第30話 錬金術師と弟子の工房
城に呼ばれたのは、それから数日経ってからだ。
魔術士ギルドの副長が捕まったという一報は、世界中に激震が走った。
先生から聞いた話では、各国のトップ魔術士が緊急招集を受けて、大会議が開かれた上に議論は紛糾。一時、魔術士ギルドの解体危機にまで及んだけれど、そこはオーギュスト王の迅速かつ的確な対応で、大事にまでは至らなかった。
それでも、魔術士ギルドの信頼は大暴落。特に魔石や薬草の鑑定部門においての信用は地に落ちた。人工石がどこまで流布されているのか、各国に流れていた場合の対処など、問題が増える一方だった。
そのおかげで、魔術士ギルドは機能不全状態に陥り、内部の再改革から始めなくてはならないという、前代未聞の事態にまで発展している。
「…………なんか、思っていた以上にヤバいことだったんですね」
もうちょっと考えて行動すれば良かったと、今更ながら思ってしまう。
ただただ、人工石のことが許せなくて走った結果が、世界中を大混乱の渦に落としてしまった。
「ですが、野放しにしていいことでもなかったんですよ。いつかは誰かが告発しなくてはならない。それが、たまたま僕とフィーナだったっていう話です」
「そう、ですけど」
船上で、欄干に寄りかかりながら先生と話す。
流れは相変わらず穏やかで、夏の日差しでキラキラと川面が輝いていた。
時勢とかけ離れた凪いだ世界に、こんな日々であればよかったのにと、船を動かす大きな歯車に目を向ける。
「逆に考えてみてください。人工石があのままもっと広がっていたら、僕たちは魔石を信用できなくなってしまうところだったんですよ」
「あ、それは嫌です」
「でしょう? だから、僕たちで良かったんです。僕たちだから、追い詰められた」
目を細めて微笑みかけられる。
私と先生が王城に呼ばれた理由は、陛下からの勅令が下ったからだ。
会議で忙殺されているのに、それでも、事件の当事者と面会する時間を作って話を聞く。報告書や臣下の話からではなく、自分の目と耳で判断するからこそ、賢王と呼ばれる所以なのかもしれない。
下の者からしてみれば、恐れ多くて何も言えなくなるところを持ち前の飄々とした明るさが、それを払拭させると前回の謁見で学んだところだ。
(でもなぁ……フェリクス様にも「倉庫を爆破するとは、さすがフィーナ嬢」って苦笑いされたしなぁ)
チェンソー魔剣の一件以来、なぜか、ちょっとヤバい子認定されているのはいただけない。
私だって、爆破する気はなかった。けれど、勝てない相手だと思ったら逃げるっきゃない。そのために、爆破せざるを得なかったという話だ。決して、普段から頭のネジが飛んでいるわけじゃない。飛んでるとしたら先生の方だ。
オーギュスト王に何を言われるかわからないけれど、せめて、倉庫を爆破した請求書だけは渡されないといいな、と願うしかなかった。
*
「…………やってくれたな」
玉座に座るオーギュスト王から開口一番に言われたのが、呆れかえった言葉だった。
顔を伏せる私と先生も思わずビクリと身体を震わせたけれど、頭を下げたままの態勢を維持する。
「魔術士ギルドの信用と信頼の失墜は、我が国の根幹にも関わってくる。魔術の発展によって得られる利益は、莫大な税を投資しているからこそのものだ。それをまぁ、爆破、粉砕するとは……ブルーム工房は何を作っているのだか」
ぐうの音も出ない。
しかも、ここまで言われてしまったら、工房ごと解体させられた上に、位の剥奪までありえそうだ。
ダラダラと冷汗が止まらなくなってきた。
「まぁ、よい。魔剣の解析を依頼したときからこうなる可能性もあった。それに前々からおかしな動きもあったからな。時期が早まっただけの話だ」
ホッと肩をなでおろしかけたところで、追い打ちは続いた。
「だが、物事には順序というものがある。魔術士ギルドの副長を失った損失の大きさを知らぬとは言わせないぞ、リヒャルト」
「はい。これについては、私の監督不行届きになります。いかなる処罰も甘んじて受け入れる所存です」
「っ!」
思わず顔をあげて、先生を見る。
先生は伏せたままだったけれど、これは私が勝手に暴走して招いたことだ。
決して、先生のせいじゃない。でも、師弟である以上は、弟子の責任を取るのが師の役目でもある。社会人だった前世の分別が恨めしく思えた。純粋な十七歳だったら、声をあげて「先生は悪くない!」って言えたのに。
それでも、訴えたくてオーギュスト王を見る。不敬だと問われてもおかしくないけれど、先生を守りたかった。
