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エピソード7:フタリボシの告白②

 その後、18時から仕事がある政宗と西公園の入り口で別れたセレナは……1人、商店街の方を目指して歩き始める。そろそろ着用しているこの浴衣を返却しなければならないし……今は、1人になりたかったから。

「ムネリン、仕事頑張ってね。あ、何かあったらすぐに連絡するけんね!!」

「ありがとう。セレナちゃんも気をつけて。また明日ね」

 こう言って歩き出した彼の背中をしばらく見送ってから……セレナもまた、その場から離れようと思って……ふと思い立ち、スマートフォンを取り出す。そして、ユカに向けて手短にメッセージを送ってから……地図アプリを起動して、浴衣を借りた呉服屋までの道を確認した。

「えっと、ここを……とりあえず真っ直ぐやね」

 土地勘のないセレナにとって、この地図アプリは生命線だ。画面に表示された所要時間は約15分。のんびり歩いて時間を潰しながら……頭を整理するには、丁度いいかもしれない。

 1人で仙台の街を歩くのは初めてだ。不安は残るけれど、今は誰も頼れない。

 それに今は……誰も自分を知らない場所で、1人になりたかった。

 1人でいないと、きっと……気持ちを切り替えて、ユカと接する事ができないから。

「よしっ!! まずは着替えて、どこかで休憩でも――」


「――は、橋下さんっ!?」


 1人で出発しようと思っていた矢先、唐突に人並みの中から声をかけられ、出鼻をくじかれたセレナは思わず周囲を見渡した。

 そして、自分に向けて近づいてくる駆を見つめ……目を丸くする。

「駆っち、どげんしたとですか?」

 近づいてきた彼をその場で出迎えて首を傾げると、セレナの前に立った駆は決まりが悪そうに視線を泳がせながら、どこか照れくさそうに返答した。

「あ、いや……その、橋下さんをみかけたから……」

「私を? あ、まだ浴衣やけんね……大丈夫、今から返しに行こうと思ってたんです。着て帰ったりしませんからっ!!」

「そ、そんなこと心配してないから!!」

 慌てて頭を振った駆は、ふと……こんなことを尋ねる。

「あ……じゃあ、朝に着替えた店の場所分かる? ここから少し離れてるけど……」

 駆の言葉に、セレナは「ムフフ」と含み笑いを浮かべながら、スマートフォンを突き出した。

「コレを見れば大丈夫ですっ!! 私、そんなに方向音痴でもないんですよ」

「あ、そ、そうなんだ……そっか……」

 セレナの言葉に駆は少し気落ちした後……1人でもう一度頭を横に振って、セレナを真っ直ぐに見つめる。

「駆っち……?」

「あ、あの……橋下さん!!」

「セレナでよかですよ。何ですか?」

「セ、セレ……!?」

 駆はセレナの名前をモゴモゴと口の中でこねくり回した後……意を決して、口を開いた。


「よ、よければ俺と、どこかでお茶しませんか、セレナっち!!」


「……はい?」


 予想外の申し出に目を丸くしたセレナは、駆をまじまじと見つめることしか出来ない。

 一方の駆は、己の言葉選びを痛烈に後悔しながら……それでもセレナから目をそらさずに、彼女の答えをじっと待っていた。

 セレナはその場で少し考えた後……特に断わる理由もなかったため、「私は大丈夫ですよ」と首肯する。

「でも、駆っちは仕事なんじゃ……」

「きょ、今日はもう終わりだから大丈夫!! なんか……その、いきなり声かけて、迷惑だとは思うけど……」

「そんなことないです。丁度1人で……1人になったばっかりで、暇してたんで!!」

 セレナは胸によぎった感情を笑顔で覆い隠し、改めて駆を見つめた。

「じゃあ……宜しくお願いします、駆っち」


 こうして。

 失恋から程なくしてナンパされたセレナは、1人になることもなく……仙台の街を再び歩き始めた。


「……ごめんね橋下さん、こんなところしかなくて……」

 10分後、二人分の飲み物を持ってきた駆が、申し訳なさそうに頭を下げる。

 ここは、商店街の中にあるファーストフード店。どこか落ち着いた場所で話でも、と、思っていた駆は、自分の脳内にある情報をフル活用して、道すがらにある個人経営の喫茶店やカフェなどを覗きまくった。

