エピソード7:フタリボシの告白③
今回のエピソードには、直接的ではないにせよ、震災に関する内容が含まれています。それらが苦手な方は、無理をしないでください。
皆さんは、電気のない世界で……空を見上げたことがありますか?
ファーストフード店を出た2人は、とりあえず、セレナが着ている浴衣を返却するために、朝一番に立ち寄った呉服店までやってきた。
これから少し移動を繰り返すことになるため、浴衣よりも私服での移動を駆が勧めたためである。
店の前に立った時、セレナの隣に立つ駆が苦笑いで彼女を見やる。
「まぁ……ちょっと名残惜しいけどね」
「そ、そうかな……あ」
何かを思いついたセレナは、不意に駆の前に立った。そして、おもむろにピースサインを作ると、動揺する駆を上目遣いで見上げながら、自分のスマートフォンを取り出した。
「1枚、写真を撮影してくれる?」
「しゃ、写真? 俺が、セレナちゃんを?」
「そう。そういえば、自分のスマホでは全然撮影しとらんかったなーって思って。後で今日の分のデータはもらえるって聞いとるし、髪の毛、ちょっと崩れちゃったけど……家族に見せたいけん、お願いしてよか?」
「は、はい、俺でよければ……!!」
駆は何度となく首を縦に動かすと、セレナからスマートフォンを受け取った。そして、既に起動済みのカメラを彼女に向けて、ピントを合わせる。
「じゃ、じゃあ撮るよ!!」
「はーいっ」
簡単にポーズをとったセレナを手ブレ補正機能の助けを借りて撮影した駆は、これでいいのだろうかと首を傾げながら、彼女にスマートフォンを返却した。
「こ、これで……いいかな。一応確認してくれる?」
「了解ですっ……うん、大丈夫。ありがとう駆っち、じゃあ、ちょっと着替えてくるね」
スマートフォンを確認したセレナは、駆に向けて軽く頭を下げた後……店の中に入っていった。駆は何となく手を振って彼女の背中を見送りつつ……腕時計で時間を確認して、脳内でルートを再確認する。
これまでは仕事で、車でしか行ったことがないけれど、今は仙台だし、いきなり女性を車に乗せて運転する勇気も度胸もない。だから、公共交通機関で移動するしかないのだけど……このバスに乗れなければ終わりだ。
彼女の期待に応えられるかどうかは分からない。けれど、降って湧いたように掴めたチャンスだ。前の時のように何も出来ない自分ではいたくない。
当たって砕けたとしても……何もしないまま傷つかず、変われずに後悔した過去の自分よりも、マシな形になれるはずだから。
「……Suica、チャージしてたっけか……あれ、俺、財布に『あれ』入れっぱなしにしてなかったっけ……!?」
駆が急に不安になって財布の中身を確認しようとした瞬間、戻ってきたセレナの笑顔によって彼の手が止まる。
「お待たせしましたー……って、駆っち、財布出してどげんしたと?」
セレナの指摘に駆は慌てて財布を閉じると、その場を笑って取り繕おうとした。
「あ、うん、Suica入ってたかなーってさ。これからバスで移動するから!!」
「バスで移動するんやね……ねぇ駆っち、nimocaって使える?」
「えぇっ!? ちょ、ちょっと後で調べてみていいかな……!!」
九州の見知らぬICカードを告げられた駆は、財布をカバンに片付けながら、いっぱいいっぱいの様子で返答した。そして何とか体裁を整えると、もう一度腕時計で時間を確認して――
「――やばっ!! バスまであと10分しかない!!」
「そうなん!? 駆っち、それ逃したら次のバスは何分後? 20分くらい?」
キョトンとした表情で尋ねたセレナの右手をおもむろに掴んだ駆は足を踏み出し、揺れる吹き流しと七夕まつりで賑わう人の隙間を早足ですり抜けていく。
そして……驚きながらも速度を合わせてくれるセレナに、驚愕の事実を告げた。
「1時間後!!」
「えぇっ!?」
かくして。
2人は祭りでごった返す商店街を何とかくぐり抜けて、仙台駅のバスセンターへと滑り込む。
道路の上に広がるペデストリアンデッキからバス乗り場へ続く階段を駆け下りた時……2人が乗るバスが、仙台駅始発の定刻通り、所定の乗り場に滑り込んできた。
「はぁっ……ま、間に合った……!!」
何とか市営バスに乗り込み、二人がけの席を確保して腰を下ろした駆は……ここで初めて、隣に座るセレナの手を握っていたことに気がついた。
「うわぁっ!!」
