エピソード4:織姫様の願い事③
厄介なことになった。
多くの人が行き交う七夕まつりのど真ん中で、『痕』の女性からロックオンされたユカは……彼女の動向を見守りながら、自然と櫻子の前に立った。そして、何かを察して不安そうな表情を見せた櫻子に、小声で指示を出す。
自分一人ならばどうにか出来るけれど、『痕』の見えない櫻子を連れて行動すれば、彼女に危害が及ぶかもしれないと考えたからだ。
「今からあたしがいいと言うまで、誰の名前も呼ばないでください。あと、自分の名前も口に出さないでください。宜しくお願いします」
櫻子が無言で頷いたことを確認したユカは、改めて彼女に向き直り……さて、どうしたものかと思案する。
眼の前にいる浴衣の女性は、ユカが彼女を認識していることを確信していた。要するにある程度コチラからの気配を察することが出来るような状態なのだろう。
『痕』は死んだ後に残った『縁』――その殆どが『関係縁』を頼りに存在しているので、関心があるのは『関係縁』の先にいる人物のみ。『縁』が繋がっていない他の存在に対しては関心が薄いことがほとんどだった。
しかし彼女は、積極的にコチラ側と接点を持とうとしているように感じる。ユカはまだ対処出来るが、櫻子が名前を知られてしまったら……何が起こるか分からない。
ユカは彼女から視線をそらさず、ポケットからスマートフォンを取り出した。そして、恐る恐る正面の彼女に話しかけてみる。
金魚模様の浴衣と星のかんざしが印象的な彼女は、時折、色々なところから水を滴らせながら……キリッとしたツリ目でユカを見据えていた。とても意志が強そうで……思い込みが激しそうなタイプにも見える。
残っている『関係縁』は、右手の小指から伸びている一本のみ。近づいてこれさえ切ってしまえばいいのだが……商売道具のハサミは、先程食事を食べた椅子にかけたカバンの中だ。要するに今は丸腰、何も持っていない。
ただ、ユカはいざとなったら指で切ることが出来るため、そこまで慌てていなかった。心は冷静に……でも、見た目はなるだけ挙動不審を装いながら、相手の出方を探る。
「あ、あのー……何かご用ですか?」
「用事があるから話しかけてるに決まってるでしょ!? そこのアンタ、さっきから1人だけ妙な感じだから追いかけてたの!! アタシは一発でピーンときちゃったんだから!!」
「は、はぁ……」
話の要領を得ない人だなと思いつつ、ユカはスマートフォンを操作して簡単なメールを送信した。そして、改めて彼女に向き直り、なるだけ「ビビっている状態」を装い、話を続ける。
「あ、あのー……よければもう少し、人目につかないところへ移動しませんか? ここだど、あたしがまるで変な人に思われますし、お姉さんの話もゆっくり聞きた――」
「アンタの事情なんか知ったこっちゃないわよ!! コッチは時間ないんだからね!!」
「えぇー……」
まさかの交渉決裂に、ユカが頭を抱えていると――背後から近づいてきた足音が、ユカの隣で止まった。
ユカからの連絡で合流した一誠は、彼女の隣に立ったまま前を見据え……ボソリと話しかける。
「……『遺痕』認定、されとるんか?」
この言葉に、ユカは首を横に振った。
「まだです。今の所、目撃情報だけで……」
「なるほどな……名前も目的も分かっとらんのか」
「あたしが対応しますので、スイマセンが後ろの彼女を連れて戻ってくれませんか? あと……政宗に連絡してもらえると助かります」
「了解。ただ、1人では対応させられんけん、今は橋下ちゃんに応援を頼む。無理せんようにな」
「分かりました。お願いします」
一誠は頷いて、櫻子を見つめると……目線で自分へついてくるように促した。櫻子は一瞬戸惑った後、自分がこの場にいても足手まといになると判断して、一誠の後に続く。
「あ、ちょっ――!!」
「――あたしが残っとるけん、よかやろ?」
櫻子が居なくなったことで目を見開いた彼女を、ユカが冷静に諌める。彼女はユカが猫をかぶっていたことを悟り、どこか悔しそうに舌打ちをした。
