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エピソード3:熱烈歓迎・七夕まつり④

「……と、いうことがあったっすよ」

 時刻は間もなく17時45分になろうかという時間。街の警戒を一旦分町ママに任せて『仙台支局』に戻ってきた里穂と仁義は、政宗の席の横に立ち、昼間の違和感を報告していた。

 夕食代わりの弁当を食べ終えた政宗は、割り箸を箸袋に入れながら……里穂の話に耳を傾ける。

「政さんにもメールで送ったっすけど……とりあえず言われた通り、こちらからの接触はしてないっす。今のところ目立った動きもなかったっすね」

「ありがとう。定禅寺通だったよね。俺も気をつけておくよ」

 政宗はこう言って空の弁当箱を片付けた後、里穂と仁義を見上げた。2人の様子に違和感がないかどうかチェックする。そして、特に異常がないことを確認してから……椅子に座り直した。

「2人とも、初日から本当にお疲れ様。支倉さんに今日の分の書類を出したら終了ってことで、最後まで宜しくね」

「了解っす」

 刹那、ユカの席に座っていた瑞希がビクリと反応した。先程来たばかりの瑞希は、白いブラウスにグレーのタイトスカート、足元はパンプスという出で立ち。今日は17時までなるみの会社で働き、その後、18時からは『仙台支局』で電話番兼、明日の『研修』に向けての用意をすることになっている。

 一誠と瑠璃子は既に秋保温泉に出発しており、今日はもう、仙台市街地には戻ってこない。

 明日は、駆と共に中心部を散策する予定だが……夕方、少しだけ時間が空いたのを幸いに、今度『仙台支局』に入る瑞希への事務研修を引き受けてくれたのだ。

「基本フォーマットは西も東も変わらんけんね。ローカルルールは教えられんけど、こげな私でよければ協力するよー」

 瑠璃子は福岡支局のみならず、一時的に熊本支局のフォローに入ったり、北九州支局の立ち上げにも関わっているベテランだ。『良縁協会』の事務作業に関してはスペシャリストと言ってもいい。

 そんな彼女から直々に教えてもらえる機会なんて滅多にない。正直、政宗は自分や統治も参加したいし、ユカも参加させたい気分なのだが……彼女は明日1日有給休暇なので、今回は泣く泣く諦めたところだった。

 ちなみにユカとセレナ、統治は18時まで休憩に入っているため不在。今、事務所内にいるのは、政宗と里穂、仁義、瑞希、そして淡々と作業をこなすアルバイトの片倉華蓮の5人。

 里穂は萎縮している瑞希に視線を向けた後、室内をぐるりと見渡す。

「政さん……ミズちゃんも入るとなると、机とかどうするっすか?」

「お盆明けに搬入するようにしてるよ。配置も含めて考えなきゃいけないけどね」

「楽しみっすねぇ……じゃあ、私と仁義は向こうで書いてくるっす」

 里穂はそう言って、仁義と共に衝立の向こうに移動していった。

 その背中を見守りながら……政宗は瑞希に視線を向ける。

「支倉さん、疲れてると思うけど……あと少しだけ宜しくね」

「は、はいっ!! 私は大丈夫ですので、宜しくお願いしますっ……!!」

 座ったままで何度も頭を下げる瑞希に、政宗が「そろそろ慣れてくれないかなー」と苦笑いを浮かべていると……扉が開き、3人が戻ってきた。


 ユカがセレナや統治と共に『仙台支局』に戻ってくると、応接用の机のところで書類を書いていた里穂と仁義に遭遇した。

 足音に反応して真っ先に顔を上げた里穂は、ユカ……の隣にいるセレナを見つけると、大きな目を輝かせる。

 セレナもまた、ポニーテールと銀髪という特徴的な2人を見て、ユカから聞いていた高校生2人だと確信した。そのため、立ち上がって自己紹介をしようとする里穂を「ちょっと待っとってね」と先に牽制した後、部屋の端に置いていたキャリケースから、お土産用の菓子箱を2つ引っ張り出して戻ってくる。