慌てて大声と共に手を離すと、乗客の視線が突き刺さった。2人で愛想笑いを浮かべながらその場を数秒間やり過ごした後……セレナが持っていたカバンから、nimocaの入ったパスケースを取り出して見せる。
「ムフフ、ちゃんと使えましたよ」
「あ、あぁそう、それは良かった……へぇ、それがnimoca……」
宮城ではまずお目にかかれないご当地系ICカードを覗き込む駆に、セレナは「どうぞどうぞ」とそれを手渡した。
「フェレットのキャラクターが可愛いんですよ。まぁ、ユカはペンギンが好きなので、いつも聞き流されるんですけどね」
こう言って苦笑いを浮かべつつ、セレナはカバンの中からスマートフォンを取り出した。先程、写真を撮影してもらおうと思って起動した際、メールが届いていたことに気がついたから。
メールを開くと、差出人は瑠璃子。18時30分に『仙台支局』のある建物の1階に集合して、食事に行こうという誘いだった。画面脇に表示されている時計を確認すると、時刻は間もなく18時40分になろうとしているところ。
完全にすっぽかしてしまったという罪悪感にかられつつ、今はもうバスの中なので電話をかけることも出来ない。とりあえず謝罪文を作り、今は駆と一緒に行動しているから心配しないで欲しい、という旨を送信しようとして……セレナは結局、自分がどこに向かっているのかを知らないことに思い至った。
「ねぇ駆っち、結局……どこに行くと? 瑠璃子さん達に行き先を知らせておきたいっちゃけど……」
こう言って隣に座る彼を見ると、駆は「あ、そうだね」と同意して、彼女に自分のスマートフォンの画面を見せながら、目的地を告げた。
「今から行くのは……ここ、仙台市天文台だよ」
仙台駅前からバスに乗り、約40分。
東北自動車道を越えた先に広がる錦が丘、新興住宅地やショッピングモールもあるエリアの一角に、仙台市天文台がある。
最寄りのバス停から約5分、グレーの建物を目の前にしたセレナは……隣にいる彼が自分の願いを叶えるために、短時間でここまで連れてきてくれたことが、素直に嬉しかった。
ただ、「星空を見たい」と言った時から、プラネタリウムはある程度予想していた。現実の空を見上げると、薄曇りの空。市街地から離れたこの場所であれば、多少、星は見えるかもしれないけれど……でもきっと、流れの早い雲に遮られて、天体観測には向かない空模様が続くだろう。
夏休み期間中ということもあってなのか、2人以外にも人が多い。天体観測のイベントでもあるのだろうかと思いながらセレナが少し驚いていると……駆は彼女の隣を歩きながら現状を説明した。
「七夕まつり期間中とお盆は、特別に夜も営業しているんだ。こないだ記事を書いたから間違いないよ」
「なるほど。仕事の成果やね。と、いうことは……今からプラネタリウムに連れて行ってくれると?」
セレナの問いかけに、駆はとても優しい顔で頷いた。
「うん、そう。折角だからセレナちゃんにも、俺が『見た』星空を見てほしくてさ」
「駆っちが、見た……?」
言葉の意味が分からず、セレナが首をかしげる。駆はそれ以上語らず、「まぁ、見れば分かるよ」と言って前を見据えた。
ここで立ち止まっていてもしょうがないので、セレナも彼に続き……建物の中に入って、入場券を買おうと財布を取り出す。
「待ってセレナちゃん、俺、招待券持ってるから!!」
「へ?」
セレナが間の抜けた声を出すと、駆が財布から『特別招待券』と記載されたチケットを取り出した。
まさかここまで用意周到だと思わず、セレナは流されるままに首を傾げるしかない。
「それ……どげんしたと?」
「仕事の関係でもらってたんだけど、使う機会がなかったんだ。財布に入れっぱなしで助かったよ……あ、窓口が違うから、ここでちょっと待っててね」
そう言って券売機とは違う、有人の窓口へ向かう彼の背中を見つめながら……セレナは素直に財布を片付けて、建物内を見渡した。
目の前にあるのは、天井の高いオープンスペース。多くの人が投影開始を待っているように見える。その奥には売店があり、そちらも多くの人で賑わっていた。
子連れもいるし、恋人らしき男女も多い。一体何が始まるのかとセレナが手がかりを探していると……『特別上映』という記載とポスターが掲示されていることに気がつく。
「コレかな……」
ポスターに近づいたセレナは、そこに記載されていた概要に目を通して――
「――セレナちゃん、お待たせ」
駆に声をかけられたセレナは、彼に向き直るためにポスターに背を向ける。