「何よアンタ、さっきと態度が違うじゃない」
「あいにく、お姉さんみたいな存在のスペシャリストやけんね。さて……あたしは今すぐ、お姉さんを消すことが出来る。でも、なるだけ穏便に済ませたいけんが……少し離れたところで話をさせてくれんやか? 多分、協力出来ると思うよ?」
こう言って彼女を見やると、彼女は一瞬躊躇った後……不承不承頷いた。
「……分かった。アンタ、さっきの子と違って殺気立ってるから、敵に回さないほうがよさそうだもの」
「話が早くて助かりますっ。ちなみに……自分の名前って、覚えとる?」
この言葉に、彼女は少しだけ無言になった後……ゆっくりと口を開いた。
「姫乃よ……織河姫乃」
その後、ユカの荷物も持ってきてくれたセレナの合流を待って、ユカは彼女――姫乃と共に、勾当台公園でも人目につきにくい場所へと移動した。
七夕まつりでは連日、公園内のステージで何かしらのイベントが開催されている。そんなステージの真裏にあたる場所に移動したユカとセレナは、互いに顔を見合わせて……段取りを確認した。
2人はいつも、こうやって仕事をこなしてきた。目線のみで役割を分担するなど、朝飯前だ。
先程ユカから名前を聞いたセレナが姫乃の前に立ち、彼女の注意を引きつける。
「初めまして、織河姫乃さん。私、橋下セレナっていいます。えっと……おいくつですか?」
「年齢? 確か……今年で20歳になったはずじゃ……あれ、もっと上だったかな……」
「なるほどー……じゃあ、私と同じくらいだね。宜しく、姫乃ちゃん」
こう言って笑顔を向けるセレナの空気に、姫乃はあっという間に巻き込まれる。
ユカは、これはセレナの才能だと思っているけれど……彼女はとにかく、人の懐に入るのが上手い。過去にそれを指摘した時は、「ムフフ……ありがとう。上にも下にも姉弟がいたからかなー」と、笑顔で分析されて話が終わっていた。
そのため、このように『痕』に対応する場合は、セレナが主導で話しかけて、ユカはフォローと警戒にあたることが多い。話を聞かないような『痕』や『遺痕』であれば、セレナが引きつけて、ユカが遠慮なく切る――という連携で、多くの事案に対処してきた。
今回のその役割分担を踏襲し、姫乃の御用聞きをセレナが引き受ける。ユカは周囲を警戒しながら、スマートフォンに姫乃の名前を入力し、政宗へ送信した。
「それで姫乃ちゃんは、こんなところで何をしてたの? 何か覚えていること……ある?」
「アタシ? アタシは……そう、彼を探しに来たの!!」
「彼?」
初めて出てきた単語にセレナが首をかしげると、姫乃は目を輝かせて一気にまくし立てた。
「そうなの!! 彼ったら方向音痴なところがある設定だから、きっとアタシがいないと七夕まつりで迷子になっちゃうと思って!! 現に今、どれだけ探しても見つからないんだから、きっと迷子になってるに決まってるわ!! そんな彼をアタシが見つけてあげると、物語の中でも現実の世界でもハッピーエンドになると思わない?」
「そ、そうなんだ……ちなみに、彼の名前は覚えてる?」
「彼の、名前……名前は……」
姫乃が記憶の奥にある事柄を思い出そうと顔をしかめていると、ユカの手の中でスマートフォンが振動した。メッセージの送り主は一誠。櫻子に関して統治が派遣されることになり、彼に引き渡すらしい。向こう側の手際の良さに感謝しつつ……ユカは改めて、姫乃を見つめた。
今なら――切れる。セレナが注意を引いてくれている間に、ユカが近づいて指で切れば終わりだ。
『生前調書』もないし、政宗からの返信もないけれど――でも、彼女をこのまま放置しない方がいい、そんな気がする。
『生前調書』がなくても緊急事態として事後報告をして、報告書を添えればルール違反にはならない。名前さえ分かっていれば報告書は書けるけれど……以前、名前しか分からない状態で報告書を記載した時は、締切を過ぎても提出出来なかった。お盆休み前に仕事が増えることで、気が少しだけ重くなってしまうけど。