 しかし本日は仙台七夕まつり。市街地はどの店も大変混雑しており、飛び込みですんなり入れるような飲食店は皆無と言ってもいい。ましてやガイドブックに載るような店や雰囲気のいい店は行列が出来ており、何分待てば――何時間待てばいいのか、予想出来ない状態だった。

 そこでしょうがなく回転率の良いファーストフード店に飛び込み、セレナが二人分の席を確保して、駆が飲み物を調達する。そんな役割分担でようやく座れる場所を確保したのである。

 本当はもっと、落ち着ける場所にしたかったのに……後悔がにじみ出る駆に、セレナは笑顔で敬礼のポーズを取ってみせた。

「駆っち、お疲れ様。調達ご苦労さまですっ!!」

「ありがとう。あ、コーラで良かったんだよね」

 通りに面したカウンター席、そこにようやく2人横並びで座ると、駆がセレナの前にMサイズのカップジュースを置いた。

「うん、炭酸が飲みたい気分やったけんね。あと、セレナっちでよかですよ、駆っち」

「い、いや……あれは、その……忘れてください……」

 セレナの隣に座った駆は赤面して、自分用に買ったジンジャーエールをストローですすった。

 そして、目の前の通りで揺れる七夕飾りを見つめるセレナを横目で見やる。

 頬杖をついて外を眺めている彼女は、浴衣や髪型も相まってとても魅力的だ。けれど、昼間とは少し違う、憂いを感じたから。それはそれで大人っぽく見えて魅力的ではあるのだけど。


 どう、声をかければいいんだろう。

 ただでさえ自分の態度は図々しいと思う。特に計画性もなく誘って彼女を連れ回して、これ以上踏み込んだりして嫌われたら……そう思うと躊躇って踏み込めない。

 けれど、彼女に何かあったのならば、話くらい聞けるかもしれない。話してくれるかどうかは分からないけど。


 駆が脳内で思考を堂々巡りさせていると……いつの間にか、セレナをガン見してしまっていたらしい。「駆っち?」と名前を呼ばれ、駆は慌てて我に返った。

「駆っち……さっきから私の顔見てる気がするっちゃけど……まさか、メイク崩れとる?」

「ち、違っ……!!」

 駆は慌てて首を横にふると、脳内で言い訳を必死に構築した。

 その結果……。

「お、俺がセレナちゃんを見てたかって言われると……み、見てました。俺の好きなタイプどストライクだったから、すっげー可愛いなーって思いながらとてもとても見てました!!」

「へ?」

「あぁっ!!」

 もう今すぐ消えたい、穴を掘って隠れたい。そんな気持ちで盛大に頭を抱えた駆は……自分をどこかギョッとした表情で見ているセレナの方をオズオズと見やり……耳まで赤くして頬をかく。

「……い、いきなりこんなこと言われたら……引くよね。ごめんなさい……」

「え!? あ、えぇっと……そ、そりゃあ驚いたけど、可愛いなんて言われて嬉しくない女の子はおらんよ!! ましてやタイプだとか……えぇっと……その……」

 さすがのセレナもフォローが追いつかず、苦笑いでその場を誤魔化しながら逃げるようにコーラをすすった。

 そして……すっかり無言になってしまった駆に横目を向けて、ストローから口を離すと、心からの感想を呟く。

「……駆っちの彼女になれる女の子は、幸せやね。なんか、毎日楽しそう」

 そう言って笑顔を向けると、駆がどこか嬉しそうに頬をかいた。

「そ、そうかな……俺、割と後先考えないから……」

「そうなん? 新聞記者なんやし、色々な段取りとか記事の構成とか、考えんといかっちゃなかと?」

 セレナの指摘に駆は「まぁね」と曖昧に頷いてから……手元のジュースを一口すすった。

 そして、外を流れる人の様子を見つめて……少し疲れた表情で頬杖をつく。

「新聞記者ってさ、社説とかは別だけど、基本的に事実を客観的に報道しないといけないから……俺の記事は主観的過ぎる、感想文みたいなものを書くなって、毎回怒られるんだ」

