真夏の花火は―リサの話2
「お前、ほんとに雨感じるの早いのな」
屋根のあるところまで駆け込んで空を見上げると、バケツをひっくり返したようなっていう形容が合いそうなほどのどしゃ降りになった。二人で並んで空を見上げていると、花火大会の中止のアナウンスが流れてきた。
「始まって、30分で終わっちゃったな」
アナウンスが終わって、名残惜しそうな栄一の言葉に、うんて頷いた。雨がやまないか外を覗き込んでいる人達と一緒に並んで、空を見上げた。雨は全然止む気配はなかった。雨を心配する声や、花火が中止になって文句を言っている人達の声や、人の多さに辟易している子ども泣き声なんかで、繰り返し放送されている花火大会中止のアナウンスが聞こえないほどだった。みんな雨が止まないかその場で外の様子をうかがっていたけど、全然止む気配がなかったので、会場を後にしている人たちの姿もどんどん増えてる。どうする? なんていいながらその場で考えている。
「だから、そう言ったじゃん。で、どうしようか、これから」
花火がやらないんじゃここにいても仕方ない。だって、ここ周りに何もないし。雨宿りがてら遊ぶこともできない。
「仕方ない。帰る?」
空を見ながら栄一が言う。止まねえな、これは、なんて言ってる。栄一のその言葉にがっかりする。せっかくここまで気合入れてきたのに。浴衣まで着て。このままさよならじゃ寂しい。
思わず、栄一のシャツの袖を引っ張っていた。
「……もうちょっと、一緒にいてよ」
俯きがちに言う。当てもなかったけど、このまま帰るんじゃつまらない。
「リサ?」
心配するような栄一の声に、首を横に振った。
「お願い、花火が終わる予定だった時間くらいまでは、付き合ってくれてもいいじゃん」
栄一のシャツを掴んだまま、そう言った自分の顔が思いのほか真剣だったみたいで、栄一が驚いて私を見つめていた。
「……」
そのまま押し黙る栄一に、恥ずかしさが増して顔を上げられなかった。
「いいよ。どっか、メシでも食いに行く?」
ふっと栄一が笑って、そう言ってくれたからほっとした。栄一は腕時計を見ながら、バスの方がいいな、と言っていた。八王子まで出てしまえば、高校生でも遊べるようなところが結構ある。それには15分かけて駅まで歩いて、電車に乗るよりも、バス一本で出てしまった方が早い。
栄一はバスの時刻を確認すると、あと5分で来るバスがあるというので、急いで会場を出ることにした。もう停留所には長い列が出来ている。
「リサ、ちょいまち」
そう言うと、栄一はおもむろに来ていたシャツを脱いで、リサの頭にかぶせた。
「何もないより、マシでしょ?」
そう言って、走り出した。頭にかぶせられたシャツからは柔軟剤の香りがふんわりとして、いつもの栄一のシャツの香りだと思った。
雨の中バス待ちの列まで走って、最後尾に並んだ。傘を差してない人も結構多くて、みんなびしょびしょだった。
「ごめん、シャツ……」
ぎゅっとシャツの端を持っていうと、栄一は「どういたしまして」と答える。栄一の髪の毛からは雨のしずくがぴちょんと落ちて、白いTシャツの肩を濡らしている。
しばらくしてバスが到着して、みんなバスに乗り込んだ。当たり前だけどバスの中は混雑して、濡れた人の湿気と熱気で車内は急にむっとしていた。頭にかぶっていたシャツを綺麗に畳んでいると、栄一がそれを受け取ろうとしたので、洗濯をして返すことを申し出た。そんなのはいいよ、と言ってくれたけど、やっぱり、悪いし……。発車したバスは急な雨で道も混んでいるのか、なかなか駅までつかなかった。もともと乗っている人もそんなに多くはなくて、止まらない停留所の方が多かったのに。
そうこうしているうちに、駅の傍まで来たけれど、16号から駅入り口の交差点に入ることが出来なかった。どうやら落雷で駅前の大通りの街路樹が通路に向かって倒れたらしく、撤去作業が終わるまで、通行止めになっているらしい。交差点のぎりぎり手前でみんな降ろされてしまい、リサと栄一もそこから駅方面に向かうしかなかった。ここまで来たら雨も少し収まり、見上げた空から落ちてくるのはぱらぱらと細かい雨粒だけだった。
二人で並んで歩きだすと、栄一がリサよりも少し先を歩いて行ってしまう。一生懸命ついていこうとしたら、栄一がふと足をゆるめて振り返った。
「わり、ついいつものペースだった」
そう言って、隣に並ぶ。
「お前、足痛いんじゃないの?」
いつもよりもゆっくりなペースのリサの顔を見てから、足を指さした。どうしてわかったんだろう。鼻緒が擦れて痛くなって、あんまり早く歩くけなかったことに。
「うん、実は……」
軽く頷くと、栄一がやっぱりといった顔をして、リサに合わせて歩いてくれた。
二人でゆっくり並んで歩く。だけど、途中でどうしても足が痛くなって、立ち止まってしまった。
「大丈夫?」
栄一がそう言う。
「んー、どっかでばんそうこう買いたい」
立ち止まって鼻緒の位置を、擦れたところに当たらないようにずらした。
「買ってこようか?」
「えっと、駅前にドラッグストアあったよね?」
「あー、あったけど。どっかコンビニで買ってこようか?」
心配そうに足を見ている栄一の肩にちょっと触れる。
「んー、大丈夫かな。まだそんなにひどくないし。だけど、ちょっとだけ――肩貸してくれる?」
立ち上がって、栄一の腕に触れようとする。すると、ぐっと腕を掴まれた。
「掴まっとけ」
そう言って、自分の腕にリサの腕を置くとまたゆっくり歩いてくれた。
……優しいんだからな。
これが、リサだけに向けられる優しさなら、どんなにいいだろう。
こんなふうに誰にでも優しくしてたら、そりゃ勘違いもしちゃうよ。
栄一が、リサのこと好きなんじゃないかって。
そんだけ、リサといるときはリサのことを見ててくれる。
そんな気持ちを隠しながら、栄一と話しながら歩いた。栄一が道路の向こうの倒れた木を見ながら、「あー、あれが倒れたのか」なんて言っている。
どれ?
といって、栄一が見ている大通りの方へ目を向けようとした時だった。
反対側から、なんとなく視線を感じた。ぱっと左を見ると、ふと女の人と目が合った。
路地にあるコンビニの店員さんだった。
その人はじっとリサを見ると、その奥の栄一の姿を見つめた。それは一瞬だったけど、栄一の顔を見て、すっと引くようこちらを見てから、視線が合ったリサに慌てて目を逸らしていた。
持っていたゴミ袋を慌てて出してあったごみ箱にかぶせると、その人は何もなかったようにごみのふたを閉めて、店内に入ってしまった。
なにあれ? もしかして、栄一に一目ぼれ系?
結構よくあるからなー。一緒に帰ってる時も、駅で話しかけられたりするしね。
「結構でかいな」
こちらを振り返ってそう言う栄一に、「ん、そうだね」と軽く返した。
「それより、どこにご飯食べに行く?」
栄一の腕に掴まる力をちょっと強く込める。栄一は何事もないようにそのまま歩いていく。私たちはとりあえず、駅の方へ向かっていた。