ユカは脳裏によぎった雑念を抹消して静かに息をのむと、そのまま一歩、姫乃の方へ近づいた。ユカの行動を察したセレナが「早すぎないか?」と目線を送るが、ユカは一度頷いた後、更に一歩、距離を詰める。
「えっと……彼の……彼の、名前は……」
相手の名前を必死に思い出そうとしている今がチャンスだ。セレナもまた、「どう? 思い出せそう?」と注意を自分に向かせながらユカをサポートする。
ユカのカバンはセレナが持ったままのため、久しぶりに指を使うことにした。今まで散々やってきてm慣れているはずなのに……その指先にはに少しだけ緊張が見える。
でも、今までずっとやって来たことだ。大丈夫、やれる。
ユカが鋭い眼光で姫乃を見据えた次の瞬間、彼女は「あぁーっ!! 思い出した!!」と、唐突に大声を出した。そして――
「大学の先輩の、名杙政宗さん!! すっごくカッコよくて優しくて……一度、このお祭りでデートしたことがあるんだから!!」
「――へっ!?」
予想外すぎる名前のシャッフルに、ユカが思わず間の抜けた声を出した。
刹那、姫乃の視線がユカに向けられる。そして――今まで笑っていたツリ目から、笑顔が消えた。
「……アンタ、何しようとしてたわけ?」
「何って……いやその、意外過ぎる名前に驚いてびっくりしてしまったというか……」
「意外過ぎる……? アンタ、さっきから殺気立ってたわよね!! さては、アタシと彼を邪魔するつもりなんでしょう!! そんなテンプレみたいな展開、ボロ雑巾より使い回されてるわ!! 時代遅れなのよ!!」
「はぁっ!? そ、そげなことあるわけな――」
「――とにかく、アタシは忙しいんだから!! そうよ、名杙政宗先輩を見つけなくっちゃ!! こうしちゃいられないわ、じゃあねっ!!」
次の瞬間、姫乃は浴衣を翻すと、その場からスッと姿を消してしまった。
「あぁっ!?」
「ちょっとユカ、なんばしよっと!?」
「あぁぁレナごめんって、本当……しくじった……!!」
珍しく非難じみた声をあげるセレナに、ユカは平謝りで頭を抱えた。
何が起こっているか分からない。名杙にも政宗にも心当たりはあるけれど、いつから2人はニコイチで売り出されてたのだろうか。
「ご、ゴメン……でも、なんか、謎が謎を呼んどる……」
「まぁ、ユカの動揺も分かるけど……どげんすると?」
腰に手を添えてユカの指示を待つセレナが、周囲を見渡した次の瞬間――ユカのスマートフォンに、政宗から着信が入った。
「………な、名杙政宗は大学の先輩だって言ってたんだな? はぁ……そ、そうか……そうか……?」
ユカから口頭で説明を受けた政宗もまた、困惑した表情で情報を反すうする。
記憶を辿っても要領を得ていない気配の政宗に、ユカは淡々と情報を追記した。
「しかも、名杙政宗と七夕まつりでデートしたって言いよったよ」
「何だよそれ……妄想が行き過ぎてるようにしか思えないな。ってことは、俺か統治、どっちかと『関係縁』が繋がってる可能性が高いってことか……ケッカ、何か感じなかったか?」
「え? そういえば……特に何も……」
政宗に指摘され、ユカは改めて……自分が姫乃に残ってた『関係縁』に対して、何の疑問も抱かなかったことに顔をしかめる。
仮に統治と繋がっているのであれば、名杙直系との『関係縁』だ。他とは気配から異質なので気付かないとは考えづらいし……政宗と繋がっていたとしても、政宗は中学生から『縁故』なので、何かしらの痕跡には気付きそうなもの。
先程、彼女に残っていた『関係縁』は確認したが、特に2人の気配を感じることはなかった。では一体、あの『縁』の先には――誰がいるのだろうか。
今はゴチャゴチャ考えてもしょうがない。ユカは電話を握りしめると、沈痛な面持ちで口を開く。
これだけはどうしても、自分の口で伝えなければならないから。
「ごめん、あたし、何も出来とらん……」
あの時、ためらわずに距離をもっと詰めていれば。
