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エピソード3:熱烈歓迎・七夕まつり③

 牛タンを思う存分堪能した後、5人は政宗の運転する車で、仙台市中心部まで移動した。

 そして……。


「すっごーい!! ユカ、ねぇユカ、ユカ!! カッコ良すぎじゃなかと!? こげなところで働けるげな凄かやんね!!」

 時刻は間もなく14時になろうかという頃合い。仙台駅に隣接する商業オフィスビル、その中にある『仙台支局』に足を踏み入れたセレナは、周囲をぐるりと見渡して感嘆の声をあげる。

 彼女に続いて入ってきた一誠と瑠璃子も、それぞれに無言で周囲を見つめ……時折、息をもらした。

 『福岡支局』は市内にある雑居ビルの中に入っている。築年数も30年以上になり、少し手狭にもなってきたため、そろそろ別の場所へ移転しようかという話も出ているくらいだ。

 一方の『仙台支局』は、近代的なビルの中ということで……周囲をキャッキャと見渡すセレナの背中が浮かれている。

 ユカは3人が入ったことを確認して扉に鍵をかけると、セレナに追いついて彼女に同調する。

「福岡に慣れとると、こげなビルの中で仕事げな考えられんよね。あたしも最近、やっと慣れてきたところかな」

「慣れてきた!? はー……一度でいいけん、そげなこと言ってみたかねぇ……首からぶら下がっとるカードキーからして、カッコよかもんねぇ……」

 シミジミと呟くセレナに、キャリーケースを部屋の脇に置いて手元にハンドバックのみを残した瑠璃子が戻ってきて、二人の間に割り込んだ。

「あらら、セレナちゃんも仙台に出向するとー? じゃあ、お姉さんもついて行こうかなー」

「瑠璃子!?」

 刹那、瑠璃子のキャリーケースと同じ場所に自分のそれを置いた一誠が慌てて戻ってくる。そして、そうなったら俺はどうするんだと言わんばかりの一誠に、笑顔でこう問いかけた。

