第9話 天才のひらめき
惚れ薬の正体がわかっても、解決策が浮かばない。
私は寮に帰ったあとも、ベッドの上で転がりながら実験記録と睨めっこしていた。
単純に解毒薬を作ればいいだけの話じゃない。シャルロッテ様の婚約者であるユリアン様は、その“毒”を定期的に摂取させられている。そしてそれが、体内に蓄積されていった結果、別の女性に惚れ込んでしまっているのだ。
薬を永続的に飲んでもらうというのも手だけど、相手は貴族だ。薬を常飲してくれるかわからないし、薬もコストがかかる。
「フィーナ。お風呂の時間、そろそろ終わっちゃうよ」
「あー…待って。今、行くー」
工房の手伝いをしていると、寮の夕飯やお風呂をとるタイミングがギリギリになってしまっていた。
今日だって、夕飯は工房で食べながら手伝っていたし、寮の最終門限に間に合うようにダッシュで帰ってきたばかりだ。
作業場も結局、本の片づけは一切できていないどころか、作業台はガラス皿と溶液で水たまりだらけになっている。
(うぅ……頭痛い)
せめてシャワーで頭をスッキリさせようと、重い身体を起こして、お風呂場へ向かった。
*
翌日。
私はこれといった解決策を思いつかないまま、工房を訪ねた。
「先生、こんにちはー……って、あれ?」
てっきり、更なる惨状を生んでいると覚悟していたのに、作業場は昨日と大して変わらないままだった。
先生はちょうど、紙袋から荷物を取り出していて、帰宅した直後のようだ。
「あぁ、おかえりなさい、フィーナ」
「えっ、あっ、ただいま帰りました」
その受け答えで合っているのかと思いつつ、先生が机の上に広げていく薬草たちを手に取る。
月却草にヤドリギ、カモミール、ユーリカの実にマツの種など、ほかにも色々な薬草や実が出てきてバラエティー豊かだ。
解毒薬の算段でもついたのだろうか。疑問に思っていると「解毒に使えそうなものを一通り買ってみました」と苦笑する。カモミールとユーリカの実を合わせれば、典型的な毒消し薬。ヤドリギと月却草にマツの実を加えれば、目薬になる。基本的な材料なので、見覚えがあった。
「私も寮に戻ったあと色々考えてみたんですけど、結局、思い浮かばなくって」
最大のネックは、やはり身体に蓄積されていることだ。
一回、薬を飲めば終わりでは終わらないだろうし、そもそも、身体から排出する方法が皆目見当もつかない。
愚痴をこぼしながら、薬草を見ていく。先生が買ったなかで、ひと際目立つものがあった。石化止めに使うキレート草だ。石化魔法を放つ高位の魔獣と戦うときにしか使わない超高級品。無造作に置くレベルじゃない上に、なんでサラッと買うのか理解できなかった。
「フィーナ。再度確認しますが……惚れ薬は、繰り返し飲む必要があるんですよね」
先生は、何か引っかかりを抱えながら、買ってきた薬草と本を見比べて考え込む。
「……えっ、あ、はい。売人の手紙にも『継続して飲ませる必要を無くせ』って書いてありましたし。ずっと身体に溜まっていないと効力を発揮できないんじゃないですか。だから、面倒だなって……」
「それです!」
「へっ!?」
いきなりの大声にびっくりしたけれど、先生は目を爛々と輝かせて「そうか、それなら!」と、すぐさま紙に書き始めた。
シャッ、シャッと超高速で術式が書き殴られていく。その目にも留まらぬ速さで、紙がどんどん黒くなっていくけれど、先生の手は止まらない。
実際の時間は数分かかったけれど、体感としては数十秒だ。まるで、印刷プリンターみたいに術式が弾き出される。
「フィーナ! これです! 石化止め薬を応用すればいいんです!」
「えっと……」
大興奮のまま、先生は完成した術式を見せてくれたけれど、首を捻ってしまう。
石化止め薬?
