第6話 惚れ薬
“惚れ薬”と聞けば、そんな眉唾な薬を誰が飲むのか、という話。
けれど、婚姻関係で勢力が変わる貴族社会では、藁にも縋る思いで購入してもおかしくはない。加えて、色恋にお盛んな学生もそれは同じだ。意中の人を振り向かせたい――そのためなら手段を選ばないというのは、若さゆえの特権だ。
私には不要のものだから関心がなくてスルーしていたけれど、仕事となると話は変わってくる。
さっそく私は友達に、その噂の惚れ薬について聞いてみた。
「なになに!? フィーナも、とうとう恋の季節が到来したの!?」
「魔石だけじゃなくって自分を磨く気になったか~。でも、惚れ薬はやめておきなよー」
「いや、私の話じゃなくってね」
シャルロッテ様のことは伏せつつ、単純に『薬』として気にならないか、薬学や補助魔術専攻の子に尋ねる。彼女たちも、女の子として気になる部分と魔術士として興味はあるようだった。
薬学的なアプローチとしては、薬草の混ぜ合わせ方によっては出来なくはないらしい。けれど、材料や作成方法を考えると、途方もない時間がかかるそうだ。
仮に偶然、たまたま出来たとしても、それを大量に作成するのは困難を極める。ありふれた材料で作れるとは思えないし、貴重な薬草を使うなら、相当なお金持ちだ。第一、魔術士がそんな危険を冒してまで作る理由がない。
「補助も同じ?」
「当たり前でしょ、禁術だもん。っていうより、惚れ薬はフィーナの領域じゃない?」
「私の?」
「錬金術なら、なんか出来そうじゃない」
「なんでもかんでも作れると思わないでよ。確かに薬も扱うけど、ウチだって貴重な魔石を使ったら足がついて……」
ふと、粉薬のイメージがよぎった。サラサラと細かな粒子。それが、魔石を研磨したときに出る粉と重なった。
磨けば磨くほど量は取れる。普段なら捨ててしまう研磨粉だ。それを“風邪薬”だといって流布することもできる。これは、かなり由々しき事態だ。元の世界では、水銀中毒といった事例もある。愛する魔石たちが、悪者扱いされるなんてたまったもんじゃない。
(すぐに惚れ薬を手に入れて分析しないと!)
とはいえ、どうやって手に入れればいいか。ここは素直に、学校の先生に聞いてみることにした。
素行の悪い連中は、たいてい「噂のおクスリを知ってるよ」なんて言うに決まってる。だから、風紀担当の先生に「レポートの取り立てを代行します」と言えば、すぐに教えてくれるに違いない。
私は急いで職員室に向かった。
*
結果的に言えば、レポートの取り立てに成功して、密売人の学生と接触することができた。
取り立ては、惚れ薬の情報の代わりに、レポート担当の先生の攻略情報を提供することで手を打ってもらった。
提出先が厳しいことで有名な先生だったからこそ、ポイントを抑えれば突破は可能だ。そもそも、この学校は地方の魔術学校から推薦で入る生徒も多い。ゆえに、地頭は悪くない。
「惚れ薬なんだけどな、繰り返し飲ませる必要があるんだ」
「繰り返し?」
遅効性の薬のようで、一回飲ませたらすぐ効果が出るというわけではない。
惚れさせたい相手に自分を見てもらいながら、何度も飲ませることで、刷り込みのような洗脳が働いていくそうだ。
つまり、体内に蓄積されていくことで、真価を発揮する。まさに水銀と変わらない。ますます、放っておくことなんて、できなくなってきた。
学生は末端の売人だ。そこから得られる情報は限られている。本丸を叩くためには、直接やり取りした方がいい。
危険なのは重々承知だ。けれど、惚れ薬の材料が何なのかを突き止めなきゃ、魔石が悪用されているのかどうかもわからない。そのためにも、惚れ薬を手に入れて分析するしか思い浮かばなかった。しばらく考えてから、私は一つ提案をしてみた。
「元締めと直接交渉させろって?」
「うん。ちょっとお小遣いをくれるなら、惚れ薬の精度をあげられるかもしれないって伝えてほしい」
学生の意見を聞くかわからない。
けれど、もしかしたら薬の欠陥の打開策となるヒントは得られるかもしれない、と考えてもおかしくはない。薬ならば、すぐに効果が出ることに越したことはないからだ。
学生は、聞いてもらえるかわからないけれど、コンタクトは取ってみると言ってくれた。
そして、それから数日も経たないうちに学生から連絡がきた。
「上から連絡があった、二日後に漁港へってこいってさ」
私はさっそく、指定された場所へ向かうことにした。念のため、魔術で髪の色を変えて、眼鏡と布で口元を隠して見えないようにしておく。