「そんな顔をするな、フィーナ。お前がやったことは、それだけの罪が問われるということだ。大人には大人の規則がある。それを守らねば、こうして糾弾されるということを忘れるな」
「……はい」
「だが、罪を帳消しにできるほどのことはやった。それは称えよう。何か欲しいものはあるか? 爵位でも魔石でも構わんぞ」
「えっ!?」
唐突に何でもくれると言われても、パッと浮かばないのが現実だ。
どうしよう、と隣にいる先生を見ても「なんでもおねだりしてください」と苦笑するばかりだ。
一瞬、考えたのはお金だ。学費免除とか実家の工房の再建費とか、やっぱり一番の実利だ。
でも……と、心のどこかでそれは違うと思った。
学費と生活費のために始めた先生のお手伝い。立派な錬金術師になって、実家を盛り立てる夢。どちらともなければ、今、私はこの場所にいない。だから、陛下からもらったもので解決すべきことじゃない。
(じゃあ、あとはなんだろう……別に爵位なんていらないし、魔石も……どうしても欲しいものってないし)
何か高級な物とかがいいだろう。自分じゃ決して手に入れられない、でも、私が一番欲しい物。
「陛下、それなら——」
私が欲しいと願ったものを聞いたとき、陛下も、そして先生も大きく目を見開いた。
*
かくして、平和な日常に戻るわけもなく。
今日も今日とて、ブルーム工房は朝から大変だった。
「先生、なんでパンを燃やすんですか!」
「えっ、早く食べたくて。それなら直火の方が早いかなー、と思って」
「加減っていうものがあるじゃないですか、全く」
もはや炭と化したパンをよけて、ベーコンエッグをお皿の上にのせる。
一緒に朝食を取ってくれるようになったのは嬉しいけれど、忙しい朝の時間帯に余計な手間まで取らせないで欲しかった。
それでも、向かい合わせで座って「いただきます」と声を合わせれば、笑みがこぼれる。
「円計算尺。今日届くので、もし私が学校にいる間にだったら、先生が代わりに受け取ってくださいね」
「わかりました。でも、あれで本当に良かったんですか?」
「言ったじゃないですか。あれは先生の最高位の証なんですよ。私はただ借りていただけなんです」
先生は納得いかない様子だけど、あのとき陛下に欲しいと願った円計算尺こそ、私が一番欲しかったものだ。
弟子になると決めたあのとき、前金として円計算尺をもらった。けれど、私のなかでは、あれは先生から借りているのと同じだった。
最高位だからこそ使えると下賜されたものを最下位の青の学生が使っていいわけがない。
いつか、それこそ最高位になったときに手に入れようと思っていたくらいだ。
でも、欲しいものは欲しい。だから、お願いした。
「それに……先生のお世話はお金じゃないんで」
「えっ?」
「お手伝いのお給金は、もちろんいただきますよ。そういう契約をしましたから。でも、生活面は……その、一緒に住んでるんで、そういうの無しにしたいじゃないですか」
自分で言って顔が赤くなるのはどうかと思う。
けれど、生活面においては、弟子じゃないという意味合いもあった。
気づかないかもしれない、気づいてほしい。言うに言えない、気持ちが膨れ上がって、段々と恥ずかしくなってきた。
「あーっ! そっ、そうだ、先生、洗濯物! 今日は天気がいいから干したいです! ちょっと先に行って、溶液作ってください!」
「えっ、フィーナ、僕、ご飯」
「いいから、行ってください! 溶液を作るだけなんで!」
無理やり席を立たせて、洗濯場へ送り出す。
ところが——。
「うあぁぁっ!」
「あっ、先生! 溶液を間違えないでって言ったじゃないですかー!」
そういって、私は先生の元へ駆け出す。
最高位錬金術師は洗濯ができない。だから、全部やるしかない。
Fin.
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
最初から最後まで、ブルーム工房のドタバタな日々をお届けいたしました。
フィーナとリヒャルトは、これからもアルフヘイムで過ごしていく……そんな風景が見えたのなら幸いです。
また、そんな二人の光景を見てみたい、と思っていただけましたら、どのような形でも構いません。
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ご愛読、本当にありがとうございました。
この物語の意志が、あなたの手に届き、また次へと紡がれていくことを願って。