「そうなんやね……」

「記者の視点で物事を考えるのは大事だと思うけど、俺の場合はそれが強すぎるって……だから、本当は報道系のニュースも担当したいけど、こういうカルチャー系のイベント紹介の仕事がほとんど。そのおかげで施設やイベントには詳しくなったけど特に私生活には活かせてないし、勿論仕事は楽しいけど、なんかたまに……物足りないって思うこともあるかな」

 駆はそう言って、「ごめんね、俺のことばっかり」とセレナを苦笑いで見つめる。

「そういえばセレナちゃんは、政宗さん達と同じ特殊な仕事をしてるんだよね。凄いよなぁ……」

 こう言ってくれた駆に、セレナは静かに首を横に振った。

「凄くなかよ。私もまだ、周囲に助けてもらわんといかんし、それに……」

 それに。

 セレナは駆から目を逸らして口をつぐむと、窓の外、建物の隙間から見える空を見上げた。

 曇り空で、いつもよりも日が落ちるのが早いように感じる。曇天の向こうに星は見えず、仮に見えたとしても……この明るすぎる街では、星の輝きまで確認することは出来ないだろう。


 あの時に見た星空は、もう、ただの思い出。

 今はまだ、思い出す度に胸が少し苦しくなる……そんな、記憶の1ページ。


「セレナちゃん……何かあった?」

 駆がたまらずに問いかけると、セレナはコーラを一口すすった後……窓の外を見つめる。

「さっきね、ムネリン……政宗さんに告白して、玉砕したんだ」

「え……」

「知ってたの。彼にはずっと好きな人がいて、私も、その人のことは大好き。だから、2人が上手くいくことも願ってた。でも……心の何処かで、私のことを見て欲しいって、ずっと思ってたから」

 窓にぼんやりうつった自分の顔は、どこか自嘲的で……いつも見せている『橋下セレナ』とは違う、素の自分に近いように見えた。

 だから今は、誰の顔も見ることが出来ない。

 こんなみっともない表情……見せたくない。


 彼のことを好きになって良かった、それは確かに、自分の中から生まれた正直な思いだけど。

 でも……もう一つ、どうしても消せない思いがある。

 それはきっと、人を好きになったら誰しもが思う、ごく自然のこと。 


 セレナは少し遠くを見つめながら、ポツリと思いを吐き出した。

「私も……大好きな人の、大好きな人に……なりたかったな」

「セレナちゃん……」

「ごめんね、なんか辛気臭い話して。聞いてもらえてちょっとスッキリした」

 こう言って作った笑顔を向けるセレナに、駆は「そんなことない」と口を開いた。そして……。

「俺も同じだったから……少しは分かるよ」

 駆はこう言って、セレナの方を見た。その顔は、先程ガラス越しに見ていた自分の顔のように……どこか自虐的で、割り切れない思いを抱えているように見える。

「同じ……?」

「そう。あんま言わないで欲しいんだけどさ……俺、ずっと、ミズの――支倉瑞希のお姉さんが好きだったんだ」

「瑞希さんの……お姉さん」

 セレナは脳内で、先日会った支倉瑞希を思い出していた。彼女は終始オドオドしていて、自信が少なめだったけれど……一生懸命さが伝わってくる、真摯な女性というイメージを抱いている。

 そんな彼女の姉がどんな人物なのかは分からないけれど……きっと、素敵な人なんだろうなぁということは予想出来た。

「お姉さんには……スズちゃんには、俺が小さい頃から良くしてもらって……2人のばあちゃんの家が駄菓子屋だったから、小さい頃は良くそこに通ってた。そこで店番を手伝ってるスズちゃんに会うのが楽しみだったかな」

「そっか……優しいお姉さんなんやね」

 セレナの言葉に駆は笑顔で頷いた。そして、過去を思い返しながら……肩をすくめる。

「スズちゃんはずっと、俺より年上で、カッコいい男の人が好きだった。俺もミズも2人が付き合うと思ってたし、実際、すっげー仲は良かったけど……中々付き合わなくて、周囲がヤキモキしてたんだ。だから、もしかしたら俺にも可能性があるかも、って……心のどこかで思ってた。おめでたいよな」