「一誠、単身赴任してもよかー?」

「駄目に決まっとるやろうが!!」

 一誠が真面目にツッコミを入れた次の瞬間――


「――お待たせしました」


 お盆に人数分の麦茶をのせた統治が、衝立の向こう側から顔を出した。

 そして、福岡からの3人を確認すると、立ち止まって頭を下げる。

「トーチ君!! お久しぶりですっ!!」

 セレナもまた、いつもどおりのあだ名で呼んだ後、ペコリと頭を下げた。瑠璃子と一誠も、それぞれに軽く会釈をして……統治を見つめ、感慨深そうに目を細める。

「いやーあの名杙君がこげんして働いとる姿を見ると……色々嬉しかねぇ」

「名杙君とは2年ぶりくらいやったか? 元気そうで何よりだ」

「ご無沙汰してます。今日は宜しくお願いします」

 こう言って、統治は改めて背筋を正す。一誠と瑠璃子は彼が福岡で最初の研修を受けた時の世話役だったこともあり、対面すると自然と気持ちが引き締まるのだ。

 とはいえ……これから始まるのは仕事の話。しかも商談だ。同じ立場でプレゼンしなければならないので、これ以上『教え子』でいるわけにもいかない。

 統治が一誠と瑠璃子を応接用のソファへ案内した瞬間、地下駐車場に車を止めた政宗が合流した。


 政宗達の商談が始まったことを確認して、ユカはセレナを衝立の向こうにある事務スペースに誘った。

 ユカは周囲を見渡して、とりあえず政宗の椅子を自分の席の横に引っ張ってくる。

「レナはここ座ってよかよ。お茶はあたしの机に置いてよかけんね」

「ん、ありがとー」

 セレナは先程統治から受け取った麦茶入りのガラスコップを、一旦、ユカの机上に置いた後……政宗の椅子に腰を下ろした。

 その様子が、やはりどこか嬉しそうに思えて……自分の椅子に腰を下ろしたユカも、口元に笑みを浮かべてしまう。

 ユカからの視線に気付いたセレナは、足をブラブラさせながら問いかけた。

「……なんね、ユカ、私に言いたいことでもあるとー?」

「ううん、別に何でもなかよ」

「ふーん……」

 セレナはそれ以上の追求を一旦諦めた後、再び椅子ごとユカに向き直り……彼女を見てニヤリと口角をあげる。

「ほらほら、ユカは仕事してよかよ。私がムネリンの代わりに、ちゃーんと見ててあげるけんねー」

「うぅ……とりあえず夕方まで頑張りまーす……」

 そう言ってパソコンに向き直るユカに、セレナは「頑張ってね」とエールを送った後、改めて周囲を見渡して……福岡とは違う雰囲気に驚くと共に、短期間でここまでのし上がった政宗と統治に、少しだけ、思いを寄せた。

 彼らの気持ちが……よく、分かる気がしたから。


 そして――約40分後、衝立の向こう側で、人の動く音が聞こえた。

 スマートフォンで仙台市内の観光地やグルメ情報を調べていたセレナが顔をあげた瞬間、資料を持った政宗が戻ってきたため、セレナは慌てて椅子から立ち上がり、所定の位置に戻す。

「はい、ムネリンどーぞ。お疲れ様でしたっ」

「セレナちゃん……」

 政宗はセレナから椅子を受け取った後、彼女の向こう側でしれっと仕事を続けているユカにジト目を向ける。

「ケッカ……セレナちゃんに予備の椅子くらい出してあげればいいんじゃないのか?」

「へ? 予備の椅子げなあったっけ?」

「あるよ。分からないことは俺か統治に聞いてくれ。ったく……」

 政宗は手元の荷物を一旦自分の机に置いた後、再び衝立の向こう側へ消えていった。程なくして、パイプ椅子を持って戻ってきた政宗が、それをユカの机に立てかける。そして、自分は自席に戻ってから椅子につけていたクッションを取り外すと、それをセレナに手渡した。

「予備はパイプ椅子だから、よければコレ使ってね」

「ムネリンやっさしー。ありがとうございます」

 政宗から座布団を受け取ったセレナは、ユカの隣に組み立てたパイプ椅子の座面にそれをのせて、その上に座ってみせた。

「よしっ、コレでユカを至近距離から監督出来るっちゃね!!」

「そげなことせんでよかよぉ……」

 ノートパソコンのキーボードに突っ伏しそうな勢いでため息をついたユカに、政宗が人知れず息を吐いた後……楽しそうに座ってユカを見ているセレナへ、少し申し訳なさそうに声をかけた。

「セレナちゃん、悪いんだけど……ちょっと話しておきたいことがあるんだ。瑠璃子さん達のところまで、いいかな」

「あ、はーい」

 政宗に呼ばれたセレナは、椅子から立ち上がって……自分を見上げるユカに向けて軽く手をふった。

「じゃあユカ、ちゃんと仕事せんねよ」

「分かっとるよ……」

 ユカがハイハイと返事をした次の瞬間、統治の椅子を向こう側へ持っていこうとしている政宗が、やる気のないユカへジト目を向ける。

「そうだぞケッカ。書類出しとけよ」

「分かっとるよ!!」

 ユカから届いたやけくそな声を背中で聞きながら、セレナと政宗は3人が待つ応接スペースへと移動した。

 そして、一誠や瑠璃子と共に、政宗と統治から『仙台七夕まつり』は突発的な『痕』や『遺痕』の発生率が高いこと、街を巡回中に気配を感じたら、その情報を政宗に集約して欲しいという話を聞き、瑠璃子が「ふむ」と頷いて足を組み替える。

「……なるほどねー。仙台はお盆休みが早いってわけか。むしろ、そげん忙しか時に申し訳なかねー」

 彼女の言葉に政宗が慌てて手を振って、「むしろ来てくださってありがとうございます」と軽く頭を下げる。

「祭りの期間中は、県外からの見物客も多いですし……俺たちだけでは気付けないこともあるかと思います。街の中は常に誰かが動き回っている状況にはしておきたいので、何かあれば俺に教えてください。すぐに対応しますから」