 そして、里穂と仁義の前に立つと、笑顔で軽く会釈をした。

「初めまして。2人が里穂ちゃんとジン君やね。福岡支局の橋下セレナです、宜しくお願いします」

 そう言って2人にそれぞれ箱を手渡した。黄色い包装紙で包まれた箱には、『博多通りもん』の文字。里穂が思わず凝視して「おぉ……!!」と感嘆の声を漏らす。

「こ、これが……あの有名な博多通りもん!!」

「わざわざありがとうございます。柳井仁義です、宜しくお願いします」

 そう言って頭を下げた仁義は、顔を上げて視線を向け、里穂の自己紹介を促した。

「名倉里穂です、セレナさん、ようこそ仙台へ。宜しくお願いしますっす!!」

「こちらこそ、お世話になります。あ、トーチ君とユカにもお土産あるけんが、後で持って帰ってね」

 振り返りながら明るく言い放つセレナを、里穂はじっと見つめた後……その視線を統治に向けた。

 里穂の態度に、統治が思わず顔をしかめる。

「……里穂、何か言いたいことがあるのか?」

「いや、うち兄があだ名で呼ばれてるなんて、珍しいっす」

「里穂が率先して俺をあだ名で呼んでるだろうが……」

 自分のことを棚に上げて言い放つ里穂に、統治がジト目を向けつつ……18時から外へ出る用意をするため、自分の席へ戻っていった。

 統治がいなくなったところで、ソファに座り直した里穂が、机を挟んで前に座っているセレナに問いかける。

「セレナさんは、どうやってうち兄をあだ名で呼ぶようになったっすか?」

「ど、どうやって?」

「うち兄があだ名で呼ばれるのが珍しいっすよ。私はイトコなので、小さいときから『うち兄』って呼んでたっすけど……何があったっすか?」

「うーん……多分、2年くらい前やったっけ。トーチ君が福岡に試験か何かで来てくれたことがあって、1週間くらい、福岡支局に出入りしとったと。その時、私も『上級縁故』の試験勉強しよったけん、教えてもらったりしたことがあって、その時からかなー。キッカケは忘れたけど、特に嫌な顔はされんかったと思うよ」

