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改札口の向こう側  作者: maruisu
第二章
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26/42

意外なつながり


 朝、いつものように智を送り、麻子先生と昨日のことを報告し合って、普通に職場に来て、朝礼をして、品出しをして、レジ打ちして――いつもと全く変わらない一日だった。

 そんないつもと変わらないレジ打ちの最中目の前に並んだお客さんの顔を見て、

「あ」

 と思わず呟いてしまった。目の前のお客さんは栄一君とおんなじ高校の制服を着ていた。その姿を見て栄一君を思い出してから、はっと昨日メールをし忘れていたことに気が付いた。


 しまった! 忘れてた……!!


 はっと気がついたときには、多分もう遅かった。背中から変な汗が流れてくる……。

 お客さんの高校生が、は? とこちらを見たので、慌てて作り笑顔で金額を告げた。いけない……今は仕事中。落ち着け―と自分に言い聞かせて、一連の作業でお客さんへ品物を渡してほっと一息ついたんだけど……、心の中は大汗だ。


 やばい!


 何がやばいって――後で報告の電話をしようと思ってたのに、すっかり栄一君に連絡するの忘れていた……。携帯もチェックしてないから、栄一君がメッセージ入れてたとしたら、ガン無視してることになる。それは、かなりまずい気がする。

「ちょっと、瑞希。どうしたの?」

 隣でレジ打ちしていた伊藤ちゃんが怪訝な顔をしてこちらを見る。

「いや、ちょっと、すっかり忘れていたことがあって……」

「何? 智の行事とか?」

「……や、智関係ではなく……」

「あ! じゃあ、あの栄一君だっけ? イケメン高校生」

 ワントーン声が高くなった伊藤ちゃんに、すがるような目を向けると、伊藤ちゃんが「図星?」と聞いてきた。小さく頷くと、伊藤ちゃんが大げさにため息を吐く。

「可哀想……」

 あの夏の一見以来、伊藤ちゃんは栄一君に甘い。伊藤ちゃん的には私が栄一君に迷惑をかけているとの認識なので、栄一君が不憫に思うらしい。あんなにイケメンなのに、選んだ女が残念すぎるでしょ! と言われている。余計なお世話だ。いや、冗談だってわかってるから気にしないけどね。

「何やったの?」

「や、何って程じゃないんだけどさ……」

 そう呟いた時に、カウンターに人が来たので慌てて口をつぐんだ。一応仕事中の私語は禁止だ。


「おつかれしゃーっす」

「あんたね、その掛け声どうにかなんないの? お前は近所のオッサンかっつうの」

 店長に休憩に入るように言われ、レジを交代して事務所に入ると、すでに休憩に入っていた伊藤ちゃんがすでにお弁当を広げていた。

「いやいや、伊藤さんのように『おつかれさまですっ』の上目遣いは出来ませんよ」

 両手を上げてやれやれのポーズをとると、伊藤ちゃんに頭を叩かれた。

「誰がそんなことしてるっつうの?」

「冗談です……」

「わかってるわよ。やるなら、『おつかれさまでぇす』ぐらいやるわよ」

 おつかれさまでぇすのところで、目を潤ませて子猫のようなくりくりの目で上目遣いをしてきた伊藤ちゃんを見て、思わず吹き出した。

「出た! 女優!! 詐欺だよあんた!」

「女優ナメんな!」

 ガッツポーズを作る伊藤ちゃんを見て、拍手する。いや、マジで、伊藤さん。あなた、その子猫のような顔をさせたら天下一品だわ。それで落ちたんですね。うんうんと頷いていると、伊藤ちゃんが咳払いを一つした。

 事務所の灰色のワークデスクの上に、伊藤ちゃんの手作り弁当が鎮座している。色もカラフルで、朝からよくそんなの作る時間あるねってぐらい凝ったお弁当だ。いいなーと昔言ったら、一食300円で作ってくれると言っていた。今度お願いしようかな。それに引き換え、私はお弁当……ならぬ近場のコンビニパンで済ませている。伊藤ちゃんにはそんなんじゃ肌が荒れる! と怒られるけど。朝お弁当を作る暇があるなら、一分でも寝ていたいって言うのが、本音なところ。