 こう言ってもう一度頭をさげた政宗に、一誠が統治をちら見した後……一度躊躇った後、どこか心配そうに問いかけた。

「なぁ、政宗君……こげな規模の祭りなんに、名杙家は何もしてくれんとか? 普通は、その……応援とか入るんじゃなかとか?」

 一誠の疑問は最もだ。仙台七夕まつりは、宮城県のみならず、東北という地域全体で見ても、全国、世界から人が集まるお祭りである。

 そんな大規模な催事の警戒を担当するのが、たった数名に満たない新規営業所『のみ』、というのは……少なくとも福岡では考えられなかったから。

 彼の問いかけに、政宗は思わず息を呑んで……統治を見た。そして彼が頷いたことを確認してから、苦笑いで答えを紡ぐ。

「実は……『仙台支局』が出来た時に、これは仙台市中心部の祭りだからと、半ば強制的に押し付けられたところはあります。名杙としても、何か『あるかもしれない』ことに対して人員は裂きたくないというのもありますし……俺がここで失敗することで、喜ぶ人間も少なくはないので」

「ムネリン……」

 どこか自嘲気味に呟いた政宗に、セレナが心配そうな表情で声をかけた。彼はそんな彼女に笑顔を向けた後、一瞬、衝立の向こうに視線を向ける。

 そして、改めて3人に向き直り……力強くこう言った。

「だから、俺は絶対に失敗したくないんです。勿論、皆さんにもこのお祭りを楽しんで欲しいと思ってます。いらぬ心労をかけてしまうかもしれませんが……何かあれば遠慮なく教えてください。よろしくお願いします」

 迷いなく言い切った彼に対して、3人はそれぞれ力強く頷いた。


 その後、政宗がこの場にユカも呼んで、七夕まつりのオススメポイント、穴場スポット等を雑談していると……不意に、来客を告げるチャイム音が鳴り響く。

 離席した政宗がインターフォンで相手を確認した後、扉の方へ歩いていき、解錠して扉をあけた。


「――お疲れ様です、失礼しまーす」


 少し高めの、若い男性の声。福岡からの3人がどちら様かと目を丸くして入口付近を見つめていると……白い半袖のワイシャツにグレーのスラックス、足元は黒い革靴という出で立ちの青年が部屋の中に入ってきた。背中にはアウトドアブランドの黒いリュックを背負っている。

 政宗が部屋に入れたということは、『仙台支局』の関係者なのだろう。一誠や瑠璃子、セレナはそう判断して、座ったままそれぞれに軽く会釈をした。

 短く切りそろえられた髪の毛と、好奇心旺盛な瞳の彼――千葉駆(ちばかける)もまた、室内にいた見慣れる3人を見つめて……。


「……っ!!」


 その動きが、ビシリと唐突に固まった。

 そう、とても唐突に。


 再び鍵をかけて彼の隣に追いついた政宗が、いつもの調子で声をかける。

「千葉君、お疲れ様……」

 声をかけたのだが……硬直して立ち尽くしていた駆の耳に、どこまで届いているのやら。

「……ち、千葉君? 千葉くーん?」

「はっ!?」

 熱中症かと思って彼の名を呼びながら眼前で手を振ると、我に返った駆が周囲をキョロキョロを見渡して……一度、大きく息をついた。

「し、失礼しました……スイマセン政宗さん、水飲んでもいいですかね」

「え? あ、勿論大丈夫だよ。飲食は禁止してないから」

 政宗の許可を得た駆は、リュックのポケットに入れていたミネラルウォーターのボトルを引っ張り出し、キャップを外して中身を口の中に入れる。そしてボトルの半分ほどを飲んだところで……もう一度、大きく息を吐いた。そして、政宗を苦笑いで見やる。

