溢れだした心――リサの気持ち
栄一とは駅ビルの中にあるパスタ屋さんでご飯を食べた。途中ドラッグストアによって絆創膏を買って、ベンチで貼ったら歩いても大丈夫なくらい痛みはマシになった。
食事が終わるころ、マキちゃんから電話があって「シンペイと八王子にいるんだけど、そっちはどうした?」と聞かれ、リサたちも八王子にいると告げると、じゃあちょうどいいや、って返された。
何が?
「一緒にカラオケ行くべ!」
って、シンペイが変なノリで電話の向こうで叫んでいて、マキちゃんに怒られている。
「っつうわけなんだけど、行く?」
呆れたような声でそう確認するマキちゃんに少し待ってもらい、栄一に確認すると構わないということだったので、食事が終わったら合流することをマキちゃんに告げて、電話を切った。
「シンペイ、テンション高い!」
耳を押さえながら笑うと、栄一も「あいつバカだから」と笑った。
「大方、花火中止になって物足りないから騒ぎたいだけじゃねえ?」
確かに。シンペイはお祭りごとが大好きだから、こういったイベント好きだもんね。中止になったがっかり感がこっちにスパークされちゃったんだね……。
会計を終えて、二人で外に出ると夜空は星が出ているくらい、さっきの雨は何だったんだ? って言うくらいきれいな星空だった。でも、雨の名残は蒸し暑くまとわりつく空気になって、さっきよりも一段と湿気がすごくて気持ち悪い。
歩いていると、どうしても足がゆっくりになってしまう。
「どうした? まだ痛い?」
栄一に聞かれて、首を横に振る。
そうじゃない。
カラオケに行って二人に合流したら、もう栄一と二人だけの時間は終わっちゃう。それがイヤ。また次の約束が出来ればいいのに、絶対にそれはない。もう二人っきりでこんなふうに歩くことなんてないだろうと思うと、足は進まなかった。
「……栄一、行きたくない」
ぎゅっと栄一の袖を掴む。面食らったような栄一の顔をまっすぐ見つめる。
「もっと、二人でいたい……」
思わず、呟いてしまった。
「リサ?」
栄一が驚いたような、不思議そうな顔をして尋ね返す。
ああ、そんなこと言うつもりなかったのに。栄一には好きな人がいるから絶対言わないでおこうと思ったのに。
マルベリーブリッジのモニュメントの前で足を止めたリサを見て、栄一も一緒に立ち止まっていた。
「だって、栄一ずるいよ……。そんな優しくされたら、期待しちゃうじゃん」
栄一が悪いわけじゃないし、優しいのも知ってる。だから好きだったんだもん。栄一は優しいけど、自分を偽ったりごまかしたり、よく見せようとする優しさじゃなくて。そんなところが好きだったから。完全な八つ当たりなんだけど。期待するのだって、リサの勝手な思い込みだし。
こんなふうに優しくしてくれるなんて、栄一もリサのこと少なからず思ってくれるんじゃないかって。
勝手に期待して、勝手にその気になってる。
案の定、栄一の目は点みたいになってるし。
バカみたいなこと言ってると思ってるだろうな、リサのこと。
だったら、もういいや。もう、全部言っちゃえ。
「リサ、ずっと栄一のこと好き。好きなの。栄一に好きな人がいるのも知ってる。でも、うまくいってないなら、少しでも可能性があるなら、リサのこと見てほしい……」
少なくとも、三島さんよりかはリサの方が好かれている自信はある。だから、隙間を狙うようなこんなやり方はあんまり好きじゃないけど。
そしたら栄一は、リサの言葉に驚いたようだったけど、まっすぐにリサを見つめ返した。そのまなざしが真剣だから、リサは緊張した。自分の体全体が心臓の音と一緒に跳ね上がってるんじゃないかって思えるくらい。
「リサ、俺、前も言った通り、好きな人がいるんだ。俺、その人のこと絶対あきらめられないし、本当に好きなんだ。
だから、ごめん……」
少し伏し目がちに言う栄一のまつ毛に街灯の明かりがキラキラ光るようだった。
分かってる。分かってた。
栄一の気持ちがずっとその人にあるのも分かってる。だから、そう言われるのも分かってた。
私は黙って、首を横に振る。
「……いいの、知ってる……」
それだけ言うと、涙がこぼれた。
バカみたいだなあ。それでも、好きだったからなあ。