 手洗いを済ませて、椅子に座って持ってきたコンビニパンの袋を開けてかぶりついた私に、伊藤ちゃんが聞いてきた。

「で、不憫な栄一少年は、どうなったの?」

「いや、さー」

 昨日の話をかいつまんで説明し、というわけで、電話すんの忘れちゃったんだよね……と話すと、伊藤ちゃんが「あー」とため息を吐いた。

「あんたさー、たまには少年を頼ってやりなさいよ。あの子に高校生だって負い目を作らせないようにしないと、後が怖いよ。すねたら面倒なんだから」

 ぐさりとミニトマトにフォークを差しながら、伊藤ちゃんがため息交じりに呟く。

 すねたら面倒……ありそうだなあ。

 確かにね、栄一君は高校生ながらに妙に落ち着いた雰囲気がある。背が高くてガタイがいいからね、顔も老け顔だと思うし。私服だったら大学生でも、新人サラリーマンでも違和感ないかもしれない。だけど、やっぱり中身は高校生なんだから、頼っちゃうと重荷になっちゃうかなって不安な部分も正直ある。素直に伊藤ちゃんにそう告げると、

「重荷かどうかは、あっちが決めるからほっときなさいよ。それよりも、後でそんなの知らなかったとか言われる方が、面倒なんだよ。隠し事はね、極力ない方がいいんだから。向こうも興味なかったら、ふーんで終わるんだから、大丈夫よ」

 そんなふうに慰められて、そんなものか、とパンをかじりながら頷いた。

「昨日こんなことがあって、参っちゃったんだー。慰めてー! とか言っときゃ、収まるんじゃないの。そんなもん。実際、そんなことあったら放っておけないだろうってのは、栄一少年も分かりきったことだろうし。そんな状態じゃ、おちおち電話してられないってのも、栄一ならわかるデショ」

「伊藤ちゃん、なぜあなたが栄一呼び……?」

「えー、いいじゃん。彼、栄一って呼びたくなる顔してんのよ」

 頬杖付きながらいたずらっぽく伊藤ちゃんが笑う。

「本人に了解取ってからにしたら?」

 呆れ顔で言い返したら、伊藤ちゃんはますます口角を上げる。

「大丈夫。彼女に了解取ったから」

 そう言って伊藤ちゃんはにっこりとほほ笑んだ。いやいや、私はいいって言ってませんよ、伊藤さん……?


 伊藤ちゃんとお昼を食べて、化粧室で歯を磨いてから売場へ戻ると、

「南里さん!」

 と店長に呼ばれた。私の担当は秋になって雑誌コーナーから児童書に変更になった。児童書コーナーのチーフがいきなりやめてしまったので、急きょその穴を埋めることになった。最近はやっと慣れてきた児童書コーナーへ行くと、店長が紙を片手に売り場を指さしながら営業さんと話していた。出版社の営業さんが月1くらいで本の売り込みに顔を出す。うちの店は郊外にあって、売れ筋店ではないので営業さんもあまり多くは顔を出さないけど、律儀な営業さんはまめに顔を出してくれて、そんな人は決まった顔だ。

「南里さん、児童書の発注任されてたよね?」

「はい。私と、遠藤君ですけど」

「じゃあ、今日遠藤君休みだから、南里さんに任せちゃうんだけど。K出版の鈴木さん。今日、担当の田辺さんがお休みで代打なんだって。で、K出版の今月の新刊の紹介に来たんだけど……、うちの児童書のコーナーで『バッツと5匹がゆく』シリーズが一番人気でしょ? 来月バッツシリーズの新刊が出るんだけど、作者さんが20周年なんだって。他店合同のフェアの企画が出てるんでその相談なんだけど、どう?」