「……ありがとうございます。あの、そちらにいる3人の方が……今回の?」

「そう。向こうにも話は通してあるから、ここで打ち合わせしていいからね」

「あ、ありがとうございます」

 駆は政宗に頭を下げた後、駆に席を譲ろうと立ち上がった統治に近づき、互いに軽く会釈をして……場所を入れ替わる。そして、机を挟んで前に座る一誠と瑠璃子、椅子を持ってきてその隣に座っているセレナとユカを確認して……とりあえずリュックを下ろすと、そのポケットから名刺入れを取り出した。

 中に入っている名刺の枚数を確認した後、改めて、全体に向けて頭を下げ……顔をあげてから、自己紹介をした。

「初めまして。石巻の新聞社で働いてます、千葉駆です。今回、政宗さんを通じて、福岡からの皆さんに取材協力をお願いしていました。よろしくお願いします」

 その言葉に4人が「あぁ……」という反応を示したことを確認した駆は、ソファに座って、リュックの中からクリアファイルを5つ取り出した。それを一旦机上に置いた後、名刺入れから名刺を1枚取り出して、まずは一番左端にいる一誠の方を向く。一誠もまた立ち上がり、机を挟んで駆と向き合った。

「初めまして、千葉駆です。宮城へようこそ」

「初めまして。川上一誠です。こちらの名刺がなくて申し訳ない……よろしくお願いします」

 駆から名刺を受け取った一誠が、座りながらそれを机の端に置いた。続いて瑠璃子が立ち上がり、駆と向き直る。

「初めまして。千葉駆です。よろしくお願いします!!」

「こちらこそ初めまして、徳永瑠璃子ですー。楽しみにしてたので、よろしくお願いします」

 駆からの名刺を受け取った瑠璃子が、笑顔を返して着席する。次は自分の番だと思ったセレナが入れ違いに立ち上がって駆を見つめると……彼は一瞬目を見開いて盛大に視線をそらした後、頭を振ってセレナを見つめる。そして、オズオズと名刺を差し出した。

「ち、千葉駆です。宜しくお願いします……」

「橋下セレナです。こちらこそ、宜しくお願いしますっ」

「セレナちゃん……」

 駆はセレナの中を反すうした後、改めて頭を下げて……最後、自分は今回関係ないんじゃないかと高をくくって座っているユカを見下ろした。

「えっと、山本さんには先月挨拶させてもらったけど……一応、ここでも改めて。千葉駆です。宜しくお願いします」

「宜しくお願いします」

 立ち上がったユカは駆から名刺を受け取って、その肩書を改めて実感していた。

 名刺を受け取って腰を下ろすユカを確認した駆は、「失礼します」と言って自分もソファに腰を下ろした。そして、自分の分のファイルを1つ残し、残った4つをそれぞれの前に置いていく。

「今回、ご協力いただきたいことをまとめてきました。早速ですが……1枚目から説明させていただきますね」

 駆の言葉に、全員がファイルから資料を取り出した。そして、彼からの説明を聞いた後……銘々に頷いて。

 資料に記載された行程を改めてざっと確認したセレナが、駆を見つめて目を輝かせる。

「明日は浴衣が着れるっちゃね……楽しみです、宜しくお願いしますっ!!」

「へっ!? あ……そ、そうですね!! 明日はカメラマンも連れてきますので、宜しくお願いします!!」

 駆は手に持った資料を落としそうな勢いでビクリと反応した後……慌てて居住まいを正し、頭を下げた。


 一方、その頃――外に出て警戒にあたっていた名倉里穂は、定禅寺通(じょうぜんじどおり)の真ん中に整備された歩道にあるベンチに腰を下ろし、途中でもらったうちわでパタパタと自分を仰いでいた。

「暑いっす……人も多いし、ムシムシするっすねぇ……」

「お疲れ様。ほら、水分とってね」

 里穂の隣に腰を下ろした柳井仁義が、持っていたスポーツドリンクの500mlペットボトルを差し出した。それを受け取った里穂は口内を潤いで満たし……はぁ、と、満足そうに息を吐く。

