第8話 正体の秘めた闇
「さて、分析の結果なんですけど……」
キリッとした顔で言う姿は、まさに研究者らしくてかっこいい。結果を記した紙を手に、昨日分けた薬をそれぞれ説明していく姿は、先生の授業を聞いているようだった。ただし、本と紙と各種薬品が部屋中に溢れかえっていなかったらの話だ。
今朝、念のため学校へ行く前に工房へ顔を出したところ、案の定、作業場で行き倒れていた。
さすがに大の男をベッドまで運ぶ筋力は持ち合わせていないので、毛布をかけて、パンと一筆添えてから学校に向かった。
授業中も気になって仕方がなかったけれど、先生のことだから、放課後までには復活して分析を終えているに違いない。そう思っていたのに、この光景を見させられて、何とも言えない心地になってしまった。
「——と、いうワケで。正直にいうと、未知の魔石なのか、それとも更に細かく分析すべきなのか判断に悩んでいたところなんです」
だから、本棚をひっくり返していた。
それはわかるけれど、なぜ、出したら戻さないのか。子どもでも出来ることがなぜ、大の男ができないのか。
こみ上げてくる言葉をグッと堪えて、魔石の方に意識を集中させる。
先生が細かく調べてくれた紙を見ながら、頭の中の図鑑を開く。
成分は基準以上の魔術反応があって、明らかにおかしい。加えて、先生が顕微鏡で観察して書き記した粒の形状に見覚えがあった。
「先生、私も顕微鏡で確認してもいいですか?」
「えぇ、どうぞ」
さっそく、ガラス皿をセットしてレンズを覗く。
すると、赤い粒の形が妙に整いすぎていることに気づいた。天然の石は、自然で出来たからこそ他の鉱物が入り混じったり、ゆっくり成長するため年輪のような線がある。けれど、今見ている結晶は、とてもクリアで綺麗な曲線を描いていた。
レンズを調整して、光をさらに強く当てれば、小さな丸い気泡がプツプツと浮かんで見える。天然石はじっくりと固まるため空気が入る余地はない。まるで、すぐに結晶化した出来た美しすぎる宝石そのものだ。
「——っ、まさかこれ、人工石!?」
思わず声をあげて、先生の方を見る。
「なんです、人工石って?」
「ええっと、その……」
人工石、という言葉にピンと来ていない先生の顔を見る。
これは詩織の知識がなければ知らないことだ。先生に、そのまま伝えることはできない。
どうやって説明すれば伝わるのか、自然と指先が口に触れた。
宝石商にとって、人工石ほど厄介で憎らしいものはない。その名の通り、科学的に作られた石で、一見すると天然石と見分けがつかない。問題は、魔石の力まで再現できていることだった。
天然だからこそ価値があり、それを採掘することを生業にしている冒険者もいる。
けれど、その魔石が人の手で作られるようになったら——?
希少性が失われる上に、魔石の効果次第では、どんなことが起きるか全く未知数だからだ。
「フィーナ?」
「す、すみません。人の手で魔石を作る技術がある、というのを聞いたことがあるんです。でも、すごく危険だって」
「…………そんなことが」
先生が愕然とするのもわかる。
魔石を研究しつくしてる先生ですら、この考えには至らないだろう。なぜなら、魔石そのものを愛してるからだ。
自分の手で生み出すなんて、神を冒涜するに等しい行為。手の震えから、痛いくらいに伝わってくる。
そんなものが、すり潰されて惚れ薬として出回っている。
つまり、人工石がすでにどこかで生産されているということだ。
一介の錬金術師が手に負える領域じゃない。今すぐに国に言わないと、この先何が起きるかわからない。
先生も険しい表情を浮かべて、どう判断すべきか迷っていた。虹位の魔術士が進言すれば、国王も騎士団なり魔術士団を動かしてくれるに違いない。早く動くべきだ、と焦燥に駆られて地団駄を踏む。それでも、動く様子はなかった。
「先生っ」
「わかっています。けれど、フィーナ。貴女は言いましたよね、魔術インクで書かれた指示書だった、と」
その視線に気圧されて、思わず言葉に詰まる。小さく頷けば、ゆっくりと口を開けた。
「ここは、アルフヘイムです。下手に国も動けません。理由は……わかりますね」
学生の私でも魔術士として青の位をもらっている。
魔術学校が出島なのは、その青が山ほどいるのに加えて、金や銀の上位魔術士まで在籍しているのだ。つまり、国家転覆なんて容易に出来る戦力があるのと同義。
そして、この地区全体にその魔術士たちがいて、誰かが——組織的に人工石を作っている。
「でも、これは明らかに!」
「だから、です。まずは、惚れ薬の対策から考えましょう。人工石は、僕の方で検討します」
その瞳には、薄っすらと炎が見えた。眠れる獅子の目覚めに少しだけ身体が震える。
これ以上、何を言っても跳ねのけられるに違いない。
私は出かかった言葉を飲み込んで、首を縦に振った。
「フィーナ、大丈夫です。僕に任せてください。最高位は伊達じゃありませんから、ね」
優しく両肩に手を添えられる。目の前にいるのは、魔術士世界の頂点に立つ存在。
その言葉に偽りがないことぐらい、嫌でもわかる。そんな人が師であることが、誇らしい反面、遠い人に見えた。
自分の無力さが悔しい。やりきれない思いを奥歯で噛み殺し、ぎゅっと拳を握る。
少しだけ沈黙が流れた。
その空気を払うように、先生はパンと一つ手を叩いた。
「さて、分析の再開としましょうか。人工石とはいえ、魔石であることには変わりはありません。似た効果を持つ魔石をあたって、そこからヒントを得ましょうか」
先生が分析した紙には、すでにインカローズ、ガーネット、紫霧石、幻惑石などといった候補はあがっていた。
あとはこれらの組み合わせと比率を変えて、あの惚れ薬と同じ炎の色になるまで実験を繰り返す――。けれど、そんな総当たりをしていたら、いくら時間があっても足りない。
そこで私は、円計算尺を取り出した。そして、昨日の多段抽出で、分離させたときの比率の目盛りに合わせる。
分離に必要な魔力と溶剤の比率がわかっていれば、計算尺の目盛りを逆算すればいい。そうすれば、元の丸薬にどの石がどれだけの割合で入っていたのか、その黄金比が一発で導き出せる。比率がわかれば、あとは石を組み合わせるだけになる。
「先生、比率が出ました。とりあえず、インカローズが二、ガーネットが〇・五、そして幻惑石が……」
カチカチと計算尺を回して数字を告げると、先生は「なるほど、抽出の裏をかくわけですね!」と目を輝かせて計量器を手に取った。
一回目の検証では、幻惑石が多すぎて紫色の炎が強かった。先生が魔石を削り、私は配合比率を何度も見直す。離れた場所から石を削るゴリゴリという音と、計量器の針が静かに揺れた。少しでも早く正体を突き止めたい。
「とりあえず、今日はこれで最後にしましょうか」
五度目となる再現実験。
「あっ!」
赤、黄色、薄紫が混ざり合った、気味の悪い炎がガラス皿に立ち上る。
「……当たりです。これで、この惚れ薬に使われている魔石の正体が完全に暴けました」
こうして、惚れ薬の正体がつかめた。