そして、彼からチケットを受け取ると、記載されている投影演目を確認して……チラリとポスターに目線を向けた。
駆も彼女の目線の先を追いかけて、掲示されているポスターを見つめ――『あの日』を思い、目を細める。
これから始まるのは、仙台市天文台が制作した特別プログラム。
4年前――あの災害が発生した夜、電気系統が消失した沿岸部でどんな星空が見えたのかを再現し、被災者の『星』にまつわるエピソードと一緒に紹介するものだ。
開場時間になり、プラネタリウムの扉が開く。中に入り、所定の席に腰を下ろしたセレナは……隣に座る駆を見つめ、声をかけようとして……今はやめておこうと口をつぐんだ。
きっと、これを見た後に――沢山、話を聞きたくなると思うから。
そして、プログラムの投影が始まる。
頭上に広がるのは、漆黒の闇に広がる満天の星空。熊本で見たものと遜色ない星の瞬きに、セレナは思わず息を呑んだ。
これが――あの日、あの瞬間、絶望で下を向いていた人を照らした『光』。
地上の明かりで見えなくなっていたけれど……すっと、ずっとそこにあった『光』。
優しい音楽と共に、あの日、実際の星空を見ていた人たちのエピソードが語られる。
あの日、全てを流されて――全てを失った人が、満天の星空に照らされて、生きていく決意を固めたこと。
目の前で波に消えた家族を思い、空を見上げて……涙が止まらなくなったこと。
こんなに星が見えるのかと、普段見上げない空を見上げつつ……暗闇の地上で先の見えない現実を実感し、未来を憂いたこと。
避難場所で不安を抱えていた時、子供の明るい声に顔を上げて……零れ落ちそうな星に圧倒されたこと。そして、それをキラキラした眼差しで見上げる子供を見つめ、この子だけは守っていこうと誓ったこと。
そこに居た、その瞬間を『生き残った』人の思いが、星空と共に心を打つ。
不意に――夜空に流れ星が流れた。しかも1つではなく、不定期にいくつも、連続で。
それを綺麗だと思った次の瞬間――言葉が、突き刺さる。
――“あの夜は、驚くほど流れ星が飛びました。流れ星は天国へ向かう魂なのだというエピソードが頭をよぎり、その多さに耐えられなくなりました。”(※1)
そのナレーションを聞いた瞬間、感極まったセレナは目尻に浮かぶ涙をハンカチで押さえた。
これが、彼らの生きた世界。
これが……この町に起こった、とても大きな悲しみの一端なのだと、改めて悟る。
流れ星は、自分の願いを叶えてくれる、幸運の象徴だと思っていたけれど。
流れる星に命を重ねて――『誰か』を重ねて、泣き崩れた人もいる。
星に願いをかけることも出来ず、立ち尽くしていた人が、あの日には大勢いた。
それでも人は前を向き、暗闇を照らす『光』を探して、時にはその『光』を生み出して、生きていかなければならない。
静かに流れる美しい星空と、その瞬間を生き抜いた人の言葉。
セレナはしっかりと目を開いて――流れる涙と共に、目の前に広がる美しい星空を、強く胸に刻んだ。
※1の一文は、下記記事より引用させていただきました。
■「3月11日」の夜の星空再現…プラネタリウム番組、期間拡大し15都道府県で上映(https://www.sankei.com/life/news/160221/lif1602210035-n1.html)
この記事も是非ご覧ください。
■「星の力」—3.11の星空に人々は何を想うのか(http://www.mitsubishielectric.co.jp/me/dspace/column/c1805_1.html)
これね……霧原もとても見たいんです。現在第2弾が製作中ということなので、完成したら見に行ってみたいと思います。
3月11日が近くなれば、全国でも上映される機会があると思いますので、お近くにやってきた時は、是非、時間を作って足を運んでみてください。
あの日、建物の中に居た霧原は、星を見ることは出来ませんでしたが……きっと、見たことないほど綺麗な空だったんだろうなと思います。災害が発生しないと星の美しさを再認識出来ないなんて、何だか皮肉ですね。
仙台市天文台:http://www.sendai-astro.jp/
また、作中の挿絵は、2018年のセレナ誕生日に、狛原ひのちゃんから描いてもらったものです。
今年の誕生日、及びセレナの誕生日付近には沢山彼女を絵を描いてもらったので、それらも順次取り込んでいきたいと思います!! ありがとうございます!!