 店長が営業さんの持ってきた企画書を手にしながら、「コーナー作るなら、ここかな~」なんて言っている。バッツシリーズはネズミのバッツが友達5匹と事件を解決するという内容の絵本で、細かい絵の書き込みがお母さんから受けて、またお話のテンポの良さが子ども達から受けて、かなりの人気を誇る。新刊が出ると、バッツシリーズで育った中高生が、「バッツがあるー! 懐かしー」なんて言いながら通り過ぎたりする。かくいう私も、バッツシリーズは全部読破している。起こる事件も、チーズがなくなったり、いたずらネコへの仕返しだとか、可愛いネズミが巻き起こすほほえましいエピソードでほのぼのする。

 渡された企画書を見ながら、「ああどうも」とお辞儀をして顔を上げて、驚いた。


 目の前に合った顔は、どこかで見覚えがある……なんてもんじゃなかった。

「す、鈴木さん……?」

 そう顔を凝視しながら呟くと、怪訝そうな顔をしながら、K出版の鈴木さんも顔を上げて「はい?」とこちらを見た。

 鈴木さんはこちらを見たまま、固まっている。

 そりゃそうだ……。


 多分、私の方が動揺していた。鈴木さんはすぐに体勢を立て直し、咳払いをしてから「K出版の鈴木です。どうも」とにこやかにほほ笑んでお辞儀をする。

「あ、はあ、南里です。よろしくお願いします……」

 慌てて頭を下げて、そのまま動けなかった。

 な、何で……?

 なんで鈴木さんが!?


 目の前の鈴木さんは、昨日見た千冬ちゃんのお父さんだった。


「ってわけなんだけど、南里さん、そんな感じでいいかな?」

 一生懸命イベントのスペースを鈴木さんに説明して、どういったフェア内容にするかを鈴木さんと一緒に話していた店長が、突然こっちに話を振ってきた。それまで昨日のことを思い出して、心臓バクバクだった私は全く何も聞いていなかった。

「え? は、あ――」

 えーっと、全く聞いてなかった……。どうしようと焦っていると、鈴木さんが私の方に体を向け、店長に営業スマイルを向けている。

「ええ。分かりました。あとは担当の方とお話させて詰めさせていただきます。南里さんでしたっけ? フェアの案をいくつか出して頂いて、検討しましょう」

 店長にそう言うと、私の方を見て極上の営業スマイルをしてきた。

「ああ。そう? じゃあ、鈴木さんすみませんがフェアの方は南里とお願いします。一応うちの児童書担当者なんで。よろしくお願いしますね」

 店長はそう言うと、忙しそうにレジに行った。そう言えば、今日はネット販売の方でトラブルがあったとかで本店の部長が来るんだっけ。店長的にはこんなところで時間を取られるのは参ってしまうのかも。で、鈴木さんと二人で残された私は、企画書を手にしたまま固まった。


「――君、こんなところで働いていたのか」

 二人きりになった途端、鈴木さんの声のトーンが低くなる。それまではやり手の営業みたいな感じで、口調もはっきりしぐさも丁寧だった佐藤さんの言葉が急にぞんざいになっていた。

「ええ。はあ、まあ。鈴木さん、K出版の営業さんだったんですねえ……」

 意外なところで、世界は狭い……。

 今まで書店に営業に来る営業さんで、鈴木さんの顔は見覚えがなかったんだけど。

「ああ。本来ならこんなところで一営業の真似をするはずじゃなかったんだが、ちょうど田辺の代わりがいなくてね。一日だけの代理だ。その分、今日俺が回った店は運がいい。販促品も他の営業よりも独自色を強く出すこともできる。大概の企画なら通してやれるからな」

 ネクタイを緩めて、ふんと鼻を鳴らした。はあ、そういう事だったんですか。と納得しながら、どんだけ俺様なんだ、この人は……と呆れた。

「それはそれは。じゃあ、今日鈴木さんに会えてラッキーってことですね」

 まったくラッキーなんかじゃないけど……と心の中で考えながら、言った。すると、鈴木さんはクッと笑うように顔を歪ませた。それから企画書を見ては、棚を確認していた。

「昨日は千冬が世話になったね」

 コーナーの棚の様子を確かめながら、こちらの顔も見ずにサラッと言われ、思わず顔を上げた。まじまじと鈴木さんを見ると、鈴木さんは何事もないように棚の本を直していた。この人、お礼なんて言えるのか……とちょっと意外だった。昨日のあの棘のある言い方と言い、さっきの声のトーンといい、やな奴なのかと思っていたけど案外そうでもないらしい。それだけでそう思ってしまうのは、私が単純だからなのかな。

