第29話 白の煌めき
響く足音。
それは、魔獣よりも軽いものだった。
開け放たれた格子から出てきたのは、穏やかな笑みを浮かべた男性。
「迎えに来ましたよ、フィーナ」
「っ……せん……せい?」
その男性はふわりと微笑み、私のところまで歩いてきてくれる。
助けて、と願った。何かあったら、頼ってほしいと言ってくれたから。だから、すがりたくなった。
「先生、先生っ!」
へたり込んで動けない私に、先生は腰をかがめると大きな優しい手で頭を撫でてくれた。
「大丈夫ですか、フィーナ」
「っ——」
その瞬間、ぽろぽろと涙が溢れてこぼれる。
怖かった。本当はずっと、ずっと助けてって言いたかった。でも、プライドがそれを許さなかった。頼られることばかりに慣れてきたからこそ、自分自身を許すことができなかった。それが私の矜持でもあったからだ。だから、やれることはやりたかった、貫き通したかった。
怖がる自分を無視して、叱咤して、前を向かないと、私が私でなくなってしまいそうだったから。
「……よく頑張りましたね」
こくん。
私は小さく頷いて、その包み込むような手の平にようやく甘えることができた。
この人から伝わる熱が、私だけのものであってほしいと思うくらいに。
「……リヒャルト・ブルーム! 貴様、どうやって!」
ザイス副長の激昂する声に、引き戻される。
さっきまでの強者の余裕は失せて、一介の魔術士へと成り下がっていた。
「お久しぶりです。セヴェリン……今は、ザイス副長とお呼びした方がいいですかね?」
「っ、貴様のそういう態度が昔から気に入らなかったんだ! 魔獣はどうしたと聞いているんだ!」
「魔獣……? あぁ、眠ってもらいましたよ。邪魔だったんで」
「なっ!」
ザイス副長がどの程度の魔獣を手なずけていたのかはわからない。
けれど、人を殺めるくらいの魔獣ならば、相応に大きな魔獣だったんだろう。進路の妨げになっていたから、少し移動してもらったといわんばかりに、先生は全く意に介していなかった。
「さて……これが人工石の機械ですかね」
ゴウン、ゴウンと鳴り響くそれを先生は見上げる。
ザイス副長もハッとして表情を仕切りなおす。先ほどと同様、魔術では壊されないという余裕が彼の中に戻ってきた。
「ふん、貴様とて、魔術干渉を抑制されていたら手出しは出来まい。他の魔術士たちも来る頃合いだ。多勢に無勢だ、大人しく降参することくらい認めてもやらんが?」
「……一つ、いいでしょうか」
「なんだ」
「なぜ、人工石を?」
「そこの小娘に後で聞くんだな。分家の錬金術が、しゃしゃり出るなという話だ」
「なるほど。つまり——貴方という魔術の本家が、分家を貶めるために『人工石』を作った、と」
先生はクスっと笑った。
その態度を見て「何がおかしい!」とザイス副長は激昂する。
魔術という純粋なものを究めることこそ魔術士の本懐だ。彼は顔を真っ赤にしながら語ったけれど、先生は表情を崩したりしない。
「フィーナ。何か齟齬が生まれていると感じませんか?」
「えっ?」
急に話を振られて戸惑ってしまったけれど、先生が問い返したことを考える。
魔術という純粋なもの。人工石という紛い物。それを作ったのは『魔術士』ということだ。
「……貶めるために魔術という純粋なもので、紛い物を作ってるってこと、ですか? それなら……そっか、矛盾してます!」
「っ!?」
顔を見上げた時、ザイス副長の顔は青ざめてたじろいだかのように一歩足を引いた。
そして彼は、図星を刺されたことを拒むように首をゆっくりと左右に振り、やがて私たちを見据える。
「矛盾など……。そもそも、貴様ら錬金術師が重用されることこそ、おかしなことだと何故わからない。貴様らが表に出なければ、私は魔術の真理を究め続けられた……貴様らは私に詫びるべきだろう!」
完璧な八つ当たりだ。
ここまで思い込みが激しいとはとは思ってもみなかった。
それは先生も同様で、深くため息をつくほどに呆れかえっている。
「貴方の言いたいことはわかりました。では、終わらせますね」
先生はゆっくりと私の手を取って一緒に立ち上がると、ザイス副長に宣言する。
そうして、手をローブの下に入れた。
「はっ? なにを——いや、魔術で壊そうなどと無駄なあがきはやめておけ。魔術干渉を抑制している以上、貴様とて何もできないからな!」
「やだなぁ、僕は錬金術師ですよ。錬金術で壊すに決まってるじゃないですか」
腰から抜き出したのは、無骨で大ぶりな拳銃。
その鈍色に光る金属器は異様なものに見えた。
「な……っ? そんなモノで何ができる!」
ザイス副長の動揺を余所に、先生は手のひらサイズのガラス製カートリッジを持ち手の底へと叩き込んだ。
カシャンッ! と響き渡る音に、これから一体何が始まるのか目を離せない。
「何ができるか、ですか?」
先生は一呼吸置くと、ゆるりと不敵な笑みを浮かべた。
そして静かに銃の上部へ手をかけ、銃身をスライドさせる。
重厚な金属音と同時に、キィィンという何かが高速回転して混じり合うような音が聞こえてきた。
蒼白い光が隙間から漏れ出て、銃身を駆け巡る。
「……それを今から、見せてあげます」
両手で銃を深く構え、狙いを定める。
「——終わりの鉱脈」
先生が、静かに引き金を引いた。
————ズドンッ!
