エピソード7:フタリボシの告白①
その後、手元のお茶を飲んで自分を落ち着かせた政宗は、「絶対に誰にも言わないで欲しい」と前置きをして……6月、ユカの身に何があったのかをセレナに語った。
ユカの体に異変が発生して、彼女が本来の姿に戻ってしまったこと。
そして、そのことを……彼女がはっきりと覚えていないこと。
「ユカが、成長……? ムネリン、何言って……だってユカは6月、具合が悪かったって……」
半信半疑で顔をしかめるセレナに、政宗は自分のスマートフォンに入っている写真を見せる。
あの時、3人で撮影したもの。政宗にとっては6月の出来事を現実に留めておく大切なものでもあるが、先日ユカに見られて、彼女に隠しきれなくなった『元凶』でもある。
大人びたユカが2人の間で笑っている写真を見たセレナは、いつの間にか自分の手が震えていることに気付いていた。でも今は、この震えを止める術がない。
「ユカ……」
写真の中にいる女性は『ユカ』だ、初めて見たはずなのに、そう思えるだけの根拠のない確信があった。
それは、もしかしたら……彼女の周囲にいる政宗と統治の表情が、普段見ているものよりもずっと、ずっと、穏やかに見えたからかもしれない。
「そんな、本当に……どうして……ねぇムネリン、ユカは? ユカはどうしてこげなことになったと!!」
「詳しいことは、まだ誰も分かっていない。今、伊達先生が調べていて……あ、伊達先生っていうのは……」
情報を補足しようとした政宗に、セレナは首を横に振る。
「その人なら知っとるよ。ユカの帽子を作ってくれとる人やけんね」
「あ、そうか……とにかく今回は、あくまでも一時的な……それこそ本当に、奇跡が起こったような状態だと思ってる。俺はその奇跡を当たり前にしなきゃいけない」
「当たり前に、って……ど、どげんすると?」
セレナがスマートフォンを取り落とさないように気をつけながら彼に返却した瞬間、指先同士が少し触れ合った。けれど今は、そんな偶然を気にする余裕もない。
動揺が残るセレナの問いかけに、政宗はスマートフォンの画面を消しながら返答する。
「それはまだ分からないんだ。けど――必ず何とかしてみせる。こんなところで、諦めていられないんだ」
力強くこう言った彼は、もう一口お茶を飲んだ後……目尻に残った涙を強い意志で拭う。
そして……セレナを見つめ、苦笑いで肩をすくめた。
「今の話、ケッカや統治は知ってるけど、一誠さん達や福岡の人はだれも知らないから。誰にも言わないでね」
「う、うん……そもそも言ったところで信じてもらえんと思うし……」
コクリと頷いたセレナは、彼から視線をそらして……空を見上げた。
「なんか……驚きすぎた。仙台は色んなことが起こる場所やねぇ……」
視線の先には、夏の夕立を連れてきそうな鉛色の空。泣き出しそうな空に唇をかみしめて、セレナは1人、呼吸を整える。
そして……政宗に、話の核心を尋ねた。
「じゃあ、今改めて告白すればいいっちゃなかと? ユカが6月のことを覚えてないにしても……ユカは絶対、ムネリンのことが――」
「――今は、駄目なんだ」
セレナの言葉を遮り、政宗はゆっくりと首を横に振る。そして……納得できないと表情で訴えるセレナに問いかけた。
「セレナちゃんは、『縁由』って知ってる?」
「へ? えん、ゆ、う……?」
聞き馴染みのない単語にセレナが首をかしげると、政宗は「これも他言無用にしてほしいんだけど……」と、前置きをした後、先日、聖人から聞いた話をかいつまんで説明することにした。
途中、あの時の聖人から発せられた言葉が脳裏をかすめて……胸が、痛む。
「つまり……政宗君が『今後もしもケッカちゃんを好きになったとしても、それは彼女が持っている素質に起因する可能性が極めて高い』、って、ことかな」
政宗がユカのことを好きになるのは、『彼女にその素質があるから、当たり前』。
彼の恋心は全て――政宗の意思とは関係なく、彼女と出会った瞬間から、最初から、『自分の意思とは関係なくこんな結果になる』のだから、と。
政宗からの説明を聞いたセレナは、こめかみを抑えて頭を抱える。
「え、えぇっと……よ、要するに、ムネリンがユカのことを好きなのは、ユカが持ってる『縁由』っていうもののせいで、でも、今のユカは生きるのが大変やけんがムネリンに興味がなくて……えぇー!?」
話は、セレナが思っている以上に込み入っていて……とても、とっても面倒くさい。いきなり信じろと言われても思わず顔をしかめてしまうような、そんな内容だった。
そう、まるで……10年間付かず離れずの関係だった、ユカと政宗のように。
この2人はいつだって、面倒な問題しか引き連れてこないのだなと改めて思う。
「難儀やねぇ、ムネリン……」
同情混じりに呟くと、政宗は空笑いを浮かべた。
「そうだね……だからとりあえず今は、ケッカに対して俺からの気持ちを伝えようとは思っていないんだ。仮に伝えたところで……「そうなるように出来ているんだから当たり前だ」って返されて終わるだろうし」
「だよねぇ……あのユカがそげな話聞いて、感情的になるとは思えんよねぇ……」
ユカが政宗をバッサリ切り捨てる様子が安易に想像出来たセレナは、苦笑いを浮かべてから……改めて、政宗を見つめた。
いつも見上げていた横顔が、今はこんなに近い。
今なら、ちゃんと伝えられる気がする。
そして……この恋を、綺麗に終わらせることが出来るような気がする。
「ムネリン……ううん、政宗さん」
自分への呼び方が変わったことに気付いた政宗が、ハッとした表情でセレナを見つめた。
セレナはどこか強張った表情で彼を見つめ……ベンチの上で、両手を握りしめる。