自分がもっと、冷静だったら。
押し寄せる後悔に唇を噛みしめるユカに、電話の向こうの政宗がいつもどおりの口調で言葉をかける。
「……いや、透名さんを逃して、名前が分かったから成果はあった。ちょっと俺も大学時代の友達に聞いてみるから、ケッカは引き続き、セレナちゃんと一緒に彼女を探してくれ。そして――見つけ次第、切って構わない」
政宗からの許可が出たことで、姫乃は対処すべき『痕』として認定された。
これで、ユカが躊躇う理由が1つ消える。
その場で手短に打ち合わせを済ませた後、政宗は最後に、力強くこう言った。
「――失態だと思うなら、自力で取り戻して来い。ケッカなら出来ることは、俺が一番知ってるつもりだからな」
出来る。その言葉に、ユカは思わず口元を緩めた。
彼にこう言われると、本当に出来る気がするから。
――違う、やるんだ。
今、この場を託してくれた彼の信頼を守るために。
大切な人が笑顔でいられるように。願いをかけ、思いを馳せる――年に一度の奇跡が集まった、杜の都を守るために。
「――分かった」
ユカが躊躇う理由は、この瞬間に全て消失した。
一方その頃、一誠や瑠璃子と共に商店街を歩いていた櫻子は、両脇の2人から簡単な説明を受けて……「そうだったんですか」と目を丸くしていた。
勾当台公園から続く、アーケードの屋根がない一番町四丁目商店街。仙台三越という大型デパートや、カラオケにゲームセンター、大衆食堂、個人経営の店まで、バラエティ豊かな店舗が軒を連ねている。ぶらんど~む一番町商店街に続く横断歩道の手前にあるディズニーショップは、待ち合わせスポットとして若者のたまり場になることも多い場所だ。
前述の通り、屋根がないこともあり……各店舗の前にある専用のホルダーにささった青竹が、その先にある七夕飾りを風に揺らしている。晴れていれば青空と飾りのコントラストが美しいのだが、今日は生憎の曇り空。それでも、開放的になびく飾りを写真に収めようと、多くの人がカメラやスマートフォン、携帯電話を構えていた。
そんな人波をかきわけ、3人は統治との合流地点・ぶらんど~む一番町商店街の出入り口にある商業施設・仙台フォーラスを目指す。勾当台公園からは徒歩で5~10分程度の道のりである。
「私には……当たり前ですが、本当に何も見えませんでした」
鼻筋の整った清楚な横顔を見つめながら、一誠が苦笑いで頭を下げた。
「それが当たり前なんだよ。巻き込んで申し訳ない……」
「いいえ、むしろユカちゃんや皆さんが近くにいてくれて、安心しました。私一人では……何も出来ませんから」
そう言って笑顔を向ける櫻子に、一誠が言葉を探して気後れしていると……不意に、そんな彼の浴衣の裾を、瑠璃子が笑顔で引っ張った。
「一誠さーん、若い子に鼻の下のばして、みっともないと思わんとやかー?」
「ち、違っ……!! こ、こげないい子が名杙君の結婚相手になるんかと思ったら、感慨深くなっただけたい!!」
ジト目の瑠璃子に言い訳をした瞬間、櫻子の顔が耳まで赤くなる。そして、何度も首を横に振った。
「い、いいえっ!! わ、私が名杙さんの結婚相手なんて……恐れ多いですっ……!!」
そう言って萎縮する櫻子に、一誠と瑠璃子は視線を合わせた後……目を丸くした。代表して瑠璃子が櫻子に問いかける。
「あれ? 透名さんは名杙君と付き合っとるんじゃなかとー?」
「つ、付き合うだなんてそんな!! 私なんて……名杙さんにはご迷惑をかけてばかりですからっ……!!」
こう言って何度も頭を振る櫻子に、瑠璃子は内心「仙台のカップルは話が進んどらんなー」と思いつつ……どこか沈痛な面持ちになってしまったその横顔へ、言葉をかけた。
「私と一誠はね、名杙統治君が中学生の頃に、ちょっと彼と関わったことがあるっちゃけど……あの時の名杙君、それはもう小生意気でねー。プライドが高くて、扱いに困っとったんよ」
「え……?」
