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改札口の向こう側  作者: maruisu
第一章
21/42

本音2

 マンションが近づく頃には私はすっかり足元がおぼつかなくなっていた。

「大丈夫ー? 瑞希ぃ」

 伊藤ちゃんが支えてくれて、なんとか家の前にたどり着いた。すると、伊藤ちゃんが足を止めた。


「あれ? 誰かいるよ?」

 入口のところに誰か立っているのが見えて、伊藤ちゃんが左手でその人を指さした。伊藤ちゃんの指の向く先をたどってみると、マンションの入り口の壁にもたれかかっている男の人が見えた。


「あ、あれ? 栄一君?」

 私の言葉に伊藤ちゃんがはっとこっちを見た。

「嘘! 噂の高校生!」

 明らかに声が弾んでいて、おもしろがっている伊藤ちゃんの声に、小さく頷いた。


「っと、ごめん。気分が悪い……冗談抜きで」

 とりあえず、栄一君のことどころじゃなくて。……吐きそう。

「やだ! 大丈夫、瑞希?」

「あー、たぶん大丈夫……じゃない」

「見ればわかる!」

 

 伊藤ちゃんがため息をつきながら、こりゃダメだなーなんて呟いていた。しかめっ面しながら肩を貸してくれて、足元がふらふらしている私を支えながら歩いてくれる。

「ちょ、瑞希さん!?」

 たったと駆け寄ってくる足音が聞こえて、栄一君がこっちを見つけたんだってわかった。

「あー、君、瑞希の知り合い? ちょっと、瑞希こんなんだから相手できないと思うけど?」

 すると、ふわっと腕が浮いてぎゅっと肩を支えられた。

「俺、運びます」


「あら? なかなかの男前じゃない? 瑞希から聞いたときは、今時高校生って印象しかなかったけど」

 伊藤ちゃんの声が弾んでいる。……男前って、伊藤ちゃん言葉が古いよ。ほんとに24歳? おばさんぽいよと心の中で思ったけど、口には出さなかった。口に出したら、怒られそうだし。舞台女優だけあって、口調が芝居がかっているんだよね、ちょっと。

 

「まあいいや。じゃあ瑞希運んでくれる? 瑞希の部屋、連れてってやって」

 まるで自分の部屋のように伊藤ちゃんが言って、その後ろに私を抱えた栄一君が続いた。


 不謹慎かもしれないけど、栄一君の香りがすごく近くて、こんな時なのに妙に安心できた。

「……ごめん」

 栄一君の胸に靠れるようにして、小さく呟いた。

「気にしないで、もっと寄りかかっていいから」

 呆れているだろうな、と思ったら栄一君から優しい言葉が返ってきた。


「ごめん、気持ち悪くなるといけないから、ソファで横になっていい?」

 伊藤ちゃんがカギを開けて中に入る。栄一君が寝室に連れて行こうとしてくれたけど、それを押さえてリビングのソファに座らせてもらった。というか、座ったのはほんの一瞬で、ずるずるとソファに横になった。

「大丈夫? 瑞希さん」

 心配そうな声が聞こえる。黙って頷くと、気分が悪くて目を閉じた。


「瑞希ー、あんたそこでいいから少し寝な。そしたらちょっとは気分も良くなるでしょ」

 伊藤ちゃんはテーブルにコンビニの袋を置いて、ダイニングチェアーに座る。

「栄一君? って言うの? とりあえず瑞希は放っておいていいから、こっち来て座ったら?」

 初対面だというのに、全く気にする様子もなく伊藤ちゃんが栄一君に椅子を勧めている。伊藤ちゃん、ほんとに人見知り全くないよねなんて考えながら、横になっていた。私の思考はずっと気持ち悪い、気持ち悪いで占められていて、他のことを深く考える余裕なんて全くない。とりあえず、吐いた方が楽かな……とか、気持ち悪くなったらトイレ……くらいしか考えられなかった。


 栄一君は椅子を勧められて、どうやら座ったようだった。椅子を引く音がする。

「君も飲む?」

「や、俺、未成年なんで」

「高校生でしょー。今時、みんな飲んでんじゃないの?」

「いやー、そうでもないです。って言うか、俺は飲まないんで」

「お! 真面目だね。なかなか。その外見とは裏腹に。じゃ、寂しいけど一人で飲も。あ、そだ」

 勝手知ったる何とやらで、伊藤ちゃんが冷蔵庫を開けていた。目をつぶっていたから音で想像していたんだけど、どうやらお茶を栄一君に淹れているようだった。

「夏だから、冷茶でいいよね。ペットボトルで悪いけど、はい」

 コトンとコップがテーブルに置かれている音がしていた。

「あ、すいません」


「ねえ、君、栄一君だっけ?」

「はい」

「私、伊藤みちかっていうの。よろしくね」

「田所栄一です」

「悪いね、瑞希運んでもらっちゃって」

「いえ、瑞希さんに会いに来たんでちょうどよかったです」


「えー、なになに? 別れ話? ってか、そもそも瑞希と付き合ってんの?」

 すっごい期待した口調の伊藤ちゃんの声が聞こえてきた。そのすぐ後に、ぶはっと栄一君が咽て吹き出す音が聞こえた。伊藤さん……ツッコみすぎ。


「や……付き合ってないです……」

「じゃあ、別れ話もないかー。だったら、何しに来たの?」

 