「そうだったっすか……セレナさんは人と仲良くなるのがお上手っすね。凄いっす」

「ありがとう。2人が話しかけやすいからだよ」

 そう言って楽しそうに笑うセレナ。ユカは彼女の隣に座って、横顔を見つめ……彼女と初めて会ったときのことを思い返していた。


 セレナと初めて会った日、ユカは瑠璃子に連れられて福岡支局に来た。

「セレナちゃん、この子は山本結果ちゃん、セレナちゃんと同じ年齢なんだけど、『縁故』としては先輩やね。今日はこれから2人で実地研修だから、よろしくねー」

 ユカを初めて見たセレナは、最初、驚いたような表情で目を軽く見開いたけど。

 すぐに口角を上げて、人懐っこい笑顔を向けてくれたのだ。

「初めまして、橋下セレナです。よろしくお願いしますっ!!」

「……山本結果です、よろしくお願いします」

 その時のユカは、人見知りをしていて……最初からフレンドリーとはいかなかったけれど。

 出会いから色々なことを2人で経験して、仲を深めてきた。

 セレナはいつも笑顔で、楽しそうに人と接している。そして、いつも真っ直ぐに向き合ってくれる。

 だからこそ……彼女が思いを寄せている人と幸せになってほしい、お節介だと承知しているけれど、何かしてあげたいと思ってしまう。

 里穂や仁義と楽しそうに談笑するセレナを見つめながら……ユカは1人、衝立の向こう側にいる彼の顔を思い浮かべて、どうしようもなくモヤモヤしてしまった。


 その後、政宗と統治が外へ巡回に向かい、定時になった華蓮と、書類を書き終えた里穂と仁義が一気にいなくなって……『仙台支局』には、ユカ、セレナ、瑞希の3人が残った。

「支倉さん、この間はありがとうございます。夕食は食べてきたんですか?」

「あ、えっと……買ってきました。佐藤支局長がここで食べていいって言ってくれたので……」

 今は華蓮の席に座っている瑞希が、膝の上に置いていたコンビニの袋を机の上に置いた。

 それを確認したユカは、「好きな時間に食べてくださいね」と声をかけてから、己のパソコンと向かい合う。

 何しろ、明日は1日休む……予定だ。要するにあと2時間で報告書を1件と、7月分の勤怠管理表のチェックと、メールの返信と、間食を済まさなければならない。これは大変だ。

 ユカが無言で画面の数字をチェックしていると、後ろからそれをチラリと見やり、軽く目を開く。

「ユカ……こげなこともしよると?」

 セレナの言葉にユカは首を動かして後ろにいる彼女を見上げ、苦笑いを浮かべた。

「そうなんよ、福岡ではここまでせんかったけどね……」

「やっぱり仙台は大変やねぇ……少数精鋭やけんがしょうがないか……」

 ウンウンと頷くセレナに、隣でサンドイッチを食べようとしていた瑞希が、オズオズと問いかける。

「あの……仙台と福岡は、何がどう違うんですか?」

 その問いかけに、ユカとセレナは顔を見合わせて……ユカが回答役を引き受けた。

 これは、両方を知っている自分でないと、答えられないと思ったから。

「福岡は事務所としての歴史も長いし、規模も大きいから、一概に比べることは出来ないのかもしれませんけど……福岡だと、支倉さんみたいに事務だけを担当してくれる人が、5人います。政宗みたいに外回りだけしてる人も3人、『縁故』として動いているのは……10人くらいかな。とにかく、普通の会社みたいにそれぞれ部署が別れとって、あたしはずっと『縁故』として動いてきたので、あまり事務作業ってやってこなかったんです」

「そ、そうなんですね……」

「多分、瑠璃子さんもその辺を心配して、支倉さんに研修をしてくれるんだと思います。事務作業に専念してくれる人がいると、あたしは勿論、政宗や統治も絶対に楽になれるので……本当に助かります。ありがとうございます」

「い、いえそんなっ……!! お力になれるように頑張りますっ……!!」

 瑞希は何度も頭を下げた後、手に持っていたサンドイッチを口に入れた。そんな彼女の前に、セレナが持っていた『博多通りもん』を1つ差し出す。

「よければデザートで食べてくださいね。気に入ってもらえるといいけど……」

「あ……ありがとうございます……!!」

 珍しい九州のお菓子に、瑞希が目を輝かせた次の瞬間――来客を告げるチャイムの音が鳴り響く。

 こんな時間に誰だろうと思いつつ、ユカが立ち上がって政宗の席に移動すると、インターフォンになっている受話器を取った。

「はい、どちら様です……え?」

 刹那、相手を確認したユカが意外そうに目を開く。そして、周囲をキョロキョロと確認した後、顔をしかめて相手に問いかけた。

「スイマセン、今、政宗も統治もいなくて……え? あ、えーっと……そういうことですか、あ、そうなんですね、分かりました。お待ち下さい」

 相手との話をつけたらしく、ユカが受話器を元の位置に戻した。そして、何事かと自分を見つめる瑞希とセレナに、扉の向こうにいる彼女の名前を告げる。

「江合さんが、支倉さんの様子を見に来てくれたそうです。政宗の許可も取ってるってことだったので……ちょっと、中に入ってもらいますね」

「え……えぇぇぇぇっあぁぁぁっ!?」

 瑞希が驚きでサンドイッチを取り落としそうになった悲鳴を背中で聞きながら……ユカは扉の鍵を解錠するため、小走りで移動を開始したのだった。


 一方――時間は、少しだけ遡る。

 『仙台支局』を出てすぐ目の前、横断歩道を渡り、ハピナ名掛丁商店街を歩いていた。

 夕方になっても人の流れは多く、会社や学校帰りに立ち寄っている人の姿も目立つ。商店街の天井から吊るされている大きな吹き流しを、のれんのようにくぐりながら……政宗は周囲に気を配りつつ、先日のユカの言葉を思い返していた。


