エピソード6:星に願いを①
時は巻き戻り、時刻は16時半になろうかという頃。ユカたちが丁度、節子に取り憑かれた櫻子を見つけていた頃……政宗とセレナは、青々と木々の葉が生い茂る定禅寺通りの一番端まで到達していた。
「ふぅ……やっと終点まで来たねー」
浴衣で歩き続けたセレナが、ポーチからタオル生地のハンカチを取り出して、汗の滲んだ額をおさえた。
曇り空でずっと日陰を歩いてきたこともあり、動いていれば多少汗ばむが、十分過ごしやすい気候だと思う。コレが福岡だったら、数メートル歩くだけで汗が吹き出ていたと思うから。
セレナは目線の上に生い茂る木々を見上げ……改めて、福岡との違いを実感していた。
ここは、彼らが生きる町。
自分の居場所ではないことなど、最初から分かっている。
「それにしても……道路にこげん沢山木が生えとるげな、『杜の都』に偽りなしって感じやね」
「そうだね。ここはよく写真に撮られているから、セレナちゃんも見たことあったんじゃないかな」
「うん、でも……木が生えとるのは部分的なのかなって思って。本当に街路樹としてこげん沢山あるとは思わんかったよ」
二人が歩いてきたのは、定禅寺通の『中央』に整備された歩道だった。ガイドブックの表紙にも採用されることが多い、杜の都を体感出来る周遊コース。
この歩道には彫刻やベンチが整備されており、仙台のど真ん中を歩いて、疲れたら休憩して……と、思い思いの時間を過ごすことが出来る。七夕まつり然り、何か大きなイベント語度がある時は、この通りも会場の一部として活用されていた。現に今も、背丈の低い飾りが歩道の左右に飾られており、道行く人の目を楽しませている。
この中央の歩道を分離帯代わりにして車道が走っており、春夏は青葉の新緑、秋は紅葉と落葉、そして冬はイルミネーション、と、四季折々の風景を楽しむことが出来るのが、定禅寺通の大きな特徴だ。
政宗は目を丸くして通りを見つめるセレナに、ちょっとした雑学を披露する。
「この定禅寺通りと、仙台駅から続く青葉通りには、ケヤキの木が植えられているんだけど、この2つの通りの間にある広瀬通りには、いちょうの木が植えてあるよ」
「いちょう? なして?」
「元々いちょうの木は防火や防風に有効ってことで、全国的に街路樹として植えられているんだ。理由としてはそういうことだと思うよ。秋になると通りの両側と中央のいちょうの木が一斉に色づいて、凄く綺麗なんだ」
「へー……街中で紅葉が見れるげな、杜の都やねぇ……」
「あとは、駅から近い北目町通りは、ユリノキの並木道になってるよ。ケヤキより細くてスマートな木だから、印象が全然違うと思う。今の時期は新緑が綺麗だから、時間があれば定禅寺通り以外も歩いてみて欲しいかな」
「了解しましたっ。ムネリン先生、解説ありがとうございますっ!!」
セレナはこう言って、分かりやすく敬礼をしてみせた。無邪気にそんなことをする彼女がとても可愛く見えて、政宗は思わず目を細める。
そして、無意識のうちに……こんなことを思ってしまった。
ユカだったら、どんな反応をしてくれるだろうか。
2人が目指す西公園は、定禅寺通りの突き当りを曲がり、広瀬通の方へ――仙台駅の方へ歩くことになる。西公園は花火大会の名残で露店が多く、休憩所として解放されていることから、椅子やテーブルが多く並べられている。散策している人の流れに沿っていけば自ずとたどり着くことが出来た。
「ムネリン……気配、ある?」
公園の入口付近にたどり着いたところで、セレナは隣にいる彼を見上げた。無論セレナも『縁故』なので、『痕』の気配がここにいないことも気付いている。けれど、もしかしたら自分の思い違いかもしれない。そう思って尋ねたセレナに、政宗はどこか疲れた表情でゆっくりと首を振った。
「……いないな。まぁ、何となく予想してたけど……移動した後か」
「ですよねー……ムネリン、どげんする?」
予想も覚悟もしていたけれど、実際にここまで歩いてきたことが無意味だったと現実を突きつけられると、どっと疲れが出てしまう。
苦笑いで政宗を見上げたセレナは……彼の表情に余裕がないことに気がづいてしまった。
「ムネリン……?」
「え……あ……」
