいま聞いたばかりの情報を説明した。
「どう思いますか?」
「いけるな」
「は?」
どうやら堂島は、いま飲んでいるフルーツシャイクについて感想をのべているようだ。
「真剣に聞いてください!」
さすがの雅樹も憤慨せずにはいられなかった。
「そう怒るなって。ちゃんと聞いてるよ。その話のとおりなら、おもしろいことになりそうじゃないか」
「……不謹慎ですよ」
堂島は、顔にも不謹慎な笑みを浮かべていた。
「それじゃあ、三人目も調べようか」
「もしかして……」
同じように、なにかを告発しているのだろうか?
「調べてみればわかるだろ」
堂島は飲みながら、催促するような視線を向けていた。
三人目の被害者について説明しろ、と。
「ええーと、樋口健司さん。年齢は三三歳。雑誌記者」
記者ならば、なにかの告発をしている可能性は大いにある。
「出版社は?」
「鳳凰堂です」
大手の出版社だ。文学作品からファッション誌、ゴシップ週刊誌まで網羅している。
「じゃあ、行ってみるか」
堂島が飲みおわるのを待ってから、その出版社へ向かった。
鳳凰堂は神保町にある。
受付で用件を伝えると、真田という編集者が応対してくれた。空いている会議室のようなところに通された。
「さっそくですが、樋口健司さんについて、お話を聞かせてもらいたいのですが」
雅樹は切り出した。しかも今回は、もっとピンポイントで質問することにした。
「樋口さんは、過去になにかを告発をしたことはありませんでしたか?」
「告発?」
「記者だったんですよね? そういう記事を書いたことはないですか?」
「あ、いえ……樋口さんは『散歩と旅』という旅行雑誌の記事を書いてもらっていました」
戸惑ったように、真田は言った。
「旅行雑誌……ですか?」
「はい」
予想がちがっていた。もっとジャーナリズム豊かな記事を書いていると思ったのだが。
「記者ってのは、ここの社員なのか?」
唐突に堂島が発言した。今回は同席している。
「いえ、社員ではありません。ですが、雑誌にとっては欠かせないスタッフでした」
フリーの記者という立場で仕事を依頼していた流れで、そのまま専属となっていた。
「じゃあ、ここでつかうまえに、どんな記事を書いていたのかは?」
「たしか……カメラマンの紹介でしたので」
もともと樋口健司氏の活動を知っていて執筆の依頼をしたわけではないようだ。
「そのカメラマンは?」
真田からその人物の連絡先を聞いた。
出版社を出ると、すぐに電話をかけた。
「もしもし、私は新宿警察署の村瀬といいます」
いつものように「新」は省略した。電話ではとくにわかりづらくなる。
用件を手短に伝え、会う約束をとりつけた。新宿駅ビル内にある有名コーヒーショップで待ち合わせをすることになった。
出版社ではめずらしく聴取に立ち会っていたが、新宿駅につくと、用事があると言って堂島は姿を消した。期待もしていなかったので、待ち合わせ場所のコーヒーショップへ一人で向かった。世界的にも有名なチェーン店だ。テーブル席はそれほどあるわけではないが、ほとんどの客が持ち帰りなので何席かは空いていた。
あたりをキョロキョロと見回している客がいたので、すぐに彼だと判断した。
「あの、坂本さんですか?」
「はい」
四十歳前後の男性だった。
カメラマンにもいろいろあるだろうが、アーティスト思考の強い雰囲気はなく、温厚そうな外見をしていた。
「村瀬です」
警察手帳を提示しながら名乗った。
「亡くなった樋口健司さんについて、お聞きしたいんですけど」
「犯人は捕まってないんですよね……なんてひどい」
「樋口さんを鳳凰堂に紹介したのは、坂本さんなんですよね?」
「そうです」
「編集の方は、過去に樋口さんがどのような記事を書いていたのか把握されていなかったのですが、坂本さんはご存じですか?」
「過去の活動についてですか?」
「はい」
「樋口君は、戦場記者志望だったんですよ」
「戦場記者……」
ならば、なにかしらの告発をしている可能性が高い。
雅樹は、そのことを質問した。
「……どういうことをですか?」
「どういうことでもいいんです。だれかを告発した……個人じゃなくても、企業、組織、なにか思い当たることはありませんか?」
「そういえば……もとはネットニュースで記事を書いていたことがあるんですよ。ほとんど収入にはなっていなかったと思いますが」
一つの記事で数百円程度が相場らしい。樋口健司氏も、それは稼ぐためではなく、将来のためのステップアップのために書いていたそうなのだが、そのときに医療関係者へ取材をしたという。
「どんな内容だったんですか?」
「さあ、そこまでは……ただ、いろいろとあったようで」
結局、その記事が発表されることはなかったようだ。その少しあとに、鳳凰堂から旅雑誌の記事が書けるライターがいないかと相談をうけたので、樋口氏を推薦したという。
「実力があったのは知っていたので、自信をもって紹介しました。報道系志望だったので紀行文で満足してくれるかは心配でしたが、雑誌にも定着して安心していたのに……」
「そうですか……」
「でも、もうそっちのほうはやりたくないって言ってました」
「え? そっちって……」
「報道系のことだと思いますけど」
「理由を聞きましたか?」
「会話の流れでは、医療関係者とのトラブルだと私は解釈しましたけど」
相当イヤな思いをしたか、恐怖を感じたということだろうか?
そこのところを調べる必要がありそうだ。
「あの……その話をもっと詳しく知っていそうな人物はいませんか?」
「塚田さんなら……」
しぼりだすように、その名前を思い出してくれた。
「一度だけ飲みに行ったことがあるだけですけど、その女性なら」
彼自身は一度しか面識がない、という意味のようだ。
「樋口さんの恋人ですか?」
「そんな感じもしましたけど」
「連絡先は?」
坂本は首を横に振った。
しかし親しい女性ならば、すでに捜査で名前があがっているかもしれない。雅樹は礼を言って、コーヒーショップを出た。
堂島をさがそうかとも思ったが、新宿駅は人の数が多すぎる。あきらめて署にもどった。
捜査本部に到着すると、三人目の被害者・樋口健司の交友関係に塚田という女性がいるかを調べた。
残念ながら、そういう名前はなかった。というより、ほとんど被害者の人間関係は調べられていなかった。通り魔と決めつけた初動捜査のまちがいだ。
いや……堂島の推理がただの杞憂で、捜査方針こそが正しいのかもしれない。
「どうだった?」
のんびりとした様子で、堂島がもどってきた。
「樋口健司さんは、医療関係の取材をしていたみたいです。塚田という女性から、その話を聞かせてもらおうと思ってるんですけど」
「そうか……」
「ん?」
めずらしく、堂島の表情が曇っているような気がした。
「どうかしたんですか?」
「塚田と言ったな?」
「は、はい……そうです」
「その塚田が、おれの知っている女性と同じなら、もうこの世にはいない」
「え?」
「塚田という女性は死んでいる」
「どういうことですか?」
「現場に立ち会った」
「……事件ですか?」
「事故として処理はされた」
その言い方には、ふくみがあった。
「事故ではない、ということですか?」
「どうだろうね」
あいかわらず不謹慎な笑みを浮かべながら、堂島は答えていた。