それは、櫻子がまだ知らない統治の過去だった。思わず目を丸くして瑠璃子を見ると、彼女は当時のことを思い出したのか……口元に優しい笑みを浮かべる。
「その時に一緒やったのが、政宗君とユカちゃん。あの2人のおかげもあって、名杙君の性格も大分丸くなったっちゃけど……その時、ユカちゃんの体にトラブルが発生して、今みたいに成長が遅くなってしまったんよ」
「そうだったんですか……」
「あれから10年も経過して、今や2人とも、仙台で支局長と副支局長。昨日、名杙君と仕事の話をすることがあったっちゃけど、ちゃんと一人前になっとって、雰囲気も前よりずっと、ずっと柔らかくなっとって……私、凄く嬉しかったなー」
どこか泣きそうな表情で語る瑠璃子の肩を、一誠が軽く叩いた。それで顔を上げた瑠璃子は、隣を歩く櫻子に優しい笑顔を向ける。
「きっとそれには、透名さんの力もあるって……こうして話をしとって、確信したんよー。名杙君はこれから益々、大変な立場になっていくけんが……支えてくれる人がおると、私達も安心出来るかな」
「私に……出来るでしょうか」
櫻子がボソリと呟いたその時、目の前に横断歩道と、車が行き交う大通りに行き当たった。赤信号に変わったばかりのようで、人が続々と足を止めている。
3人が列の最前で青信号に変わるのを待っていると……途切れる車の先、横断歩道を渡った先、仙台フォーラスの入り口のところに、統治が立っているのを見つけた。
「名杙さん……」
櫻子の言葉に一誠と瑠璃子も顔を上げて、統治の姿を確認する。
「お、タイミングが良かったな」
「そうやね。彼がこっちに気付けばいいっちゃけど……」
統治はイヤホンをつけてスマートフォンを見ており、一誠や瑠璃子、櫻子には気がついていない。瑠璃子が手を振ってみるが、無反応である。
「一誠、ちょっと電話かけてくれん?」
「分かった」
瑠璃子に言われて一誠がスマートフォンを取り出した瞬間、車道の信号が黄色になった。
櫻子はそれを確認した後――2人へ向き直り、軽く頭をさげる。
「ここまでで大丈夫です、後は……1人で行けますから」
刹那、歩行者用の信号が、青に変わる。
瑠璃子が制止するよりも早く、櫻子は小走りで横断歩道を渡り始めた。
「ちょっ、透名さ――」
――次の瞬間、電話をかけていた一誠の真横を、『先ほど感じた気配』が一瞬で通り抜けていく。
真夏だと言うのに――2人は同時に、強烈な寒気を感じた。
「瑠璃子!! 彼女を連れ戻すぞ!!」
「透名さん待って!! 止まって!! 名杙君……名杙君!!」
2人同時に駆け出すが、慣れない浴衣での足取りはおぼつかず、くわえて対岸から渡ってくる人の多さもあって、普段の半分もスピードを出すことが出来ない。
櫻子の姿はすぐに遠ざかり、向こう側から渡ってくる人に紛れて――見えなくなる。
一誠はようやく繋がった電話越しに、統治へ向けてがなりたてた。
「――名杙君!! 透名さんを保護しろ!! 今すぐにだ!!」
怒号をとばす一誠に周囲がぎょっとした視線を向けるが、そんなことは構ってられなかった。
なぜならば――
「――っ!!」
次の瞬間、道を渡り終えた櫻子と――先ほど公園にいた姫乃の背中が『重なった』光景が、一誠と瑠璃子の目には、はっきりとうつっていた。
一誠からの電話を受けた統治が、慌てて横断歩道の方へ向き直った次の瞬間――いつの間にか自分の目の前に居た櫻子と、目が合った。
「透名さ――」
いつも通り名前を呼ぼうとしたが、本能で違和感を感じる。
いつもは優しい目元も、穏やかな口元も……その全てが攻撃的に角度を変えており、眼の前にいる統治を『睨みつけている』のだから。
そして……既に切り替えている世界が、統治に現状を伝えていた。
櫻子の『因縁』にしっかりと絡みついている、一本の色あせた『関係縁』。『縁故』であれば跳ね除けることも出来るが、一般人がこうなってしまうと――
「――何ジロジロ見てんのよ、気持ち悪いわね!!」
俗に言う、取り憑かれた状態になってしまうのである。