どうして今、その薬が出てくるんだろう。
「いいですか。体に蓄積した魔石の成分を排出するなら、それは石化止めの効果と同じなんです」
「石化止め薬……石化、あ」
ようやく、先生の言ってることがわかってきた。
ガーゴイルやバジリスクといった知性の高い魔獣が使う、生物を石に変えてしまう反則魔法。それは身体の表面だけではなく、内側も石になってしまう。つまり、体内に魔力を帯びた石があるのと変わりはない。それは、惚れ薬=石化魔法といってもおかしくはなかった。
「言われてみれば同じ鉱物の蓄積です……!」
まさに目からウロコ。
これなら、一から薬のレシピを考えなくても済む。鉱物を排出する『石化止め薬』の薬草の配合をベースに、惚れ薬の魔石の比率に合わせて逆算して調整すればいい。
次第にわかってくると、その発想に興奮が組み合わさっていく。まるで散らかっていたピースが繋がり、完成図が見えてきたようだ。
「先生!」
「えぇ、さっそく作業開始です!」
さっそく、カチカチと円計算尺を鳴らして、比率を計算。そこから、キレート草をベースに石化止め薬を作っていく。初めて作る薬だったけれど、先生のフォローのおかげで段々と仕上がっていった。
蒸留する必要があるため、その液が溜まるまでは夕食を取ることにした。
とっ散らかった作業部屋は、薬草の香りで溢れかえり、草原で食事をしているのと変わりはない。
買って来たサンドイッチを食べれば、ピクニックと遜色ないような気もした。けれど、床は青い野原ではなく、紙と本だというから、現実は甘くない。それはそれで、ブルーム工房らしくていいのかもしれないけれど。
「解毒薬ができるのはいいんですけど、この後、どうしましょうかね」
「どう、というのは?」
ハムサンドを頬張りながら先生に聞き返すと「シャルロッテ様のご要望ですよ」と、ぎゃふんと言わせる方法については、何も考えが浮かばないと肩をすくめる。
石化止め薬は、あくまで予防薬と同じで、戦う前に飲む薬だ。今回、すでに蓄積してあるものを取り除くので、数回に分けて飲む必要性がある。あとは、薬を飲んだとはいえ、さらに惚れ薬を飲まされてしまった場合、いたちごっこになってしまう。その対策も、合わせて用意しなければならなかった。
「正直、見返したいっていうのはシャルロッテ様自身がやらないと意味がない、と私は踏んでます。私たちが出来るのは、そのお膳立てをすることぐらいです」
そもそも、ユリアン様が惚れ薬を飲まされた、というのは推測に過ぎない。ただ、人が変わったように突然、婚約破棄を告げるのは、明らかにおかしいことだ。
ユリアン様の豹変は、本当に“突然”だったのか。
シャルロッテ様に尋ねたとき、彼女はユリアン様の周りについて調べている、と言われた。そのなかで、誰かに飲まされていたということにたどり着ければ、そこから、ぎゃふんと言わせる計画はできるだろう。私たちの解毒薬は、そのキーアイテムの一つだ。
貴族の問題は、貴族同士で解決した方がいい。
ふいに、貴族だから片時も離さず身につけているものを思い出した。それは印章指輪だ。詩織だった頃、英国のお客様が「これは家の誇りなんですよ」と見せてくれたことがある。手紙に封をする際などに使う身分証明のようなもので、家を継ぐ者なら誰でも持っている。当然、ユリアン様も身につけているはずだ。
「……先生。先生の魔術は、エッセンスを抜くだけじゃなくって、付与も出来るんですよね」
「えぇ。そうですけど……」
「だったら虹の位は伊達じゃない、っていう証明をしてもらいます」
先生は、キョトンと顔をしたまま首を傾げる。
シャルロッテ様に連絡をして、そこからユリアン様に取り次いでもらおう。やれることはやって、その内容からシャルロッテ様がどう動くのかは委ねるべきだ。話をした限り、彼女は伯爵家のお嬢様という地位に甘んじているように思えなかった。だから、託す。
ぽたぽたとガラス器に溜まっていく、淡い水色の解毒薬。
それは、黒ずんだ石を割ったことで見えた、晴れ渡った空の色に似ていた。