それにしても、まさか海鮮物のやり取りをする場所で、違法薬物の取引をしているとは思ってもみなかった。
受け取り場所にいると、フードを深くかぶった男性がやってくる。彼は無言のまま手紙と薬を差出してきた。
そして、何事もなかったかのように、足早に立ち去って行く。
(これが……惚れ薬)
真っ白な便箋の中には、草花の種ほどの大きさの赤い粒が十粒ほど入っていた。
手紙には、デメリットの継続して飲ませる必要性をなくせ、と書き記されていた。それが出来たら報酬を渡す、と期限まで書いてある。
気になったのが、インクの色だ。パッとみた限り、普通のインクと変わらないけれど、ほんの少し魔力を当てれば色が変わる。明らかに魔術用のインクで書いたことが丸わかりだ。つまり、魔術士が関わってることは一目瞭然。こんな危険を冒してまで、犯人たちは何がやりたいのかわからない。
ともかく、惚れ薬の分析は先生の工房でやった方が、道具も揃ってるし意見も聞ける。私は、その足で工房に向かった。
「先生。件の惚れ薬が手に入ったので、分析していいですか?」
「ど、どうやって手に入れたんですか!?」
珍しく先生が驚いた顔をしたので、ここ数日あったことを話した。
けれど、みるみるうちに先生の眉間にシワが寄って、雲行きが怪しくなっていく。
「と、いうワケで、手に入れてきました」
手のひらの上にコロコロと転がして見せる。
こうしてみると、普通の丸薬と何ら変わりない。これだったら、飲み物やお菓子に混ぜて飲ませることもできそうだ。
もしかしたら、シャルロッテ様の婚約者も盛られた可能性が出てきた。
「……なんで、そんな危ないことをするんですか」
「えっ?」
低く絞り出すような声だった。その向けられた鋭い視線に息が詰まる。
けれど、私なりに考えて行動した理由があった。
「でも、先生。もしかしたら、魔石の粉を砕いていれて……」
「僕が怒ってるところは、そこじゃありません!」
激しい剣幕と共に怒りの矛先が耳に突き刺さる。
初めてこんな荒ぶった声を聞いて、体のなかで反響する。
けれど、一体何がいけなかったのかわからない。
理由を尋ねるように先生を見れば、殊更大きなため息をついた。
「密売人から譲り受けた、というところです。いいですか、フィーナはまだ学生で女性です。事件に巻き込まれてからでは遅いんですよ」
先生の言うことはもっともだ。確かに、ちょっと向こう見ずだったのかもしれない。
けれど、私の手には魔力がある。
「先生、私だって魔術士の端くれです。攻撃魔術くらいできま――」
バンッ!
「っ!」
急に先生はテーブルを叩いて、凄んでくる。
普段からは想像もできないくらい、激しい熱を宿した眼光に身体がすくむ。
「力は、どうですか? 男性相手に魔術以外で抵抗できますか」
「それ、は……」
反論できなくて、キュッと唇をかみしめる。
(――呪文が出てこない)
咄嗟に出てこないようであれば、私なんてただの女だ。
いくら魔術の勉強をしていても、何かと戦ったことなんてない。勢いだけで飛び出して、先生に相談していなかった。
無力さに手が震えて、視界がにじむ。
「……って、怖がらせちゃいましたよね!? びっくりしちゃいましたよね、すみません!」
「ふえっ!?」
急にいつもの調子に戻って、逆に項垂れられると、こっちの方が困る。
どうすればいいかわからずにいると、先生はふわりと微笑んだ。
「ですが……フィーナがいなくなると困るんです。約束……してくれますか? もう、危ないことをしないって」
温石のような、ぬくもりを秘めた優しい瞳。
どうしてかわからないけれど、それに包まれてみたいと胸がトクトクと動き出す。
けれど、その高鳴りの原因がわからないから、それを隠すために小さく頷くだけにした。
頬が熱くなったのを見られたくなくて、そのまま顔を伏せる。
「何かあったら、僕を頼ってください。これでも、君の先生なんですから」
その声音が、あまりにも優しくて。そんな先生を、本気で怒らせてしまったのだと気づく。
胸が締め付けられるように痛む。少し息が苦しくて、目頭がじわっと熱くなる。
それでも、私は顔をあげた。
「はい」
ほんの少しだけ潤む視界のなか、小さく「すみませんでした」と付け加えた。
そんな私をみて、先生も笑ってくれた。
こうして、惚れ薬の分析を始めたけれど、簡単にはいかなかった。
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