「もしかして、花火の日にデートしてた女の子と付き合う報告?」

 伊藤ちゃんの声が、ものすごく弾んでいる。絶対、楽しんでるよ、伊藤ちゃん。人が寝てると思って……。何か言おうと思っても気分が悪いから起き上がれないのが悔しい。

「付き合ってないです! あれは、ただの友達で!」

「お、ムキになった」

 明らかに楽しんでいる声が聞こえてくる。栄一君、やりずらいだろうな……。伊藤ちゃん、ただでさえ攻撃的な人だしな。


「まあ、とりあえず座りなよ」

 どうやら栄一君は勢いで立ち上がってたらしい。ぷしゅっと缶を開ける音がした。伊藤ちゃんがもう二本目の缶チューハイを開けているらしい。ピッチ早いなー。

「あのさー、瑞希はさ、ああ見えてもかなり真面目だからね。その気がないなら、気のあるふりしてやらないでよ」

 

「……」


「伊藤さん、でしたよね? 一つ聞いていいですか?」

「何?」

「花火大会に他の人と行ったの、瑞希さんも知ってるんですか?」

「そりゃ、瑞希から聞いたし」

 あっさりと伊藤ちゃんが言う。栄一君がため息を漏らしたのが聞こえてきた。そんなのお構いなしに、伊藤ちゃんは話を続けた。


「瑞希と智とプールに行ったんだって? それから、よそよそしくなったって聞いたけど? まあ、話聞く限り瑞希が悪いよね」

「いや、瑞希さんは悪くないです。俺がはっきりしなかったから」


「悪いのは瑞希でしょ。君がナンパされてたのを見て、嫉妬しちゃったんだから。自分はシングルマザーで高校生と付き合う資格はない―ってね。資格も何もって感じだけどさ。で、ついいらっとしちゃったみたいだよ。バカだよねー。そんなの。君とぶつかるのが怖かったんじゃない。だから、シングルマザーってことに逃げたんだよ」

 ズバッと伊藤ちゃんに言われて、耳が痛かった。


「俺、ずっと、ずっと瑞希さんからしたら子どもだろうなって思ったら、自分から何もできなくて。それなのに、瑞希さんと一緒にいたくて、思わせぶりなことずっと言ってて。俺、瑞希さんの方から口に出してくれないかなーとか、ちょっと卑怯なこと考えてたんです。あの日、責任取れないなら関わらないでって言われた時、自分が卑怯だったなって、わかったんで」


「卑怯って言うか、お互い他力本願なのよね、君たち。もっとズバッと自分はどうしたいって伝えればいいのに、って私なんか思っちゃうけど? 智がいるからとか、シングルマザーだとか、そんなの自分に自信のない言い訳なのよ、瑞希の場合は。君が子どもなら、瑞希も同じよ。あの子、ロクな恋愛してこなかったから。智の父親って、私の知り合いなのよ。だから二人が付き合ってた頃のことも知ってるんだけど、まあ、ロクでもないやつでね。そんなのしか付き合ったことないから、そういうの、引きずってるんじゃないかな」

 伊藤ちゃんの声がちょっぴりしんみりしている。


「俺、瑞希さんの過去は聞かないって言ったんです。だけどほんとは、すごく気になってた。なのに俺なんかが踏み入れちゃいけないって物わかりのいいふりしてた。だけど、聞けばよかったのかな。それで、俺はそんなじゃないってきっぱり言ってやればよかったのかなって思います、今は」


「って、ちょっと待ってください……。瑞希さん、あの日ナンパされてたことまで知ってるんですか!?」

 慌てた口調の栄一君の声が聞こえる。


「知ってたよ。瑞希さ、今でこそあんななんちゃって女子大生風のコンサバ系だったりするけど、高校生の頃はすんごい地味だったの。で、君がナンパされた時、相手の女の子見て、自分とオーバーラップしちゃったみたいなんだよね。さんざん飲み屋で愚痴ってたよ、今日」

 あっはっはと伊藤ちゃんが笑っている。あ―何でそんなこと言うかなあ。それじゃあ、私が栄一君のこと好きだって、バレバレじゃないですかもー。なんだか、頭まで痛くなってきたから、一回うめき声を出してやった。のに、二人とも気がつかないでスルーされてしまった。二人ともひどい……。


「さっき、瑞希可愛いこと言ってたよ。あの子ね、君と同年代に産まれたかったって。同じ学校で、同じクラスで、同級生として知り合って、君と同じことを感じていたかったって。それが出来ないのが悔しいって言うの。バカだよね。同年代だったら、栄一君の視界にあの子は入ってないかもしれないのにね」

 眠くなってしまった私の耳に、少ししんみりしたような、トーンの抑えた伊藤ちゃんの声が聞こえていた。なんか、二人の話をもうちょっと聞いていたいと思いながらも、ひたすら襲ってくる睡魔と闘っていた。


 



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