 もしかしたら――そんな、曖昧な可能性に期待して、彼女と付かず離れずの関係を続けていた。

 そんな日々を繰り返しているうちに、あの災害が発生して――泣いている彼女がすがったのは、駆ではなかった。

 そこで彼は、自分の失恋を認めるしかなかった。

「俺は結局、何も言えないまま失恋したよ。だから、ちゃんと気持ちを伝えられたセレナちゃんは本当に凄いと思う」

「駆っち……」

「なんか、俺のことばっかりになっちゃて……ごめんね。しかし、政宗さんも勿体無いことするよなー。俺だったら絶対二つ返事でオッケーするのに」

「へ? そうなの?」

「あ……」

 思わず目を丸くしたセレナに、駆は再び耳まで赤くして俯いた。そして、対応に困るセレナをチラチラと横目で見ながら……ボソリと口を開く。


「そ、そのー……俺はですね、セレナちゃんに一目惚れしてしまって……」

「……」


 耳から入ってきた言葉を理解するのに、たっぷり2秒。

 そして、理解した瞬間――空調のきいた室内で、顔の温度だけが上昇した。


「えぇっ!? わたっ……!!」

 私に一目惚れ、と、正直に反すうしようとしたセレナは、場所を思い出して慌てて口をつぐんだ。

 そして、顔を赤くして縮こまってしまった彼を見つめ……どうしようと思案する。

 まさか、昨日初めて会った彼に、失恋した30分後に告白されるとは思っていなかったのだ。

 しかも一目惚れ。どこまで自分たちには共通点があるのかと……思わず、あいた口が塞がらなくなる。

 一方の駆は墓穴を掘ってここに墓石を立てて埋まってしまいたい衝動と戦いながら……困惑しているセレナを見やり、額をテーブルに押し付けた。

「ごめん……俺、本当に後先考えなくて……」

「あ、いや、その……えぇっと……」

 彼に対してどんな言葉をかければいいのか分からない。

 ありがとう? 何に対してなのか分からない。

 ごめんなさい? まだ早すぎる気がする。

 どうして私を? さっき一目惚れだって聞いたじゃないか。それ以外の理由を聞いたところで、最初のインパクトでもうお腹いっぱいだ。

 セレナが珍しく、とても珍しく言葉を探して困惑していると……駆はそんな彼女を見つめ、切実な表情で、こんなことを尋ねる。

「俺……どうすれば、セレナちゃんにもっと気になってもらえるかな」

「へっ!? あ、えぇと……」

 そう言う彼の顔には、誤魔化しも茶化す様子もない。ただ真剣に、セレナを見つめていた。

「いきなり好きになって欲しいなんて言えない。だからまずは、もっと俺のことを気にして欲しいんだけど……俺に何か出来ることはない?」

「駆っちに、出来ること……」

 開き直ってアピールをしてくる彼に、セレナは少し考えて……少しだけ、意地悪な注文をすることにした。

「じゃあ……星空が見たいな。宮城でしか見られないような」

「ほ、星空?」

 唐突な申し出に、駆が目を丸くして……窓の外に見える曇り空を見上げる。

 どう考えても天候の回復は見込めず、星なんて見えそうにない。確かに七夕まつりで星空が見えればロマンチックだとは思うけれど、今日の天気とこの場所を考えると、セレナの願いを考えるのは絶望的だ。

 必死に脳内検索をする駆に思わず吹き出したセレナは、楽しくなって、思わず指を立てて説明を足していく。

「ムネリンとのことを思い出すと、ちょっと寂しくなっちゃうから……それを塗り替えてくれるくらい、印象的な星空が見たいかな。出来れば、宮城でしか見られないような……特別な感じのやつ」

「宮城でしか見られない、星空……」

「……って、いきなり言われても無理だよね。こんな曇り空やし」

 セレナはそう言って、苦笑いで肩をすくめるが……一方の駆は、無言で自分のスマートフォンを操作し始めた。そして、真顔で画面をタップすること2分。その口元にニヤリと笑みを浮かべる。

「……星空だね、セレナちゃん。しかも、宮城でしか見られないような感じのやつ」

「え? あ、うん……でも……」

 困惑するセレナをよそに、駆は荷物をまとめて立ち上がった。そしてセレナの分の荷物と飲み物の入ったカップを持つと、彼女を見下ろして……どこか不敵な笑みを浮かべる。

「じゃあ、ちょっと忙しくなるけど……はぐれないように付いてきてね、セレナちゃん」

 ラブコメ楽しいです。

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