「……そっか、あたしの『縁由』のせいで、ちょっと理性がバカ政宗になっただけやったね」

「……人を好きになるって、どげな感覚なんやろう。あたしには分からん(・・・・・・・・・・)けん、今度、レナに聞いてみようかな」


 こう言って自嘲気味に笑っていたユカに、これ以上、話を続けることが出来なくて。

 政宗は曖昧に言葉を濁した後、時間を理由に解散を促し、彼女を家まで送り届けたのだ。

 これ以上、惨めな思いをしたくなかったから。


「……藤、佐藤、聞いているか?」

「へ……?」

 不意に横から声をかけられ、政宗は間の抜けた声と共に、自分を呼んだ統治を見つめる。

「あ……悪い統治、何があったか?」

「それはこっちのセリフだ。心ここにあらず、とでも言うべきか」

「……」

 統治の指摘に政宗は口ごもり、一度だけ頭を振った。

 そして、前を見据えて――気持ちを切り替える。

 今の自分は、こんなところでぼんやり考え込むわけにはいかないのだから。

「本当に悪い、今は仕事中だったな。シャンとしないとケッカに――」

 ケッカに笑われる、そう言おうとした次の瞬間、ズボンの後ろポケットに入れていたスマートフォンが連続で振動した。振動が2回で止まったので、着信ではなくメッセージを受信したことが分かる。

 事務所で何かあったのかと思いつつ、政宗は一旦、歩道の中央から脇に移動した。既に閉店した銀行の前に陣取り、ポケットから電話を取り出す。

「え? なるみ、さん……?」

 画面に表示された送信者の名前は、『江合なるみ』。何事かと思ってメッセージを開くと……瑞希の様子見と差し入れを持っていきたいから、『仙台支局』まで行ってもいいか……という、伺いのメールだった。

 まぁ、なるみならいいだろうと思って了承の返事を作成していると、彼の隣に立った統治が何事かと首を傾げる。

「山本からだったのか?」

「あ、いや……なるみさんだ。支倉さんの様子を見るために、『仙台支局』に寄りたいんだと」

「そうか」

「この間、ケッカも家までおくってもらったって言ってたからなぁ……本当、そういうところは変わってないというか――」


 政宗がなるみへの返信を送信した次の瞬間――背筋に悪寒を感じて、思わず目を見開いた。

 そしてそれは統治も同じだったため、2人してまばたきをした後、視える世界を切り替える。政宗は同時にカメラ機能を機動して、七夕飾りを撮影するフリをしながら周囲を探った。


「……統治、分かるか?」

「ああ。こっちに近づいてくる。このまま待っていれば――」


 統治がそう言って、仙台駅の方から流れてくる人波を凝視した時――人波を『すり抜けて』移動してくる、一人の女性が目についた。

 身長は160センチ後半、金魚模様が目につく、色鮮やかな浴衣を身にまとっている。長い髪の毛をアップにまとめ、星のついたかんざしで止めていた。

 足元から水を滴らせ、周囲をキョロキョロと見渡しながら通り過ぎていく彼女は……『遺痕』と呼びたくなるほど冷ややかな空気を纏っている。

「里穂ちゃん達が言ってたの……この子か」

 近づいてくる彼女にスマートフォンを向けて、数枚、シャッターを切ったその瞬間――カメラ越しに目が合ったような、そんな気がした。

 ユカとセレナの出会いに関しては、去年の誕生日外伝で詳しく書きましたので、よろしければどうぞ!!(https://ncode.syosetu.com/n9925dq/33/)

 セレナは本当に人と仲良くなるのが上手だなぁと思います。そして……話が段々混み合って参りましたよ。ニヤニヤしながらお楽しみくださいませ!!

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