もうどうしようもなかった。好きだから、好きになってほしい。その思いは心の中から溢れ出るように、外に出したくなってしまっていた。栄一にぶつけたくなってしまっていた。
だから、我慢できなかったのはどうしようもない。
そして、栄一が他の人を好きなのも、どうしようもない。
それでも、泣けてくる……。
だって、本当に栄一のことが好きなんだもん。
「リサ……」
どうしていいかわからないようで、栄一がおろおろしている。そんな姿もまた可愛くて……っていうか、さんざん女の子を振ったりしてるくせに、こういう態度を取れるのが、ウケる。
「ごめん、――でも、ありがとう」
栄一のその言葉に、やっぱりリサは黙って首を横に振った。
だって、どんなに謝られてもどんなにお礼を言われても、栄一がリサのことを好きになってくれないのなら、何も変わらない。どんなに可愛い恰好をしても、栄一に見てもらえないんじゃ意味がない。
「……栄一なんて、振られちゃえ」
えいっと、下駄で栄一を蹴り飛ばす真似をする。栄一は一瞬ぽかんとした表情をしたけど、リサがふざけたのが分かって、にっと笑うと、この! とリサの足に当たらないように蹴り返す真似をする。
「ヤベエ、リサの呪い!」
栄一がふざける。
栄一なんて、呪われちゃえ。リサみたいな子はもう二度とあらわれないんだからね。
って言う意識を込めて、思いっきり舌を出してやった。
「……ごめんな、リサ」
足をけり合う真似をしていたら、俯いた栄一が聞こえるか聞こえないかぐらいのところでそう言ったから、涙が出た。堪えようとしたけど、肩が震えちゃったから泣いてるのは分かってるだろう。
でも、栄一は素知らぬふりをしてふざけていたから、リサも涙を拭った。
「友達だから」
念を押す。じゃないと栄一、リサに距離を置く。絶対置く。
「ね、栄一」
そう言うと、栄一がリサの頭をぽんと叩いた。
「ありがとな、リサ」
そう言って笑った栄一の口元が少し震えていて、それがとても可愛かった。栄一が一生懸命リサのことを考えてくれたから、それだけでいいや。
彼氏じゃなくても、好きな人じゃなくても、どんな形でもいいから、栄一の隣にいたかった。それがただの友達でも。
栄一と一緒にカラオケに行くと、マキちゃんとシンペイは盛り上がっていた。
「来たね!」
シンペイがさっそく栄一に絡んでいる。
「歌うぜぇー!」
マイクでシャウトしていてうるさい。
「ごめんねー、シンペイがこんなで」
マキちゃんが栄一とリサに向かって手を合わせて申し訳ない顔をする。リサと栄一は二人で顔を見合わせた。
今のリサたちにとって、シンペイの底抜けの明るさはちょっと救われるというか……気まずくなくて、かえってよかった。栄一はシンペイにマイクを向けられて、来た早々デュエットさせられている。マキちゃんの横に座ると、マキちゃんがドリンクのメニューを渡してきた。
「ここ、ワンドリンク制」
ドリンクバーの方が楽で好きなんだけど、仕方ないか。メニューを選んでいると、マキちゃんが耳元で聞いてきた。
「上手くいったの?」
マキちゃんはリサが栄一のこと好きなのも知っているし、栄一に好きな人がいるのも知っている。それでもリサのことを応援してくれてた。
黙って首を横に振ると、マキちゃんは一つため息を吐いた。
「そっか……。今日は歌いな! 飲みな!」
そう言って、自分のドリンクをリサに突き出してきた。
って、マキちゃんのがなくなっちゃうじゃん。
ぷっと吹き出しながら、マキちゃんの優しさにウルッときた。そしたらマキちゃんがぎゅっと抱きしめてくれたので、なんだか嬉しかった。
「こらー! そこ! 人の曲をちゃんと聞くー!」
マイクごしにシンペイが叫んで、マイクをこちらに向けていた。
「シンペイ、うるさい!」
間髪入れずにマキちゃんに怒られ、項垂れるシンペイを栄一が茶化す。
「シンペイ、ほんとにバカだー!」
ちょっと涙声になりながら、精一杯明るい声を出して、シンペイを指さして笑ってやった。
二人がいて、ちょっとよかった。
こういう時、友達ってありがたい。
結局マキたちと10時くらいまで盛り上がって歌った。歌い終わる頃には、もうさっきのことなんて何にもなかったように、いつもの栄一だった。いつものリサだった。