 そして、そのペットボトルを仁義に向けて差し出した。

「ジンも水分補給するっすよ」

「ありがとう」

 笑顔で受け取った仁義もまた、汗をかいた体内に水分を補給して……改めて、周囲を見つめた。

 今、仁義の眼の前にも七夕関連の展示があるため……それを多くの人が眺めて、通り過ぎていく。

 やはりすごい人出だと思いながら、仁義は薄手の長袖パーカーから取り出したハンカチで、前髪の下に滲んだ汗を拭いた。

 平日の昼間だが、多くの人が風情あるこのお祭りを楽しんでいる。浴衣を着ている人も多く、見ていてとても綺麗だと思うけど……そう、気を緩めてもいられない。

「今のところは、特に何もないかな……」

 そう呟きながら、仁義は腕時計を確認した。時刻は間もなく15時30分になろうとしている。12時から18時までを警戒にあたらなければならない長時間シフトだが、これは去年と同じだし……適度に休めるよう、事前に軍資金ももらっている。

 とはいえ、緊張感を維持したまま過ごさなければならないのだ。どうしても気疲れしてしまうため、それぞれ1時間毎に交代しながら、『縁故』の力を解放して警戒にあたっていた。

「里穂、具合は大丈夫?」

 今は里穂が主に警戒をしている番。ペットボトルのキャップを閉じながら尋ねる仁義に、里穂は余裕の表情でピースを向けた。

「私は毎日部活で鍛えてるので、大丈夫 ――」


 大丈夫っす、そう言いかけた里穂の口が止まる。

 そして――スッと目を細めると、何かを探すように黒目を左右に動かした。里穂の変化の理由を察した仁義は、カバンからメガネケースを出して眼鏡をかけかえると、スマートフォンにインストールしてある専用アプリを機動する。

 仁義は今、先月の出来事があって謹慎中のため、『縁故』として働くことは出来ない。そのため、今はあくまでも里穂の補助要員。不測の事態に対応するための連絡係として名杙にも申請し、「人が足りないので付き添いくらい認めてくれ」とゴリ押しして、不承不承、同行の許可を得ていた。

 そのため、仁義は瞬きをして視界を切り替えることは出来ない。代わりに――先ほど眼鏡を切り替えることで、一時的に『縁』や『痕』を見える状態にしている。

 この眼鏡は、伊達聖人が作ったものだ。眼鏡をかけかえることで、多少の負荷はあるにせよ、『縁故』と同じ世界を見ることが出来る。元々『縁故』でもある仁義にとって、『縁』の世界は見慣れたもの。眼鏡による負荷は一般人よりも大分軽減されるだろう……というのが聖人の見立てでもあった。

 最初に政宗から「今年の七夕まつりも宜しくね」と言われた時、協力したいけど自分は謹慎中だと戸惑った仁義に……政宗は笑顔で、この眼鏡を差し出した。そして、しれっとこんなことを言ってのける。

「眼鏡をかけかえるな、なんて……一言も言われてないからね」

 かくして仁義も無事に、機動隊のメンバー入りをしたのだった。

 久しぶりに見る世界は、相変わらずトリッキーで……でも、こうして大切な人の役に立てることは、素直に嬉しい。

 政宗から「仁義君の様子がおかしかったら、すぐに眼鏡を外して欲しい」と念押しされている里穂は、スマートフォンを操作する仁義を覗き込み、心配そうな眼差しで問いかけた。

「ジン……大丈夫っすか? 見えるっすか?」

「うん、大丈夫。里穂、どこにいるか分かる?」

「こっちに近づいて来てるっす……多分、右から……」

 里穂の視線を追うように、仁義がスマートフォンのカメラを向ける。そして、彼でも分かるほど近づいていくる気配を感じて――表情を引き締めた。


 数秒後、横断歩道を渡って、通りの中央にある歩道にやってきた『彼女』は……時折周囲を見渡しながら、少しだけおぼつかない足取りで、定禅寺通りを西公園の方へ向かって歩いていった。

 ポツポツと……浴衣の裾から、雫を垂らしながら。

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