「私の思い、ちゃんと……伝えるから。聞いてください」
「セレナちゃん……」
これまでも何度となくふざけて伝えてきたし、スキンシップを取ったりもした。でも、これまでは彼をからかうという側面が強かったから、特に緊張もしてこなかったし、何かあればユカに話を投げて、彼女に切り捨ててもらって終わらせることも出来た。
けれど……今は、2人きりだ。
終わらせることが出来るのは、自分しかいない。
――ユカ、私……ムネリンのこと、好きになったみたい。
2年前、展望台から戻った後でそう伝えると、彼女は少し驚いたような表情を見せた後……優しい顔で、こう言ってくれた。
――そっか。うん、悪くないっちゃなかと? 上手くいくといいね。
その結果は、安易に予想出来た。
ユカに自分から先にこう言っておけば、彼女は必ず応援してくれる。
あの時の自分は、ユカの好意のベクトルが彼に向き始めていることに気付いて……牽制をかけたのだ。
これが、彼女なりの悪あがき。
2人が恋人になるまでは……折角の恋心を否定しないで、アプローチをすること。こうすることで2人の刺激にもなり、2人が上手くいくならば、それでいいと思っていた。
その気持ちは勿論、嘘ではないけれど。
心の何処かで、政宗の気持ちが自分に向く可能性もあるんじゃないか、と……そんな奇跡を願っていたことを、否定することは出来ない。
告白して奇跡的に受け入れてもらって、恋人になって、遠距離恋愛を続けて。
たまに互いに会いに行って、デートをして、別れ際に泣いたりして。
会えない時間の辛さを互いに紛らわせて、そして――いずれ、ずっと一緒にいる。そんな、幸せな奇跡。
隣にいるのが、私ならいいのに。
あの時みたいな一瞬じゃなくて、もっと長い時間を、ずっと。
ユカと共に日々を過ごしながら、口に出せない願い事を持っている自分。そんな自分を知られたくなくて、ずっと笑ってきたけれど。
でも――今は、笑うことなんか出来ない。
もしも、曇り空の向こうで流れ星が流れて、奇跡が起こったら嬉しいけれど。
最初から見えなければ、流れ星に期待することもない。
彼女に起こった奇跡は、私には起こらない。
だから……終わらせよう。そして、前に進もう。
「私は……政宗さんのことが、好きです。ユカのことが好きなのは知ってます、けど……でも、私も……本当に好きだから、だから……」
だから。
ここから先は、言葉に出来なかった。
告白した時点で――この恋は終わりだから。
―― 一度しか会ったことがない相手を好きになるなんて、乃々は面食いやねぇ……しかも、仮に上手くいったとしても遠距離。大丈夫なん?
姉にそう言われて、呆れられたこともある。
学校の友だちに話をすると、誰もが驚いて無謀だと言った。
分かっている。
そんなこと、自分が一番分かっているんだ。
でも、しょうがないじゃないか。
メールが届く度に嬉しくて。
季節の挨拶でやり取りをするのが楽しくて。
縁が繋がっていることが、活力になった。
一度動き出した好きの気持ちは止められない。
もしも、止められる人がいるとすれば――それは……。
「セレナちゃん……」
政宗は言い淀んで俯いてしまったセレナに手を伸ばそうとして……唇をかみしめ、その手を引いた。
今、彼女に対してかけるべき言葉は、自分の中で決まっている。
――だから……政宗は、あたしの前からいなくならんでね。ずっと、ずっと……『関係縁』、繋いどってね。
その声が、生きる理由になって。
――約束を守ってくれた政宗と、未来でまた会えることを、楽しみにしてます。
その言葉が、目標になった。
誰に何を言われても、どれだけ呆れられても……忘れられない、諦めることなど出来ない。
そんな女性、1人しか浮かんでこないのだから。
政宗は居住まいを正し、セレナを真っ直ぐに見据える。
そして……はっきりと、結論を口にした。
「……ごめん。俺はユカのことが好きだから、君の気持ちにはこたえられない」
ここで「ありがとう」という言葉を使うのは、違う気がしていた。
だって、政宗は……セレナの気持ちにこたえられない。ここで「自分を思ってくれてありがとう」などと感謝をするのはおこがましいと思っている。
だから、結論だけをシンプルに。
彼女にこれ以上、期待をさせないように。
政宗の言葉を受けたセレナは、一度、両肩をピクリと動かすと……首をコクリと縦に動かした。
そして……ゆっくりと顔を上げる。
泣いているのかと思った目尻に涙はなく、彼女は苦笑いと共に、一度、長く息を吐いた。
「……うん、知ってる。全部知っとるよ、ムネリン」
「セレナちゃん……」
「そげな君やけんが……好きになったっちゃけんね」
彼女は自分に言い聞かせるようにこう言って、もう一度、呼吸を整えた。
そして……政宗が良く知っている笑顔で、けじめの言葉を贈る。
「ちゃんと言ってくれてありがとう、ムネリン。片思い……楽しかったよ!!」
「っ……!!」
政宗は言いかけた言葉を飲み込み、一度、唇を噛み締めた。
そして、その口元に笑みを浮かべると……肩をすくめて首を振る。
「本当……セレナちゃんには敵わないな」
そう言って彼女を見やると、セレナは「ムフフ」と笑いながら、淀みなくこう言い切った。
「当たり前やん。だって私は……ユカの親友なんやけんね」
挿絵、増えました。(ありがとうございます)
ここでいいのか悩みましたが……ここに、します!! どこに置いてもセレナがしんどい。(そういう展開に書いた人)
その後更に増えました。(ありがとうございます)
もうここしかありませんでした。セレナ可愛いよセレナしんどい。(書いた人)