セレナの心配そうな声で我に返った政宗は、頭を振って呼吸を整えた。そして、何食わぬ顔でセレナを見下ろす。
「ゴメン、ちょっと今後のことを考えてて……」
「そうなんやね。じゃあ……」
セレナはキョロキョロと周囲を見渡しながら政宗の服をちょいちょいと引っ張ると、彼の視線を自分の方へ向けた。そして、意気揚々と言い放つ。
「どこか座れるところ探して、作戦会議やね!!」
その後、公園内を10分ほど移動した2人は、公園の少し奥、広瀬川の見える位置にあるベンチにようやく空きを見つけた。安堵の息をつきながら座るセレナを見下ろし、立ったままの政宗が問いかける。
「セレナちゃん、飲み物は何がいい?」
「へ? あ、よかよ、後で自分で買ってくるけんが……」
慌てて彼を見上げ、両手をふって固辞するセレナに、政宗は「いいから」と笑顔をゴリ押しした。
「ここまで歩かせちゃったし、かといって2人で買いに行くと誰かに座られちゃうかもしれないからね。だから、セレナちゃんはここで待ってて」
「はーい、了解しました。じゃあ、冷たいお茶が欲しいですっ!!」
「お茶、ね。じゃあ、ちょっと行ってくる」
こう言って雑踏の方へ消えていく背中を見送りつつ……セレナは前に向き直り、目の前を流れる川を見つめた。
穏やかな川の流れは涼しげで、整備された川沿いの歩道を歩いている人もちらほら見かける。中には2人で浴衣を着ている、カップルらしき男女の姿もあった。
「……いいなぁ」
思わず漏れた本音に、自分でもハッとしてしまう。そして……苦笑いを浮かべた。
七夕は年に一度、織姫と彦星が出会える日。
当たり前のことだが、織姫に対する彦星は、たった1人しかいない。
そして……彼の織姫様は、ずっと前から決まっている。
要するに自分は選ばれなかった、それだけのことなのだ。
でも……もしかしたら、七夕の奇跡が起こるのではないか、そんな期待が消えないこともまた事実。
だから――決着をつけに来たのだ。
「……いつまでもこのままじゃ、駄目だよね」
ボソリと呟いた言葉は、風に乗って消える。セレナは背筋を伸ばし、前を見据えて……静かに、彼が戻ってくるのを待っていた。
5分後、ペットボトルに入った500mlのお茶を2本買ってきた政宗がセレナの隣に腰を下ろす。そして、彼女の眼前に2本のボトルをかざした。
「お待たせ。どっちがいい?」
「そうやねぇ……」
2本のボトルを凝視したセレナは、不意にその視線を政宗に向けた。そして、何事かと自分を見つめる彼に、思わず口角をあげる。
普段は支局長として、目に宿した強い力と共に、背筋を伸ばして先頭に立っている彼だからこそ……こうして気を許してくれているところを感じると、ついついいじりたくなってしまうのだ。
「お茶じゃなくて、ムネリンっていう選択肢はなかと?」
「へっ!?」
刹那、政宗の頬が目に見えて紅潮した。セレナは予想通りの反応に声を出して笑いながら……困惑している彼の手から、ペットボトルを1本拝借する。
「じゃあこっちもらうね、ムネリン」
「え、あ、ああ、どうぞどうぞ……」
終始セレナのペースに巻き込まれている政宗は、決まりが悪そうな顔で視線をそらし……手元に残ったペットボトルを開封した。冷たい中身を喉に流し込んで息をついていると……ポケットに入れたスマートフォンが振動する。ペットボトルに蓋をした政宗は、それを取り出して内容を確認し……ハッと息を呑む。
「ムネリン?」
同じく一口飲んだペットボトルに蓋をしたセレナが彼を見ると、政宗はどこか安心したような表情で、ベンチの背もたれに体重を預けた。
「俺達が探していた『遺痕』が、さっきの勾当台公園に戻っていたそうだ。そこを統治やケッカ達が対応してくれて……今、無事に終わったらしい」
「そうなん? じゃあ、櫻子さんって人は……」
「無事だよ。ただ、『重縁』だったことで体への強い負荷があったから、少し様子を見るらしい。とはいえとりあえず……良かった」
こう言って肩の力を抜き、安堵の表情を浮かべる政宗。セレナはそんな彼を近くで見ることが出来ることに口元を緩めつつ……浮かれている自分を出さないよう、努めて冷静に問いかける。
「じゃあ、今からどげんすると?」