銃口から解き放たれたのは、一筋の極太な白光の奔流。
大気を灼き切りながら放たれた閃光は、一直線に製造機を貫通し、ガラスはひび割れて大きな破裂音と共に粉砕。
そのガラスの破片ごと、吹き飛ばしていく。
途端に堰を切ったダムのように人工石の溶液が一気にあふれ出し、地面は水浸しになった。
やがて全てを消し去る光は細い線となり、その姿を消す。
そして——壁から天井にかけて、丸くぽっかりと大きな穴を開けていた。
「な、あっ……」
バシャっと腰を抜かしたザイス副長が地面に崩れ落ち、その破壊力に震え慄く。
その一方で先生は「うーん、威力が強すぎるなぁ」と硝煙を見ながらポツリと呟いた。
私も目の前の光景に唖然としたまま——首を先生の方へ向ける。
「すみません、フィーナ。驚かせちゃいましたね」
いつものように笑う先生に、改めて最高位であることを痛感させられた。
*
その後、すぐに騎士団が駆けつけてきて、ザイス副長はその場で拘束された。
先生と私が人工石の機械や素材を吹き飛ばしてしまったことは、やむを得ない事態だったとはいえ、やりすぎだとフェリクス様の頭を抱えさせてしまった。いくつか質問を受けた後、更に詳細な話はまた後日ということで、今日のところは工房に帰っていいとお達しをいただいた。
お昼に合流する予定が、辺りはすっかり日が落ちて太陽も落ちかけてきた。
帰る道すがら、先生に銃のことを尋ねると「見せるって言ったじゃないですか」と禁書庫の本で見た試作品であることを説明してくれた。
「えっ、あれだったんですか!?」
「銀蘭鉱が決め手でしたねぇ。あれのおかげで弾が上手く混じり合うようになったんですよ」
「………………はぁ」
人工石を追っている傍らで、とんでもない武器が作られているとは思ってもみなかった。
夕日を背に歩く伸びた影が二つ。私と先生は、明日からもまた歩いていくのだろう。
曲がり角をすぎたところで、工房が見えてきた。
石造りの壁に木製の柱が組み合わさり、堅牢な雰囲気でありながら親しみやすい。
壁には蔦が絡み合って、ちょっと鬱蒼としているところもある錬金術工房——もう、すっかり慣れ親しんだ我が家だ。
「ただいまー」
ふわりと香る薬品とほんの少しだけ砂っぽい風。
工房に入ると、いつもそんな空気が漂っている。
「おかえりなさい」
こうしていつも穏やかな声が出迎えてくれるのだ。
けれど、今日は後ろから声がした。先生が私の後から入ってきたからなのだけど、ほんの少しだけ違和感を覚えた。
何かが引っかかると思いつつ、明かりをつけて「先生、夕飯どうしましょうか」なんて、振り返ろうとしたときだった。
「っ!?」
スッと肩越しに腕が回されて、後ろに引っ張られる。
軽い衝撃が背に走り、そのまま私を包み込むように男性特有の腕が胸の前で交差する。
一瞬、何かと思ったけれど、それが先生だと気づいたときには、後ろから抱きしめられていた。
触れているけれど密着と呼べるほどでもない絶妙な距離感が、その腕のなかにあった。
「せ、せんせ」
熱い吐息が耳朶にかかり、頬が震える。されるがままの状態となり、バクバクと心臓が激しく鳴りだした。
服がこすれる音に思わず身体が反応してしまう。硬い筋肉質の腕を見るだけで、顔が赤くなってきた。
自分の鼓動が先生に伝わってしまわないか、不安になってしまうくらいに。
「……よかった」
先生はようやく一言、声に出した。
それはさっきまでとは比べ物にならないくらい、弱く、微かな胸の内の言葉。
そうして、先生の腕が強く私の身体を締め付ける。その力強さに驚いて、ビクリと震えてしまった。
「フィーナが、ここにいる」
離さないとばかりに強くなり、より一層、どうすればいいのかわからなくなる。
その熱を帯びた抱擁に、どうしようもないほど胸が苦しくなる。
どれだけ私はこの人を不安にさせたのか、痛いほど思い知らされたからだ。
真後ろから響く心臓の音。先生も私の鼓動を感じ取っているに違いない。
重なって初めて、自分の存在を認識できるような気がした。
目頭が熱くなって、涙が頬を伝う。
それをぬぐうよりも先に、ここにいると教えたくて、その腕を抱きしめた。
離れたりしない。そんな想いを伝えたくて。