「いいえ。女の子に接することって普段ないから、楽しかったですよ?」

 千冬ちゃんを思い出し、自然と顔が綻んでいた。

「そうか。俺にとってはうっとうしいだけだがね」

 顔色一つ変えずにそう吐き捨てるように言う鈴木さんに、絶句した。


 前言撤回――。やっぱり鈴木さんはあんまりいい人じゃなさそうだ。

 そんなことをあっさり言っちゃう人がいい人なわけがない。まして、自分の子どものことだ。自分の子どもってもっと愛おしいものじゃないのかな。そう思ってから、ふと持っていたペンを口元に当てていた。そんなことを言ってたら、世の中に虐待なんてあるはずがない。子どもを好きじゃない親って言うのがいるのも、知っている。


「千冬ちゃん、お父さんのこと好きだから構ってほしいんじゃないですか?」

 千冬ちゃんが不安になりながら一生懸命お父さんを待っていた姿を思い出した。お父さんを待っているときの千冬ちゃんは確かに一途にお父さんのことを考えていた。その不安げな顔を思い出しながら、目の前の児童書に触れた。考えてみたら、千冬ちゃんはこうした絵本をおうちで読んでもらったことはあるんだろうか。

「そういうの、こっちは仕事で疲れてるんだから、いい迷惑なんだよな」

 吐き捨てるような口調に、思わず顔を上げる。すると、鈴木さんが眉をしかめた。

「……君は、勤務中に無駄口を叩くのか? そんな書店に任せておいて大丈夫なのか――」

 むっと咎めるような口調で最後の方は独り言のように呟いてから、額に手を当てていた。余計なお世話だ。むっとして怒りで拳を震わせていると、鈴木さんが急に笑顔になってこっちを向いた。

「あとは、裏で打ち合わせしますか」

 妙に明るい高い声で鈴木さんがにこやかに話しだした。それがあんまりにも突然だったから、何だ!? と思っていると鈴木さんの視線は私を通り越して後ろを見ていた。

「鈴木さん、バッツの著者の原画とかサインとか、お願いできませんかねー?」

 背後から聞こえた声は店長の声だった。いつの間にか戻ってきたらしい。ここに飾ったら、人目を引くと思うんですよーなんて指さしながら言っている。それを鈴木さんも目で追いながら、頷いていた。

「ああー、いいですよ。20周年ですしね。大々的にフェアを打つなら、飾りたいところですもんねー」

 相変わらずの営業スマイルでにこにこしている鈴木さんを思わず見上げてしまった。それに全く気がつかないふりをして、鈴木さんは店長と話し続けている。

 

 な、何この人……!? 裏表激しすぎ!


 あっけにとられていると、鈴木さんが腕時計を見る。もう時間は5時を回っていた。

「おっと、すみません。せっかくいい案をたくさん出して頂いて、よい感触が得られたところで申し訳ないんですが、これから他の店にも顔を出さなければならなくて。またよろしくお願いしますよ。次は担当の田辺が伺うんで。私も、こちらのフェアの成功を陰ながら応援させていただきますので」

 そう言うと、鈴木さんは企画書をカバンに仕舞い、店長に頭を下げた。

「さすが、出版社の営業課長ともなるとお忙しいですね」

 世間話のように店長が笑いながら鈴木さんに言う。店長の言葉にびっくりして思わず店長の顔を見てしまった。K出版は結構な大手だ。

 その営業課長って……。それって、かなりの出世コースじゃないの? 

 びっくりしている私を見て、鈴木さんがにやりと笑う。

「南里さん――でしたっけ? よろしくお願いしますね」

 店長に背中を向けて浮かべる意地の悪い笑顔を見て、この人の本性が分かった気がした……。

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