「そうだね……」
政宗は返信を終えたスマートフォンの表示で時間を確認すると、何やら操作をした。そしてスマートフォンの画面表示を消した後、ポケットの中に戻す。
「少し休憩かな……気が抜けたら、流石に疲れが……」
「ムフフ、お疲れ様です、佐藤支局長」
「ありがとう。セレナちゃんも……色々とゴメンね。俺達がちゃんと案内しなくちゃいけないのに……」
「大丈夫大丈夫、私なりに楽しんでますから。それに……ユカが気を利かせて、ムネリンと2人にしてくれたけんね」
そう言ってニヤリと彼を見ると、気恥ずかしくなった政宗が盛大に視線をそらす。
この瞬間が……とても楽しくて、とても、愛おしいと思う。
無意識のうちに、彼からもらったお茶を両手で握りしめていた。中身との気温差で汗をかきはじめたボトルには、じわりと水滴が浮かんでいて……手のひらにひんやりした感覚が伝わってくる。
指先まで血が通っている今の自分は、このままだとすぐに中身をぬるくしてしまう気がした。
露店や大通りから離れていることもあり、人の通りがあまりない場所なので……例えば、さり気なくキスをしたとしても、きっと誰も気にしない。
彼は気にするかもしれないけれど、こんなに気を許した方が悪いのだ。
だって……政宗自身も、こちらの思いは知っているはずなのだから。
この時間が、ずっと続けばいいのに。
彼の一番近くで、気を許した表情をずっと見ていられる……こうやって何気ない会話が続く、そんな時間が、ずっと続けばいい。
短冊に書いて叶うなら、いくらでも書いて笹に飾るけれど。
でも……七夕は永遠ではない。いつか必ず終わってしまうから。
だからせめて――終わるタイミングは、自分で決めたい。
こう思って、ここまで来たんだ。
「ムネリン、少し寝てもよかよ。あ、膝枕しようか?」
「え!?」
刹那、自分の膝を叩くセレナを政宗が凝視した。そして、慌てて頭を振る。
「あ……いや大丈夫、大丈夫だよ、流石に寝たり出来ないから。何か連絡が来た時に対処出来ないと困るからね」
「真面目やねぇ……トーチ君に任せればいいんじゃなかと?」
「そうだけど、やっぱり責任者は俺だから。統治が『仙台支局』にいる間は……俺が支局長として、上に立ちたいんだ」
彼はこう言って、少しだけ目を細めた。
こうして自分の理想を語る姿を……セレナは一度、見たことがある。よく覚えている。忘れたことなどない。
だって、嬉しそうに理想を語るその姿に……惹かれたのだから。
セレナは少しだけ身を乗り出して、政宗に近づいた。そして、オズオズと問いかける。
「ねぇムネリン、やっぱりトーチ君って……いつか、名杙に戻ると?」
この問いかけに、政宗は淀みなく頷いた。
リミットがあることは、彼自身が一番よく分かっているから。
「ああ、それは決まってるよ。ただ、何年後かは決まってないから……それまでは、一緒に頑張ってもらわないとね」
「そうなんやね……じゃあ……」
セレナはここで言葉を区切ると、もう一歩、自分から距離を詰めた。
気付けば自分の腕が政宗の腕に触れそうになる、ギュッと握りしめる事ができる、そんな至近距離。
でも、ここで彼の腕を握ってしまうと……きっと、彼を困らせてしまうから。
だから、この距離感は守りたい。ここがきっと、橋下セレナのボーダーラインだから。
緊張を悟られないように口元を引き締めた次の瞬間、彼の口から息が漏れたのが分かった。
「セレナちゃん……」
「じゃあ、ユカのことは……どげんすると?」
「ケッカの、こと……!?」
こう言って戸惑いの表情を浮かべる彼から、セレナは静かに視線をそらした。
ユカの話をした途端、彼の表情に今まで以上の隙が出来たことに……気付いてしまった。
これは決して、自分だけでは引き出せない、そんな彼の本心を垣間見てしまったから。
仙台の街路樹に関しては、コチラからどうぞ。(http://www.city.sendai.jp/mesho100sen/ichiran/index.html)
木が違うと、それぞれの通りの表情も違って面白いですよ。一番有名なのは定禅寺通りだと思いますが、もしも現地にお立ち寄りの際は、植えられている木々も一緒にお楽しみくださいませ!!




